参話:学園はるま譚 其の壱

ー壱ー


 「なんかさ……立地悪くないか?」

 思わず言葉を漏らしてしまう。

時は遡り、入学式後の放課後。

四時半、僕は尊命の案内で金田一心霊探偵事務所へ訪れていた。

事務所があるのは磐戸の都心部として知られる早苗地区の……高架橋の下にある。

本来店なり倉庫なりが並び一定の活気を浴びるガード下に怪しげな事務所があるのである。

元々の暗さと交わって、近寄りがたい雰囲気が醸し出されている。

その上、窓に書道体の事務所名を貼り付けているのだ。

いかにも裏社会の人々がたむろってそうな、そんな印象を抱かせてくる。

客、ほんとに来るのか?

そんな疑問すら浮かんでくる有様だ。

「最初は私も驚いたけど、慣れると案外いいとこだよ。此処って人通り自体は多いから依頼は来やすいんだよね。さ、上に上がりましょ!挨拶ぱぱって済ませちゃおうよ!!」

 「……そうだね。早く帰って暗と会いたいし、ささっと済ませよう」

 ちなみに神奈ヶ山から此処まで来るのに鉄道を使って30分と少しかかる。

それだけならまだしも霜降の祖父母の家となると1時間は移動に費やすこととなってしまう。

電車の運行状況を踏まえても、あまり時間を使うべきでないのは確実だ。

 僕は尊命の後に続いて内付けの階段を登る。

事務所は建物の二階にあり、一階は骨董品屋となっている。

話では一階の店主から二階を貸して貰っているそうだ。

「失礼しまーす!皆さん、お久しぶりです!!」

 「おじゃまします」

 尊命の開けた扉の先には……やたらお洒落な空間が広がっていた。

表の雰囲気が嘘に感じるほどの、高級なバー風の入口がそこにはあった。

待ち合い席のソファとカウンターのような受け付け、これだけで事務所がどれだけお洒落なのかが伝わってくる。

受け付けには今は誰もいないようだ。

「あ、待ってたよ、みことちゃん。隣の君がはるま君だよね?」

 その温度差に呆然としていると、扉横の高そうな黒皮ソファに座って本を読んでいた人物が話しかけてきた。

和服を着た茶髪に細目の男性で、全体の服装とは対照的に洋風の中折れ帽を頭に被っている。

本をソファに置いて、男の人は僕らの前に立った。

その落ち着いた姿と底知れぬ霊能の感覚は僕が背を縮めてしまうほどだ。

 「門廻幽真です。よろしくお願いします」

「僕はこの事務所の所長の金田一更輔こうすけだよ。こちらこそよろしくね、はるま君」

 僕と金田一さんは握手を交わす。

事前に話を聞いていた通り、金田一さんは不思議な人だ。

所長だというのに部下の尊命や僕のような部外者と対等に接し、その一方で何処からともなく醸し出す尊厳威儀のオーラ……これがカリスマ性というやつか。

「さぁ、二人とも上がって。皆待ってるからね」

 所長直々の案内で僕は事務所内に足を踏み入れる。

玄関前と同じく、内部も洋風の酒場のようであった。

大広間と個室が数個、配置のせいか外観よりも空間が広く見える。

右側には六つのデスクと左側には和傘の立て掛けられてた一つの机(恐らく所長用)がある。

その内三つの席にはそれぞれ人が座っており、その他に一人掃除をしている人がいる。

中には見覚えのある人が数名いる。

「お、みことちゃんとはるま君じゃないッスか!二日ぶりッスね!元気にしてたッスか?」

 特徴的なチャラい語尾、この人は破戒僧の勸修寺かんしゅうじ厳鳩いっきゅうさんだ。

坊さんだというのに長く垂らした黒髪、耳にはピアス、目には黄色のコンタクトを付けており、格好も黒地に黄色ライン付きのジャケットを肩掛けしている。

こんな見た目であるが実力は確かだそうで、他の霊能者から応援要請が来ることもしばしばだとか。

「イッキュウさん、景江かげえ先輩が居ないようですが……」

「あー、今東京の本部の方に行ってるんスよ、景江さん。だから暫くは会えないッスね」

「なるほど、音羽おとわさんの所ですか……久々に会えると思ってたから残念だなぁ」

 二人はカゲエ先輩やらオトワさんやらと次々と僕の知らない人の名前を挙げて身内トークを繰り広げている。

僕はその中に入るのも気まずかったので、奥の席に座っているあの人に話しかけることにした。

 デスクにうつ伏せしている彼は朝霞飛縁たかよりさん。

春だというのに冬に着るような厚着をしているのが特徴の高身長の男性だ。

後から聞いた話だと、この事務所内でもトップクラスの実力を持っているらしい。

 「えっと、先日は有り難うございました……朝霞さん?」

 朝霞さんに話しかけるが返答は無い。

あれ、朝霞さん、呼吸してなくないか?

もしかして具合が悪いんじゃ……。

「話しかけない方がいいですよ。朝霞さんは仮眠の邪魔をすると機嫌が悪くなりますから……」

 突然前の席から話しかけられる。

そこには桃髪の女の人が座っていた。

服装はこの事務所の中では最も普通で、女の人らしい華やかな物である。

 改めて確認すると、朝霞さんは寝てるように見えなくもない。

それにしては身体が動かなすぎな気もするけども……。

 「あ、御忠告有り難うございます。貴方はどなたでしょうか?」

「あー、私ったら挨拶忘れてるよぉっ!!ごめんなさい、自己紹介もせずに話し始めちゃって。私は土御門つちみかど日陰ほと、此処で巫女としてサポートの役割を担っています。あなたは門廻幽真君ですよね。これから尊命ちゃんの調査協力をしてくれるそうですね。どうか尊命ちゃんをよろしくお願いします。彼女はやや先走りがちな所があって、前々から一人行動させるのを心配してたんです。でももう心配の必要はないですよね。幽真君が尊命ちゃんの手助けをしてくれるのですから。ですから事務所を代表して私からお礼の言葉をーー」

 「も、もう気持ちは十分伝わりましたから!それに僕は金田一さんや事務所の皆さんに妹がお世話になる御恩を返すだけです。感謝されるようなことは一つもしてませんよ」

 僕に言葉を遮られたことでホトさんは目を点にしていたが、暫く後に突然顔を手で隠し始めた。

「あーもう!!ほんと、すみません。私、時々自分の話に集中し過ぎて歯止めが効かなくなることがあるんです。あー、恥ずかしいっ!!」

 「いえいえ、僕もそういう時ありますから。そういえば、朝霞さんっていつ頃起きますかね?挨拶ぐらいはしていきたいんですが……」

「朝霞さん、用事や依頼が無い限り、昼間はずっと寝てますね。夜も必ず起きてるわけじゃないので、今日挨拶出来る可能性は少ないと思いますね」

 ……朝霞さん、どれだけ寝てるんだろうか?

あの人ほんとに人間なのか?

「ホトさん!!お久ですぅ~!!会いたかったよぉっ!!」

そんな疑問で返事も出来ずにいた時、身内話の終わった二人が近づいて来た。

「尊命ちゃんっ!!私も会いたかったよぉ~!!」

 女子二人が唐突にじゃれあい始めた。

お互い再会を喜んで抱き合い、笑い合っている。

「女子ってスキンシップ激しいッスよね」

 イッキュウさんが話しかけてくる。

彼も僕と同じで女子同士の触れ合いに置いてけぼりにされているのだろう。

 「そうですね。男同士の触れ合いと違って距離が近いように感じますよね。これが男女の違いなんでしょうね」

「そうッスね~……はるま君、一つ質問いいですッスか?」

 「え?なんですか?」

「いやぁ~はるま君って、こういうの見てどう思ってるのかなって気になったんスよね」

 んと、これはまずい流れな気がするぞ。

ここは一旦当たり障りの無い回答をしておこう。

 「あー、そうですねー……まぁ、うん、女の子らしくていいんじゃないですかね、多分」

「そう思うッスよね!!流石はるま君、分かってるッスね!!やっぱ女子同士の絡み合いって男として惹かれるものあるッスね!!可愛らしいそのスキンシップに感じる微かな妖艶さ、最高ッス!!そしてその状況に欠かせないのがーー」

「聞こえてますよ、このド変態がぁっ!!とりゃっ!!!」

 僕の発言を過激に捉え一人盛り上がっていたイッキュウさんを止めたのはホトさんだった。

ホトさんの拳がイッキュウさんの脇腹にクリティカルヒットし、呻き声をあげながらイッキュウさんは地面に伏す。

「もうイッ君ったら、子供達の前で変な事言わないでください!」

「うぅ……別にいいじゃないッスか……個人の自由ッスよ」

「良くありません!不適切な発言は教育に悪いです!」

「教育なんて必要無いッスよ……過度に無理強いさせるのは酷ッスよ……子供が本当に望んでるのは自由なんスから……」

「それとこれとは話題が違うでしょう!それに教育放棄は良くないです!幼い頃の生活は後々に響きます!だからこそ子供には質の良い教育を、愛のある教育をすべきなんです!!」

 痛みが落ち着いたのか、イッキュウさんは立ち上がって話を続ける。

「ホトちゃんは分かってないッス。分かるはずがないんスよ。愛がある教育も程々が大事なんスよ!教育は子供を束縛し、その自由を無くしてしまう……そんな過程を辿った子供がどうなるかなんて、生まれのホトちゃんには分かってたまるかっていうんスよ!!」

「いっ君こそ私の事分からないでしょう!!身分が高いから優遇されてるとか、そんな考えは甘いんです!!愛があるって事は何より大事なんです!!」

 二人の言い合いはどんどんヒートアップしていく。

 「あれ、止めなくていいの?」

「まー、いつもの事だよ。イッキュウさんとホトさんの喧嘩は日常茶飯事、むしろ今日は軽い方かな。そんでもってなんやかんや仲が良いのさ。あれが所謂バカップルってやつなんだろうね、二人が付き合ってるわけじゃないけども」

 なるほど、これが『犬猿の仲』ということか。

にしても下の階の店主さん、いつもこんな騒がしくて迷惑じゃないのだろうか?

「あはは、ごめんねぇ、あの子達が騒がしくしちゃって。その上飛縁に至っては仮眠取ってる始末で、挨拶もまともに出来ないからねぇ。迷惑になってなきゃいいんだけど……」

 僕らやあの二人の会話を後ろから見ていた金田一さんが話しかけてくる。

 「全然大丈夫です。むしろ楽しそうで良い所だなぁって、そう思うばかりです」

「それなら良かった。改めてこれからよろしくね、はるま君」

 「はい!こちらこそよろしくお願いします!!」

 改めて僕と金田一さんは握手を交わす。

……この人見た目は若いよな。

所長だしてっきりそれなりの年なんだと思ってたけど、一体何歳なのだろう?

「……金田一さん、一つ質問いいですか?」

「ん?何だい?」

「あの……一人知らない子がいるんですけども、誰ですかね?」

 丁度僕も気になっていて聞こうとしていたことだ。

始めに説明したように、この事務所には計五名の人がいた。

まだ話しかけられていないのが彼女である。

 イッキュウさんとホトさんの喧嘩をはらはらした様子で見ているあの子。

年は僕らより少し年下……中学生だろうか。

普段なら躊躇なく挨拶しに行く所だが、行くのを躊躇っている僕がいた。

それは彼女がメイド服を着ていたからである。

そう、秋葉原のカフェで見かけるようなあのコスプレである。

その恰好をこの心霊事務所でしているのである。

そりゃ、途惑わない人はいないだろう。

てっきり尊命は知ってる子だと思ってたから、尊命の後に続いて挨拶しようと思っていたのだが……。

「あ、そっか。みことちゃんはまだ会ったことは無いんだったね。いくさ、ちょっとこっち来てよ」

 いくさと呼ばれたその少女は不安げな素振りを見せつつも僕らの前に現れる。

うん、見間違いかと思ったけどそんなことは無かった。

どっからどう見てもメイド服だよ、この子。

「こちらは新人のみことちゃんとはるま君。ほら、いくさも挨拶しなよ」

 「は、はい!え、えと、ぼ、僕は、い、石上いそのかみいくさです。あ、その、め、メイドしてます!よ、よろしくお願いしますっ!!」

 緊張した面持ちで彼女ーー軍ちゃんは自己紹介をした。

ほんとにメイドだった。

僕っ子のメイドだった。

……メイドって心霊事務所に必要か?

てかスルーしたけど、金田一さん、今さりげなく僕を新人扱いしてたよね?

「えーと……何故此処にメイドが?」

 どうやら尊命も同じ疑問を抱いたらしい。

「あーあ、また意地張ってるんスか。こいつ、メイドとか抜かしてるッスけど、ただの雑用係ッスよ」

 いつの間にか喧嘩を終えた二人が介入する。

軍ちゃんは頭を小突くイッキュウさんに対して嫌そうな顔で文句を言う。

「僕はメイドです!!掃除や買い出しや時々受け付けを担ってるメイドなんです!!」

「……いくさ、それを雑用っていうんだよ。あはは、ごめんね。この子もちょっと変わった子でね」

 ……ちょっとの使い方間違ってるのでは?

「へぇー、新しい子入ったんだぁ。よろしくね、軍ちゃんっ!」

「あ、は、はい!よ、よろしくですっ!!わっ!?あ、頭撫でないで下さいっ!恥ずかしいですっ!!」

 いきなり尊命は軍ちゃんを可愛がり始める。

……これが女子の距離感ってやつか。

 「あ、そういえばお二人の話し合い、終わったんですか?」

 再び男女の違いを見せつけられるのを虚しく感じたので話題転換。

イッキュウさんとホトさんと雑談しようと試みる。

「まぁ、一様は。いつまでも騒いでるのも良くないんで、俺から一旦休戦しようって持ちかけたんスよ」

「はぁ?違いますよ!イッ君がグダグダと語り続けるから私が責任持って休戦宣言をしたんですよ!!」

「いやいやぁ~、ホトちゃんは御冗談言うの好きッスねぇ。愛ある教育がどうとかグダグダ語り続けてたのはそっちッスよねぇ。いっつも俺に濡れ衣被せてくるの、いい加減止めて欲しいッスね」

「そっちこそ教育よりも自由だなんて現代社会の一般常識から反れた考えをいつまでも騒ぎ立ててたじゃないですか!!冤罪を仕立て上げないでください!!」

 やってしまった。

どうやら僕の一言が二人の喧嘩の火を再発させてしまったようだ。

……やっちった、どうしたものか。

「あわわ……また喧嘩始めちゃったよぉ」

 二人がもめる横で、軍ちゃんはあたふたしている。

僕がやらかしてしまった事への対処を考えていると、金田一さんが二人の肩を叩いて言った。

「二人ともちょっと熱帯び過ぎてるよ。後は分かるよね?」

「……すんませんでしたッス」

「……以後気を付けます」

 めっちゃ怖かった、見てるこっちが一番恐ろしかった。

金田一さんの底を読めない感じがより一層緊迫感を醸し出す。

叱られたイッキュウさんとホトさんは気まずいようで、お互い席に付いてうなだれている。

「あ、そうだ!今日お土産持って来たんですよ!!皆で食べましょう!」

 尊命がこの悪い空気を変えるためそのように話を切り出す。

でも流石にこの雰囲気の転換は厳しそうだけども……。

「お、そりゃいいッスね!」

「それってもしかしなくても御菓子!?ありがと、尊命ちゃんっ!!」

「そうですよ~。うちの近くにあるケーキ屋さんで買ったショートケーキです!最近できた所なんですけど、どのケーキも甘くて、おいしくて……是非皆さんにも食べてもらいたくて持ってきました!!」

「えっと、それって僕も食べても、いいんですか?」

「うん、軍ちゃんもどうぞ食べちゃって!!」

「あはは、こりゃあ相当美味だろうねぇ。じゃあ、僕も一ついただこうかな」

 なるほど、ここまでが此処の日常風景だっていうことか。

もう僕は何も言うまい。

 いちいち心の内のツッコミ芸を披露するのに疲れたので、とりあえずは何も考えずにケーキを食べることにした。

窓際の団欒席に座って六人(朝霞さんは除く)でケーキを食べる中、前々から気になっていた質問を投げかける。

 「イッキュウさん、あの手はどうなりました?」

 二日前僕と尊命に襲い掛かってきたあの怪異。

あの時、その手の一体をイッキュウさんが捕まえていた。

確か研究機関に送るとか言っていたけれども……。

「あー……そうッスねー……うん……」

 妙に歯切れが悪い。

何かあったのだろうか?

僕の疑問に答えたのはホトさんだった。

「イッ君、正直に言えばいいじゃないですか。逃がしちゃったって」

「え!?イッキュウさん、それほんと!?」

 「……それってまずくないですか?」

 逃がしたとしたらあの怪異の正体を探るのが難しくなる。

次に僕や尊命が襲われた場合、怪異の性質や概念を理解しておくことはとても重要になる。

折角の調査の機械であったのに、それを逃したとなればイッキュウさんの責任はかなり重いわけだが……。

「その言い草じゃあ、まるで俺が逃がしたみたいにじゃないッスか。逃がしたのはあの管理杜撰な研究所の方ッス。ちゃんと監視してないと逃げる可能性があるって予め言ったってのに、ほんとあいつら人の話まともに聞かないんだから困ったもんッスよ。まぁ、残り香が残っていたみたいなんで、霊能検査は出来るみたいッスよ」

「またやらかしたんですね、あの研究者達。でも今回はましな方で助かりますね」

「政府公認機関だってのに、なんでいつも失敗が多いんだろうか。【霊峰院れいほういん】がもっと教育をしっかりすればいいんだがな」

 相当な言われようである。

それだけ問題の多い研究所なのだろう。

あれ、そういえば……。

 「朝霞さん起きてたんですね。えっと、お邪魔してます」

 今、さり気なく入り込んでいて、聞き逃す所だった。

「あぁ、二日ぶりだな、門廻。尊命も元気そうで何よりだ……ん?髪切ったのか?似合ってるじゃないか」

「そ、そうですか?そう褒められると照れるなぁ。というか朝霞先輩、いつから起きてたんですか?」

「イッキュウとホトが喧嘩始めた頃から起きてた。あんな煩くされて寝れる奴なんてそういないだろう。絡むのもめんどくさいと思ったから今まで寝たふりしてた、それだけだ」

 イッキュウさんが目をあからさまに泳がせる。

彼なりにも申し訳なさがあるのだろう。

「もぐもぐ……あ、あはかせんはいも、けーひ、たべまへんか?」

 ケーキを幸福そうに食べながら、ホトさんが尋ねる。

……この人ずっとケーキ食べてるな。

甘い物が好きなのかもしれない。

その上ケーキに夢中になっているせいか、睡眠を邪魔した事実に気が付いていない様だ。

イッキュウさんの方が実はまともなのかもしれない。

「申し訳ないが、甘い物はあまり得意ではないんだ」

「あ、朝霞先輩にはこれどうぞ!!以前甘いの嫌いだって言ってたので、抹茶のケーキ買ってきました!!」

「……ならばいただかせてもらうよ。ありがとう、尊命」

「あぁ、そういえばみことちゃんに渡さなきゃいけないものがあるんだった」

「はい?金田一さん、渡したい物ってなんですか?」

「はい、これ。正式な団員入りの印だよ。あ、はるま君は団員じゃないから無いけど、印が無くとも仲間みたいなもんだからね」

 尊命が受け取ったのは木札のネームプレートだった。

警察ドラマで見た事がある、入り口などに掛けるあの木札。

そこに書道体で「九院坂尊命」と書かれている。

……にしてもさっきからこの人僕を仲間扱いしたがるなぁ。

そう思ってくれる事は嬉しいけれど、助けてもらってるのはむしろ僕の方であり、どうしても申し訳なく思ってしまう。

「わぁ、有り難うございますっ!!早速掛けちゃいますね!」

 尊命は入り口近くの壁に付いている木製の板に自らのネームプレートを掛ける。

木板には既に十枚のネームプレートが掛けられており、が名前の方を表にしている。

「……僕も欲しかったな、木札」

「いくさは雑用だから無いに決まってるじゃないッスか」

「えぇ……そんなぁ」

 イッキュウさんと軍ちゃんの会話を微笑ましく思いながら眺めていると、尊命が話しかけてきた。

「なーにニヤニヤしてるのさ、はるまっ!」

 「はは、いやー仲良いなぁって思ってね。いいとこだね、この事務所」

「でしょ!皆優しくて頼りがいのある先輩たちだよ。これから幽真も沢山お世話になるだろうから、今の内からこのj雰囲気に慣れておいてね」

 時間は有限、流れは早い。

この時にはもう外も暗くなり始めていた。

しかし、僕はいつの間にか帰ることを忘れ、この一時を楽しんでいたのだ。

非日常的で普遍的なこの瞬間を。

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