肆話:なきり外泊 其の参

ー参ー


 本殿前にて、僕こと門廻せと幽真はるま忠野ただしの正義まさよし多中たなか哉汰かなたの三人は軽く雑談をしていた。

現在、自由時間をそれぞれが有意義に使っている所だ。

 「ふむふむ……鳥居前から見た時よりも、より威厳を感じるなぁ。胴羽目や木鼻、虹梁の模様も独特だ。以前来た時は相当幼かったから気にしてなかったけど、こんなに興味がそそられる建物だったなんてーー」

「ハル君?もう褒め褒めターンは終わったよ。そのブツブツの独り言、遠目から見てると少し怖いよ」

 「え?そう?そんなに変だったかな?」

「ああ。正直の話、俺も引いてしまった。それはそうと、ハルは歴史物に詳しいのだな」

 「あー、この知識は大体妹ーーはらいから教えて貰ったものなんだよ」

「ふむ、変わった妹なのだな」

 「違うな。愛おしき妹、だよ」

「……いいなぁ、二人共。個性があって」

 「カナタ、まだ気にしてるのか。別にいいじゃないか、普通でも。変に癖が強いよりはよっぽどましだぞ」

「それもそうなんだけどさぁ……はぁ、神様に祈れば、解決してくださらないかなぁ」

 「それは無理かもなぁ。此処、縁結びの神社だから」

「いや、縁結びなら尚更じゃないか。……それが縁結びの神というものだ。普通すぎるというとも解釈出来るだろう」

 「そういう解釈もありか」

「そういえばさ、なんでヒデヤス君は来なかったんだろ?」

「俺も気になっていた。あの猿がこんな機会を逃すとは到底思えないのだが」

 「最初から誘って無いよ、あいつは」

「ほう、それは何故だ?」

 「だって、迷惑になるだろ。絶対騒ぎ立てるじゃん、あいつ。昼ははしゃぐだけはしゃいで、夜は寝ずに枕投げ。挙句の果てには恋話をするのがあの男だ」

「確かに」

「一理あるな」

 僕らの中の秀康ひでやすのイメージ像は完全一致のようだ。

の家族や他のクラスメイトに迷惑を掛けそうなヤツは端から誘わなければ良いのだ。

ただまぁ、このお泊り会の存在が今後バレないようにする必要があるけど。

あいつ、しつこいもん。

「お、何してんの?えとー、あんたがタダシノセイギで、そっちがセトハルマ、あと一人が……あ、そうそう、上から読んでも下から読んでも回文調で有名なタナカカナタだ!!」

「……僕って影薄いのかな。名前の癖で覚えられてるなんて、何か悔しいな」

 僕達に話しかけてきた少女は水木みずき武良いさよ、おそらく磐戸いわとの学生で知らぬ人のいない程の有名人だ。

彼女は類稀なる脚力を持ち、全国レベルの実力を兼ね備える陸上選手なのだ。

数多もの大会を駆け抜けるその姿は、まるで翼が生えているように見えることから、『陸の使』という二つ名で呼ばれているらしい。

 「で、何か用事でもあるのかな、使さん?」

「あたしは使ってば。用事って程ではないんだけど、他の皆は集まってるから、3人も来たほうが良いんじゃないかなって思っただけ」

「んぬ?昼まではまだ時間があるはずだが?」

「くくっ、聞いて驚きな。今、向こうの方でテニスしてんのよ」

「「テニス?境内で?」」

 僕達がほぼ同時に同様のリアクションを取った。


「ラブ♡スマァッシュー!!んっふー、ミーのゴージャス↑なラケット使い、実にビューティフォー↑、でしょ?」

 安倍あべ家の庭で僕らの目に入ってきたのは、神社らしからぬテニスコートと数人のプレイヤーだった。

左のコートには過度すぎるナルシストで有名な左藤さとうつばさが、右コートには尊命みことの友達の青木ケ原あおきがはらふじと小堤こづつみ土手つつでがいる。

 「えーと、これ、どういう状況?」

 近場で見学をしていた家主の娘、に質問をする。

「見て分かる通り、ツバサァがを連れ込んでテニスしてるとこだよー。現在、現役テニス選手ツバサァが圧勝中」

 「聞きたいのはそれじゃなくて、なんで此処にテニスコートがあるのかなんだけど……」

「さっき設営したとこだよ。ふふーん、わたしの庭はこの広大な広さを利用して様々なスポーツが出来るのさ!バスケにサッカー、バレーにバトミントン……何でもござれよ!!あ、やりたいのがあったら言ってね!一通りセットは揃ってるよー」

 「此処はからくり屋敷か何かなのか?」

 流石に祖父母の庭ではこんな大規模な事は出来ない。

神主ってお金あるもんなんだな。

「おやおや、あなたがハルさんですか。の母、みい子です。確か娘とは日頃から『盟友』として仲良くしてくださっているのだとか」

「おぉ、あんたがハル君かい。父の宮司みやかずですわ。此処、【凪切なきり日吉ひえ神社】の神主やってます。聞く限り、娘とは『ハル晴ルユカイ』なんていうのを組んでなさっているのだとか。いやぁ、最近の事はあんまし分かりませんが、どうか娘を宜しくお願い頼みますわ」

 「あ、はい。初めまして、門廻せと幽真はるまです。今後も娘さんとは仲良くやらせておうと思ってます。まぁ、大半の事が身に覚えの無い事ですけども」

 何この地獄、意味分からん。

誰だよ、変な事を親御さんに教えた奴。

いやまぁ、知ってるけど。

絶対この隣でニコニコしてる女だろうけど。

「あら、あなたは公明こうめいさんとこのお孫さんじゃないかね?」

「これはこれは、磐戸いわとが誇る公安職の名家、忠野ただしの家の末裔さんかね。いやぁ、こんな有名なお方と娘が同じクラスというのは、誇らしいことですなぁ」

「ええ、そうですが。しかしながら、俺には一族の名を名乗る程の資格はまだ……」

「あの噂って本当ですかね?代々因縁を持ち続ける警察一族の九頭龍くずりゅう家から警視総監の座を奪還したとか」

「それが本当であれば素晴らしい快挙ですな!何せ此処数十年に渡って独占されてきた最高位を磐戸いわと忠野ただしの家が取ったのですからな」

「まだ、決まったわけでは……」

「という事は可能性があるというわけですな!!どなたがお継ぎなさるのですか?」

「やはりいわおさんですかね?それとも忠直ただなおさん?大穴で貞実さだみさんもありえますかね?」

「……」

 の一族、忠野ただしの家は代々『正義』に携わる職業を続けてきた人々だ。

実際、警察庁や弁護士会の高い位に就いている人もいるそうだ。

その為、以前よりこういった事実と異なる評価には悩まされてきたらしい。

僕も友達として彼を助けるべきだろうが……。

 「方法が無いんだよな。どうせ、この人達、僕が話しかけただけじゃ見向きもしないだろうし」

「……僕なんか挨拶すらされてないけどね」

 さり気なく哉汰かなたがぼやく。

 磐戸いわとの有力者、市長やその周辺、地主、そして大きな神社の神主等は、こういった話題から中々離れない。

僕の祖父、幽斎ゆうさいもそちら側の人間で、僕がと仲良くしている事を知った時はの両親と同じような反応をしていた。

その様子を知ってる僕としては、自然鎮火ぐらいしか方法が思いつかないのだ。

「パパ。ママ。盛り上がってるとこ悪いんだけど、わたし達はテニスを見てるの。セイギだって見たいだろうし、一旦終わらせない?また今度、ゆっくり、落ち着いてお話すれば良いよね?」

「……そうだなぁ。いやぁ、すまないね。熱くなり過ぎてしまったみたいだよ」

「それじゃあ、ごゆっくりなさいな。はるあ、この試合が終わったら、食堂に皆さんをお連れしてね」

「はーい、分かった〜」

 からの助け舟により、は開放された。

「……かたじけない」

「んあ?何がぁ?わたしはテニスに集中したかっただけだよ。ほら、見なよ。ツバサァ、また勝っちゃったよ。容赦無いねぇ」

 僕らが話している間にもまた一試合の決着が付いたようだった。

尊命みことの友人二人は地面に腰を下ろし、呼吸を整えているようだ。

「ハァ……ハァ……ウザいくせに強すぎるんだけど。きっしょいわー」

「ふぅ……駄目よ、つつで。汚い言葉は格好が悪いわよ」

「むぅ、だってこないだ暴言吐いてたじゃんか」

「あれは向こうから仕掛けてきた喧嘩だからよ。私からは仕掛けたりしないわ。それにちゃんと訂正したでしょう?今は私達は負けてる側な上、ツバサさんは貶してきたりはしていないのだから」

「りょ。でさ、私ギブしていい?」

「奇遇ね。私も疲れて辞めようとしていた所だわ」

「えぇー、ユー達辞めちゃうのね。あぁ、リグレット!!もっとミーのクールでワンダフォー↑な一面を味わってほしかったよぉ」

「……ウザいですわね、この男」

「ほら、言ったでしょ?」

 こてんぱんにやられ、二人共荒れているようだ。

「二人共おつかれ~!楽しそうだったねぇ」

「どこをどう見て楽しそうに見えたんだい、みこと君?」

「これほど戦いにすらならないと悲しいものなのね……」

「あ、そーだ!ユーもミーとテニスしない?」

「そうだなぁ……じゃ、お言葉に甘えて!」

「ちょっと待て待て!ジャストアセコンド!!止めとけ、止めとけ、後悔すっぞ!!」

「ツバサさんは私達よりもテニスが上手いですわ。みこと、貴方はどの程度のテニス経験があるので?」

も心配性だなぁ。でぇじょーぶ!!『テニプリ』のおかげルールは分かる!!」

 は?

 「みこと、実践経験無いのにテニスをするのは良くないぞ!!」

「異議を申し立てる。経験者と未経験者が争った所で結果は見えているだろう」

「うーん……そーゆうチャレンジ精神は大好物だけど、流石に相手が悪いよなぁ」

 尊命みことを説得させようと、至る所から野次が飛ぶ。

しかし、尊命みことは折れる気は無いらしい

「結局は楽しむ事が大事だよ!!それに運も大きく絡んでくるからね!!もしかしたら勝っちゃうかもよ!!」

「「いや、それは無い無い」」

 尊命みことって時々意地張るんだよな。

妙に戦闘狂染みてるっていうか、なんていうか……。

それも尊命みことの魅力ではあるんだけども。

「んふー、実にスプレンディードォ↑!!ユーのデタミネェーション、ミーのハートが痺れたね!!さぁ、スピーディー↑に始めちゃおうじゃないか!!」

「うん!お互い、楽しもう!!」

 こうして、僕らの介入の余地も無く尊命みことVSツバサの試合は幕を開けたのだった。


「さぁさぁ、とくとご覧あれ!ラブ♡スマッシュ!!」

 現在ツバサの二マッチ先取のラブ・フィフティーン、予想通りのボロ負け真っ最中である。

ルールは硬式の三マッチ、それぐらいはテニス初心者の僕でも分かる。

「ぐぬぬ……誘われてるのは分かり切ってるのに、何故ハマってしまうんだ?」

「んふんっ!ユーはミーのエレガントッ↑なプレイに惑わされてるみたいだね!!」

 めんどくさい性格してるな、このナルシスト。

これにもろともしない尊命みことの精神力に感心するばかりだ。

「なるほどな。ツバサは技術力で実力をカバーしているみたいだな」

 「それはどういう事?」

 冷静な分析をし出した鳳翔ほうしょうに尋ねてみる。

「あいつは球の操作性に優れているようなんだ。相手の足元を狙う事で、意地でも上に上げざる負えない状況を作り出す。そして、その瞬間に強烈なスマッシューーダンクスマッシュと呼ばれる技を繰り出す。前方にジャンプしてラケットを力強く振り抜く技、ダンクスマッシュ。本来使いにくいこの技を強力なものにしているのは、ツバサの操作性に寄る相手の体勢を崩す方法だ。スマッシュを打ち返す準備を相手にさせないのさ。それがツバサの強みだ。一方、この方法が尊命みことさんに通じているのには彼女が初心者である事と……あのよく分からない構えが原因だろうな」

 尊命みことの構えーーそれは明らかに剣術の構えであった。

基本はテニスに近いのだが、姿勢がぴしっと伸びており、右足を前に、左足の踵はやや浮いている。

臍の辺りにラケットの先があり、これでは珠を打ち返しにくいだろう。

 「にしても、鳳翔ほうしょう詳しいね。テニス経験者なのか?」

「まぁ、嗜む程度だがな。大半の知識は……今さっき検索してみた☆」

 カンニングかよ。

ツッコミ側のイメージがある鳳翔ほうしょうがボケるのは凄い違和感がある。

「ピピッ、剽窃反応検知!おい、ほーしょー。今の☆マークはエリちゃんの『キラリン☆』のパクリだろ!剽窃容疑で訴えるのです!!」

「いつ誰が☆マークを使う事がお前だけの特権だと認めたんだ?あと、剽窃は著作物の盗用に使う言葉であって、今使うのは適切じゃないぞ」

「あれあれ〜、さっき弄り過ぎちゃった仕返しのつもりかな?仕方ないなぁ、エリちゃんも反省してるし、お詫びに超絶天才完璧美少女のスマイルを、はい!どうぞ!!にっこにっこ、にこりんこっ!!」

「これが国語の試験5点の実力か。話すら通じないとは……」

「うわ、ひっど。可愛くてか弱気な女の子の点数バラしちゃうなんて。プライバシーの欠片も無いんだね、この人でなし!!」

「俺達に点数開示をしたお前が悪い」

 また始まったよ、パッション芸。

僕は若干呆れつつ、コートに目を戻す。

そして、驚くべき光景を見る事になった。

 「が……点数を取った、だと!?」

  得点が30ー15。

これまで二マッチも何も出来ずに取られていた尊命みことが、テニスについて半分以上非現実的な知識しか持っていないはずの尊命みことが、遂に点数を取ったのだ!

これに驚かない人はこの場にいるのだろうか、いやいない。

思わす脳内で反語調を想起する程に僕は驚いていたのだ。

「んなっ!ユーにミーのラブ♡スマッシュが返されるなんて!!くっ、今のはビィ・チャンスッ!!まぐれに違いないね!!」

 ツバサは現実が受け入れられず、偶然と決め込む事にしたようだ。

再びラリーが始まり、ツバサは尊命みことに揺さぶりを掛けていく。

上下左右に打ち込み、体勢を崩し、球を高く上げさせ……。

「食らいなさい!ミーのシリアシーなラブ♡スマァーッシュッ!!」

 ツバサの渾身の一撃が尊命みことを襲う。

しかし……球は既にツバサのコートに落ちていた。

一瞬、ラケットを不可思議な方角へと振る姿が見えたが、それとどう関係が?

「んなぁーにぃー!?ユー、一体、今、何を!?」

「ふっ……まだまだ、だね」

 で、出たぁー!!

某有名テニス漫画の主人公の名台詞、『まだまだだね』!!

……思わず感極まって囃し立ててしまったが、冷静に考えると負けてるヤツのいう台詞では無いんじゃ?

「手の内、見破ったり!!さぁ!!次行こ!!つ……え?」

 尊命みことは二度連続で打ち返せた事で調子に乗っていたようだが、現実はそう甘くない。

サーブ権持ちのツバサは跳ねない球を打ち、点数を獲得する。

「ノーバウンダーサーブ。ユーが何をしたかはミーにはノットアンダースタンド↑だったけど、どうやらミーがユーを侮り過ぎていた事はアンダースタンド↑したよ!けど、ディッサポインティング↑、だったね。ミーの技は他にもあるのだからーね!!」

「……ま、まだまだ、だよ、うん」

 「にわかかよ!!それしか台詞分からないのかよ!!絶対序盤ぐらいしか読んでないだろ!!」

 思わず叫ぶようにしてツッコんでしまった。

叫ばずとも、この場も誰もが僕と同じ事を考えただろう。

これは反語に成りようが無い。


 試合が終わったのは一時過ぎ。

結果は御推察の通り、その後惨敗して三マッチ完封。

いくら特殊な打ち方をした所で、結局実力の差は大きかったのだ。

調子に乗った尊命みことの末路、まさに『虎を画きて狗に類す』だ。

 ……この作品ってテニス小説だったけ?

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