参話:学園はるま譚 其の陸

ー陸ー


 「むにゃにゃ……はっ!何呑気に寝ているのだ、よ!!お前には使が……あれれ、もうこんな時間かぁ。そろそろ帰ろ〜」

 わたし、安倍あべ晴明はるあはいつの間にか寝てたみたい。

頬を軽く両手ではたきながら、時計を確認すると、針が示すのは7時30分。

あんまり遅いとパパもママもも心配するだろうから、いい加減帰らなくちゃ。

わたしは借りた本をバッグに詰め込み、図書室を後にする。

当然わたしが最後の生徒なので、鍵閉めも済ませておく。

ふふーん、ちゃんは偉いでしょ?

 時間も時間なので、廊下には誰一人居なくて閑散とした雰囲気を感じる。

わたしは首から掛けた定期券を掴んで、いざ外へ……とはいかないみたい。

あちゃー、定期券クラスに置きっぱなしだよ。

「……取りに行かないとなぁ」

 階段を上がり、1ーCを目指して歩き始める。

今の時間は文化部も校内活動の運動部もいないため、より薄暗く感じる。

……恐れるな、!!

大丈夫、どんなに怖いときだって【大磐凪切オオイワノナキリ知流永姫神チルノトコヒメガミ】様が見守ってくださるから!!

 やや腰を引きながらも、わたしは1ーC前まで辿り着いた。

外より暗い廊下を歩くのは中々に怖いものだね。

次からは夜の学校を歩く必要が無いように、予め持ち物チェックしとかなきゃ。

 おそるおそる扉を開ける。

わぁ、廊下より真っ暗だぁ。

照明を点けたい気分だけど、長時間使うわけじゃないんだし、我慢、我慢。

わたしの席ーー1列目の前から4番目のとこに行き、机の上に置いてあった定期券を手に取る。

我ながら不用心だなぁ。

ま、この学校にもの盗む人なんていないだろうけど。

 なーんか、さっきまであんなに怖かったのが嘘みたい。

帰る前に窓から外でも眺めようかな。

窓の外にはわたしの家の近所よりもずぅーと田舎の風景が広がっている……昼間なら。

街頭やぽつぽつとした家々の光、それ以外は窓一面が黒一色。

うーん、思ってたんと違うなぁ。

もっと綺麗な夜景が見れると期待してたんだけどなぁ。

 気落ちしたせいか、身体が何となく気だるげ。

大した程じゃないし、さっさと帰ろーっと。

 そしてわたしは回れ右をして……後悔した。

目の前にそれが……が居た。

天井と床から小さな人形のものがぽこぽこ湧き出してくる。

あー……これ、ヤバいやつだ、多分。

そう思った時にはわたしの身体は動いていた。

よく分かんないけど、あれは絶対に関わるべきものじゃない!

こーゆうときこそ、『逃げるは恥だが役に立つ』!!

 扉を豪快に開け、廊下を韋駄天のように走り抜け、階段をひたすら下る。

3階、2階、1階……。

階段の表示は次々と過ぎていき、遂に終点が目の前に現れる!

やった、逃げ切った!!

 階段の切れ目まで来た時、わたしは誰かとぶつかり床に倒れる。

ありゃま、喜びと開放感に浸っていたせいで、端を走ってたよ、わたし。

 「いててて……えへへ、余所見しちゃってたよ、ごめんね」

 取り敢えず、目の前の誰かに謝罪をしよう。

相手は女子生徒でセミロングの髪……あれ?

なんか見たことあるなぁ、この子。

 そんな風に思っていると、後ろから男子生徒が現れる。

この子は……知ってるぞ!

 「おや、盟友ハルじゃないか。どうしたのさ、こんな時間に学校に居るなんて」

こそ、何で居るんだよ」

 男子生徒ーー門廻せと幽真はるまはわたしに尋ねてくる。

立ち上がりながらわたしは返答をする。

盟友として、答えられる疑問には答えてあげなくちゃ。

 「ちょっと前まで本を読んでたのさ。そしたらね、なんか変なものに会ったんだよぉ、教室で。わたしの勘が危険だって忠告してきたから、ここまで逃げてきたんだけどーー」

 途中まで話したところで、わたしの目の前の女子生徒が立ち上がり、わたしの両肩を掴んでくる。

あ、この顔は確か、同じクラスの……。

「……諸々の禍事・罪・穢有らむをば、祓い給え清め給え」

 突然、そのような言葉を発し、女子生徒はわたしの額に人差し指を当てる。

これって……【祓詞】?

その瞬間、景色がぐにゃりと曲がる。

戸惑う暇も無く、わたしの視界は暗黒面に沈んでいった。


 「ふぅ、これでよし、と」

 私は力なく眠る生徒ーー安倍あべ晴明はるあの身体を抱え、幽真はるまに渡す。

そして彼女の落とした荷物を拾い集める。

バッグの中からは教科書の他、『短期記憶と長期記憶』、『記憶力を増加させるには』という題の本がはみ出していた。

きっと、点数を上げる為なのだろう。

「みこと凄いね。そんな短い詠唱で効果が出るなんて」

 「褒められる程のものじゃないよ。あまり効果が強くないし、相手を眠らせちゃうし……。使い勝手は良いとは言えないんだよね。でも他に合う詠唱が無くてね」

 バッグにある程度のものを拾い集めた私は階段の上を見る。

あの先に……教室内に、怪異が居る。

 「今もまだ居るの?」

「いや、気配は消えたよ。多分に教室から逃げられたから、諦めたんじゃないかな?」

 「そっかぁ……残念、今日も収穫無しと」

 それでも、怪異が元凶の可能性は大いに高まった。

後処理も施して、の記憶から怪異との遭遇辺りの記憶を消去させたので、十分に働いたとも言えるだろう。

 「さてと、一旦この子を二宮にのみやさん辺りまで運ぼっか。起きるまでどっちかが待機しておけばーー」

「みことっ!!危ない!!」

 玄関に向かおうとした私を幽真はるまが引き止める。

その瞬間、目の前に巨大な手が現れた。

床から突然現れたそれは、よく見ると人形の何かの集合体のようだった。

さらに、天井からも人形の何かがこぼれ落ち、だんだんと形を形成する。

 「はるま……もしかして、この怪異……」

「うん、だよ、こいつが」

 「あの……こいつ教室から出てきてるんですが……」

「……うん、歪んでるね。確実に」

 わぁお、さっきの発言やっぱ無しだね。

こりゃ、今日は大収穫だ。

 私達が会話している間に、怪異の全体像はほぼ出来上がっていた。

小さな人形の群れで構成された存在。

自由にその姿かたちを変形させる、まるで浮世絵で稀に見る人を集めた寄せ絵のような存在。

それが、私達の行く手を塞ぐようにしてそびえ立っていた。

やや身体が気だるくなってきたのは、この怪異の霊能に寄るものだろう。

「みこと、どうする?」

 「はるまだって分かってるでしょ?そりゃあさ……」

「「逃げるしか無いよね!!」」

 私達二人は同時に走り出し、階段を駆け上る。

あんなでかいのに私達がまともに相手になるはずがない。

あの見た目でも本質は低級だろうから、一旦身を隠して、相手のスキを突くのが手っ取り早い。

1階、2階、3階……。

階段の表示は次々と過ぎてゆき、私は3階の廊下を駆け抜ける。

理由は特に無い、強いて言うなれば四階は逃げ道が少ないからだ。

そして、3階の渡り廊下ーーかつらズゥラーがこの間まで住処にしていた所で後ろを振り返る。

 「はるま!?どうしたの!!?」

 そう、幽真はるまが私に追いついていなかったのだ。

「ちょっと……ハァハァ……キツイかも……」

 幽真はるまは見るからに疲れていた。

確かに幽真はるまを抱えている為、疲れて当然だろうが、私の知っている幽真はるまは身体能力が優れている。

軽々と屋根の上に登ったり、初の【風間山かざまやま】上りの険しい道を余裕で超えたり等、私よりもはるかに身体能力が優れているはず。

そのため、はるあを預けたのだけど……。

 「はるま、いつもならこれぐらい余裕だったよね?体調でも悪いの?あの怪異の影響受けてない?」

 少し遠くにいる幽真はるまに大声で話しかける。

まだ、後ろにはあの怪異が来ていないみたい。

 「いや、そうじゃない……多分……ハァハァ……みことは、勘違いしてるよ。僕は普通の人間なんだよ……みこと達、霊能者と違ってね……」

「そんな事無いよ!私の知ってるはるまはもっとーー」

 ようやく追い付いてきた幽真はるまが私の言葉を遮る。

 「これまでのは、靴があったから、さ。僕って、前にも言った通り、あまり霊能の扱いが、上手くないからさ……尾尻から貰った、霊具の外靴を、使ってるんだよ。霊力の使用効率を高めて、身体能力を、向上されるんだ」

 それならば筋が通る。

今、幽真はるまは内靴を履いている。

本人はこんなに走る羽目になるとは考えていなかっただろうから、靴を変えてしまったのだろう。

 「そうだったんだ。じゃあ、は私が運ぶから……」

「お願いするよ……もうヤツも来たみたいだし」

 幽真はるまから受け取り、渡り廊下の先を見る。

奥には人形の集合体がやって来ていた。

今は大きな顔の形を取っており、私達と目が合うと、口元の部分の人形達が不気味に変形し、三日月形を作る。

渡り廊下に降り注ぐ月光、それに照らされた姿は怪物そのものだった。

 ……この際、荷物なんて気にしている場合じゃないよね。

私は身軽になる為、そして相手を牽制する為にリュックを投げつけた。

それなりの重量のあるリュックだったのだが、当たった辺りの人形が数体剥がれ落ちた程度しか威力が出なかったようだ。

リュックは地面へと落下し、脇に挿していた水筒からお茶が流れ出る。

あぁ、勿体無い。

それでも、少しでも妨害になれば十分だ。

 「はるま、逃げよっか……何見てるの?」

 攻撃があまり意味の無い事を理解した私は幽真はるまに逃げるよう催促する。

しかし、幽真はるまは動こうとしない。

あの怪異を見て静止しているのだ。

「……このまま距離を取り続けても、意味無いと思うよ」

 「え?どうして?」

「あいつは何処からでも現れる……あいつにとって学校全体が住処なわけだから。出口に近づいたら、その出口を塞ぐだろう。窓から逃げようものなら、追ってくる可能性だってある。だから……この場で対処するのが一番さ」

 幽真はるまはリュックサックから砂入りケースを取り出す。

「緊急事態だから、許してね」

 学校で砂を撒き散らすのは後処理が面倒なので禁止にしていた。

しかし、幽真はるまはこの場で砂を使うつもりのようだ。

本来なら止めるように説得する所だが、私はそれを許容し、見守る事にする。

幽真はるまならどうにかしてくれる……そんなやわな期待があったのだ。

 幽真はるまは勢い良く走り出す……が、すぐにその歩みは止まった。

酔っぱらいのようなふらふらとした足取りとなり、残りの距離が5mの所で廊下にうずくまってしまった。

そうだった……忘れていた……。

この怪異は一定の距離上で体調不良を引き起こす……そのためまともに近づけないのだ。

 倒れゆく幽真はるまを見て、怪異は嬉しそうな表情を浮かべる。

そして私を見て、再び薄ら笑い。

次の標的は私か。

 私はを壁に寄せて、心想より霊具の日本刀【獅志丸】を取り出し、構えを取る。

私のバカッ!!

ここ最近の私はすっかり幽真はるまに頼り過ぎになってしまった。

それが仇となったのだ。

私だったら止められたのに、判断を見誤ってしまった。

当然幽真はるまをおいていけるはずがない。

この場で決着を付けなくては。

 怪異は一歩一歩距離を縮めてくる。

速度こそ遅いものの、確実に。

そして、丁度廊下の半分程度まで来た時、あいつに異変が生じた。

あいつの左目の部分が、何者かの手で貫かれていたのだ。

驚きの表情を形どる怪異に対し、手の主ーー幽真はるまは一言。

「勝利を確信した時が、一番危険だって知ってたか?低級怪異の【家鳴り】さん方?」

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