肆話:なきり外泊 其の序
「うーん……どれにするか、悩みどころだなぁ……」
私、
たかがお泊り会と思うなかれ。
主催者の
そのため、最低でも12のケーキ、
そして私は、かれこれ15分は悩み続けている。
どのケーキも魅力的で絞っていくのが難しい。
集合が
ふと目線をあげると、一人の子供と目があった。
この時、わたしはケーキのショーウィンドウを店内から見ていたため、子供の方は店外から眺めていたということになる。
ちょっと気まずくなったので、ショーウィンドウ前から少し距離を取り、前かがみ気味だった身体を伸ばす。
そういえばあの子、私が此処に来た時から店の前にいたな。
お金、持ってないのかな?
どうせまだどのケーキにするか決まっていなかったので、外の子供に話しかけてみることにした。
外に出ると子供はまたショーウィンドウをじっと見ていた。
「君、そんなところでどうしたの?店の中、入らないの?」
私の声に反応し、子供はこちらに顔を見せる。
綺麗な顔立ちでまるで引き込まれるかのような、そんな錯覚を覚える。
髪型はおかっぱで、顔立ちの中性さと相まって、性別がよく分からない。
まぁ、女性ものの着物を着てるから、おそらくは女の子……ん?
私の中で微かな違和感がうずく。
「ふん、どうせ中に入った所で一文無しの子供は相手にされんじゃろうからの。それに……店主に妾は見えんじゃろうて」
妙に古典的な口調、最後の発言、それらから私の考えは確信に変わる。
「えと……もしかしなくても【怪異】の方、ですか?」
「うむ、そうじゃ。今の妾を見るとは、中々に幸運な娘よの。人間と会話したのなど、いつぶりのことか……」
今までも人型怪異には何度か会ってきたが、こんなに人間らしい【怪異】と会ったのは初めてだ。
時間も沢山あるし、ちょっとお話してみようかな。
「あの、もし良かったら、何処かくつろげる場所でお話しない……ですか?いや、その、君ほど……貴方ほど人間らしい【怪異】と会ったことがなかったからさ」
つい見た目に惑わされてしまったが、口調や衣装を見るにこの子は遥かに年上。
少しぎこちない言葉遣いになってしまったが、機嫌損ねてないかな?
「そうじゃな。此処で会ったが何かの【縁】、妾に用事等無い故、ちと雑談を交わそうではないか……とその前に、一つ頼み事をしても良いかの?」
「はい?何ですか?」
案外上機嫌な様で、私の誘いにも快く応じてくれた。
そして、彼女はショーウィンドウのショートケーキを指さして、一言。
「これ、食べたいんじゃが」
「ほう、お前さんは【霊能者】じゃったか。それにしても珍しい事じゃよ、妾を認識出来るのは。このような出会いが人生を彩るのじゃろうなぁ」
現在時刻は9時、私達は小さな公園で身の上話をしていた。
街中の人通りの少ない公園、以前
あの時見逃したあの三人衆、今何してるんだろうな。
「おーい、お前さん。妾の声、聞いておらんのか?」
「あ、すみません。ちょっと考え事してて」
「聞こえてるようなら文句は言わんがの。にしても、こうして人間と直接会話するというのはいつぶりの事だか。お前さんの御蔭で、溜まりに溜まった鬱憤の数々も発散出来たわい!実に美味なこの洋菓子も食えて万々歳じゃ!!」
ブランコの上ーー細い鉄骨部分に腰かけているのは先程の少女の怪異だ。
私が買ったショートケーキを一口一口ゆっくりと味わいながら、ベンチに座る私と会話をしている。
本人の言うように相当久々の人間との接触の為か、常にやたらと興奮気味である。
「いやぁ、お前さんには感謝せねばならん事だらけじゃ。このイワトだかいう街に来たばかりの見ず知らずの流れもの【怪異】になど、原住【怪異】すら近づいてこんからの。うむ、【怪異】の態度こそ悪いが、此処は良い所じゃな。しばし、観光でもしていこうと思ってるのじゃが、何分地理には疎くての。もし良いのならば、観光に適した名所を教えてくれんか?要望としては、景観の良い所かの」
「そうですねぇ……有名な所だと
「ふむ、あそことは?」
「【
神社は【結界】の一種、物事の境目を守る門のようなものだ。
神を奉る一面の他、【怪異】を遠ざける性質も持ち合わせているのだ。
「心配しなくても良いぞ。これでも妾は昔、【神性】を持っていた経験があるのじゃよ。まぁ、今はこれっぽっちも信仰は残っておらんがの。それでも、土着の神社程度に入るのは簡単な事じゃろうて」
「へぇ、【神性】持ちだったんですか。もしかしてそれなりに有名所だったり?」
「いや、今は妾すら何者だったか時折分からんくなる有様よ。時代の流れとは悲しいものじゃな」
信仰を集めた存在は時に【神性】を得る事がある。
それは特別な事では無く、どんな存在にも起こり得る可能性のある事だ。
【神性】を得た存在は特殊な力を身に着ける……訳でもない。
ただ、信仰によって生きる力を受け取る事が出来る点のみが他の存在と異なっている。
まぁ、珍しい事は事実で、私はこれまで【神性】と直接対面したことが無いんだけれども。
にしても、【怪異】等の長生きする存在は感性も似てくるんだなぁ。
この子(?)も
「あ、そろそろケーキ買わないと!!時間に間に合わなくなっちゃう!!」
「む?何か用事でもあるのか?」
「この後、友達と会う予定が会って……その為にケーキを買おうとしていたのですが、大人数が集まるのでどのケーキをどれくらい買うべきなのか、迷っていたんですよ」
「ふぅむ、なるほど、なるほど……妾は一々決めるよりも、全部このショートケーキ?とやらにすれば良いと思うがの。その方が公平じゃろう?」
「確かにそうですね……そうしてみます!!」
何故かこの子の言う事は間違いないと信じてしまう私がいる。
いやさ、別に常に人を疑っている訳じゃ無い……そもそも人の事なんかそうそう疑わないけども、ここまでこの子を信頼してしまう私が少し怖いんだよね。
多分杞憂だけどね。
「うむぅ、お前さんともお別れか……名残惜しいものじゃのう」
「こちらこそ、楽しくお話させていただいて有り難うございます!」
「
「困り事、ですか……そうですね、今、私は人探しをしているんですよ」
「人探しとな?そ奴は何者じゃ?」
「えっと、私のクラスの霊ーー」
「ほう、【霊体】を探しておるのか」
「あ、いえ、違います、間違えました。その……まぁ、人を探してるんです、人を」
危ない、危ない。
ついつい仕事の内容まで公開してしまう所だった。
この子がクラスの【霊能】関係者と無関係とはいえ、機密事項ぐらいは守らないと。
「分かった、分かった。無理して教えんとてもよい。妾はぷらいばしーまで踏み込む気は毛頭無いからの」
「ご理解いただけて何よりです。じゃあ、またーー」
「これこれ、そう焦んなさんな。妾は手助けが出来んと言った訳では無かろうに」
「というと?」
「かっかっかっ……聞いて驚け、妾は占い的な【霊能】を使えるのじゃよ!大した事は占えんが、神社の
言われるがままに手を差し出す。
彼女は私の手を握り、【詠唱】のようなものを唱える。
「……世の護り日の護り、護り恵み、幸はえたまえ、と申す。かしこみかしこみ、申す……ふむふむ、なるほど。お前さん、今日の内に待ち人と邂逅するそうじゃな。くく……これが青春というものか」
待ち人……それってクラスの【霊能者】の事かな?
でも、青春って一体……?
「それでは、失礼するとしよう……よっこらせっと。あ、そうじゃ。出会いでは名を名乗るのが礼儀じゃったな。妾とした事が忘れておったわ。妾の名はユウキ。
ブランコの上から飛び降りた彼女ーーユウキはそのまま街中に姿を消す。
……運命とはいつも摩訶不思議で、突然のものだ。
私の次なる【縁】は、一体どんなものなのだろう?
ユウキの言葉を聞いて、そんな思いに私は更けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます