参話:学園はるま譚 其の漆

 僕は砂を握った手で怪異の左目部分を貫いて、そう言い放つ。

砂には僕の霊力が籠もっているので、いくら【霊力】による身体能力向上が出来ない僕であろうとも、それなりの威力を放つ事が出来る。

そして、僕は怪異の内部に砂を撒き散らした。

この怪異は【家鳴り】系の集合体、一人一人に当然目が存在する。

つまり僕の砂が大いに活躍出来る。

怪異は恐怖に満ち溢れた顔で崩壊していった。

床の中へとその姿が消えていくのを見送った後、尊命みことが僕に駆け寄ってくる。

「はるま、大丈夫だった?」

 「うん、全然平気だよ」

「でも、アイツに近づくと体調が悪化するんじゃ……」

 「そうだね、だけど正体が【家鳴り】だって分かったから対処が出来たよ。僕はあの時床に倒れたけど、あれはアイツが近づいてくるのを待ってたんだよ。やられたフリをすれば、知能の低い【家鳴り】系なら引っかかると思ってたんだけど、予想通りだったね」

「なるほど……って理由になってないよ、はるま。それに、何で正体が【家鳴り】だって分かったの?」

 「順に説明するから焦らせないでよ。ほら、二宮にのみやさんも言ってたじゃないか。まず、【家鳴り】だって分かったのはみことのおかげなんだよ」

「え?私何もしてないけど……」

 「みことはリュックを投げたよね。その時に水筒から漏れ出した水がんだ。校門前での会議の時さ、地盤沈下の話が例に挙がってたけど、あながち間違いじゃなかったんだよ。体調不良の原因はさ。家鳴りについてはも知ってるよね?」

「あー、なるほどね。つまりアイツは【家鳴り】が歪んだ姿だったんだ……」

 【家鳴り】、それは海外で言うそのものである。

日本では昔からの姿で親しまれており、建物の軋み等への畏怖の感情が生み出した低級怪異に当たる。

つまりは【家鳴り】は建物と表意一体の存在で、建造物ある場所には必ず【家鳴り】が集団で存在している。

実質的に現代では何処にだって居る怪異の為、僕もその存在が事件に関わっているとは考えていなかった。

しかし、に人間は影響を受ける。

そう、所謂【乗り物酔い】だ。

不安定な地盤に生物が居る時、その生物は吐き気等を覚える事がある。

時としてその症状は生物の命までもを脅かす存在になり得る。

始めはその程度だったのが、正体不明の存在として認知が広がった結果、調のだろう。

 「ちなみに揺れによる体調不良は横になるのが一番の対処法だから、僕が倒れたのもそういった意味合いも込めているよ」

「なるほどね。でも、逃げられちゃったけど、どうする?」

 「まぁ、僕の恐怖を植え付けておいたから、暫くは変な行動は起こさないと思うよ。それに正体バレしたし、そのうち歪みも解消されるはずだから……あれ?もしかして捕まえなきゃいけなかった?」

「あー、まぁその方が無難ではあったけど、逃しちゃっても問題はないかな。歪みによる暴走は人間の認識が引き起こした被害だし、怪異に罪は無いって法律上定められてるから。それに今回の事案は規模こそ大きいけど、内容は集団の体調不良っていう大した事も無いものだから、勝手に歪みが解消されるなら放っておいても問題ない……はずだよ」

 「そっか、なら良かった」

 僕は尊命みことの荷物を拾い集めて渡す。

 「はい、これがのリュック。これをあいつに投げてくれてありがとね、ほんと」

「……ありがとうは特別な時に使うのでは?」

 「うん、そうだよ。今は心から感謝を伝える時だって思ったから言ってみた」

「はぁー、自分勝手な理屈だなぁ……じゃあ、私も特別な時なので謝罪しちゃおっかな。と会ってから、頼りっぱなしでごめん!私がもっと動けたら、はるまに迷惑かけ無くて済むのに……」

 尊命みことは何を言ってるんだろうか?

ほんとに頼りっぱなしなのは……。

 「みこと、頼りっぱなしなのは僕の方さ。のさりげない発言や行動が真相に繋がるからこそ、僕は【家鳴り】だって、あの扉の怪異だって倒せたんだから。僕らはお互いに頼り合うことで乗り越えたんだよ。だからさ、ももっと、だけど程々に、僕を頼っていいんだよ」

「……ありがと、そう言ってくれて」

 月明かりが僕と尊命みことを照らし、廊下に影法師が浮かび上がる。

影から影へリュックを渡すその姿が映し出されていた。

「……うにゃ?あれれ?わたし、寝てたのか?一体此処は……」

 どうやら、が目を覚ましたようだ。

……これってどれくらいまで記憶があるんだろうか?

とりあえず話しかけてみるか。

 「あ、起きたみたいだね。良かった、良かった。が階段で倒れてたから、近場の広い所で看病をしてたんだよ。で、今先生呼びにが行こうとしてた所でさ。大丈夫?怪我とかしてない?体調は問題無い?」

 質問の余地も与えないように畳み掛ける。

所々辻褄があってないけど、追求はされないでしょ。

「そうなのか!!ありがとう、盟友ハル!!……えっと、君、名前、なんだっけ?」

「あ、九院坂くいんざか尊命みことだよ。よろしくね」

「くいんざかみこと……みこっちもありがとね!!二人共、わたしを助けてくれた恩人だよ!!何か困り事あったら、手伝える限りは手伝うよ!!」

「み、みこっち……う、うん。こちらこそ、あ、ありがと……」

 想像以上にちょろかった。

その上、コミュ強の尊命みことを困らせるとは、はるあ、やるじゃないか。

にしても困り事、か。

「はるま、困り事ってアレしか無いよね?」

 「そうだね。アレがあるね」

「ん?何を手伝って欲しいんだ?」

 僕らは同時に一点を指さしてに頼む。

「「アレ、片付けるの手伝ってくれない?」」

 指の先には、砂とお茶が散乱し、悲惨な姿となった渡り廊下ーーもとい桂ズゥラ―の住処が広がっていた。


 「門廻せと幽真はるま、面白い子じゃないか」

 空に浮かぶ影は独り言を呟く。

いや、違う。

空に浮かんでいるのではなく、校庭の避雷針に立っているのだ。

それも片足のみしか使わずに。

 「彼なら信頼は出来そうだ。ふふ、これからが楽しみだよ、門廻せと幽真はるま。期待に答えてくれよ」

 風に流され、影の周りの布切れが舞い上がる。

月明かりの下のその姿は、まるで使のようだった。

そして、二宮金次郎にのみやきんじろう像に言わせれば……。

 「、のようだった……ってね」


ー漆ー


「クラスの中に【霊能】持ちが居るって……」

 次の日の放課後、僕は尊命みことに例の件を伝えていた。

結局昨日は伝える事が出来なかったので、誰にも聞かれる心配の無い放課後に話す事にしたのだ。

尊命みことは信じられないといった風に言葉を続ける。

「それって何かの間違いじゃない?現に私達二人が居るクラスに他にも【霊能】関係者が居るなんて……そんな都合の良い展開ってあるのかな」

 「実際居るんだよな、僕が感知したものが間違ってた事は一度だって無いから。そして、その人物は……」

「……一連の学校の事件と関わっている可能性がある、か」

 前から言うようにこの学校では正体不明の怪現象が多発している。

【家鳴り】の引き起こした怪事件は一旦は解決したものの、未だに歪んだ経緯がはっきりしていない現状だ。

大した力も持たない彼らに、負の意識が充満していない新校舎で、短期間に歪みを生じたのか。

何一つとして分からないが、確かに一つ言えることがある。

 「この事件の真相が分かれば、磐戸いわとの特殊環境の謎にも一歩近づけるんだよね?」

「うん、そういう事だね。金田一かねだもとさん達の第一目標への鍵は、もう目の前にあるんだよ」

 忘れてはいけないのは、【金田一かねだもと心霊探偵事務所】は「磐戸いわとが【霊場】となっている理由」を突き止める事が第一目標であり、学校の事件解決はその目的の為の材料の一つだという事だ。

依頼は基本受けるが、それも目標達成の為の一歩に過ぎない。

 「その為には……一度クラスの【霊能】関係者から話を聞いてみないと、だね」

「うん……そうだね」

「あー!!見つけたぞぉ、盟友ハル!!とみこっち!!」

 僕達が真剣な話をしているその最中、突然が割り込んできた。

まずい、聞かれたか?

「探したんだよ、二人とも。校内に居るのは分かっていたけど、こんな人気の無い所で何をしてるのさ!見つけずらいじゃないか……はっ!!もしかして……誰かとカクレンボでもしてた?それならごめんね、邪魔しちゃったかも」

 うん、聞こえてなかったみたいだ。

安堵の溜息を付き、僕はに質問をする。

 「いや、カクレンボはしてないよ。ただ世間話をしてただけさ。で何の用だ、はるあ?」

 は幸い【霊能】への耐性が低かったようで、尊命みことの【詠唱】だけで昨日の出来事の大半を忘れているようだ。

しかしながら、が【霊能者】だという可能性もまだある。

その場合は相当【霊能】の扱いが上手いのか、それとも……。

ともかく、万が一の為の警戒は必要だ。

「あぁ、良かった。邪魔してないなら、安心だぁ。でね、お二人にちょっとしたお誘いがありましてね」

「お誘い?」

「今週末、わたしの家でお泊り会的な事をしようと思ってるんだよ。だからさ、二人も参加しない?もし良ければ、他にもお友達を誘ってさ」

 「え?お泊り会?」

「なんで私達に?その前に高校生がお泊りって……」

「それは盟友とその友人だからに決まってるじゃないか!お泊り会は誰が、いつやったって関係無いよ!さぁさぁ、続きはこちらで……」

 こういった経緯で僕と尊命みことは、主催のお泊り会へ参加する事となった。

尊命の質問とはるあの回答が食い違っている事は気にしない、気にしない。

そして僕らは、このお泊り会があの出会いーー邂逅に通ずるとは露知らず。

お泊り会がそうであるように、【縁】はいつ、どこにだっても繋がり合うものなのだから。

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