参話:学園はるま譚 其の序

「うわわ、夜の学校って雰囲気あるね」

「だねぇ、はよ帰ろ。ああ、怖い怖い」

 二人分の声と足音。

カツカツと音を鳴らしながら通り過ぎていく。

 いひっ、今日の獲物は二匹。

こりゃあ豊作だねぇ。

わたしは廊下の闇に紛れるようにして後を追う。

「そういえばさ、この廊下の怪談話知ってる?」

「そんなの知るわけ無いじゃん。私怖いの苦手だもん」

 獲物は女子生徒か。

片方は怖がりらしいからより良質な餌が取れそうだねぇ。

「この3階の渡り廊下にはね、髪の長い女の幽霊が出るらしいよ」

「やだぁ、怖いからもういいよぉ」

「まだ話し始めだよ。全然怖い要素無いでしょうに」

 蛍光灯の光に薄く照らされた廊下を獲物は歩いていく。

もう襲いかかってもいいかしら。

いや、まだもっと粘れるわ。

どうせなら怪談話が終わった後にしましょう。

そしたら恐怖がたらふく食べれるだろうねぇ。

「でね、その幽霊ってのは昔に此処から飛び降りて自殺した生徒の霊らしくてねーー」

「ええっ!?この学校ってそんな曰く付きの場所なの!?」

「しぃー!声が大きいよ。あくまで噂。真偽なんて定かじゃないから」

 その通りよ。

そんな曰くはこの廊下に存在して無いわ。

けど、わたしにとっては噂が流れるのは有り難い事ね。

尾鰭が付いてた方が便利だもの。

「それで、その幽霊が夜な夜な……」

 獲物は前触れもなく横に曲がる。

あら大変、そっちは東階段だわ。

降りた先には玄関があるわね。

 このままだと逃げられてしまうわ。

それに他の怪異に先を越されてしまうかも。

いつもは下には降りてないけど、今日は降りてみようかしら。

良質な餌、得たいもの。

 そして、わたしが廊下を曲がると……。

「やぁ、はじめまして。君が渡り廊下の幽霊の正体だね?」

 そこには男子生徒が一人。

存在を薄めてるわたしが見えるの?

まさか……霊能者!?

 「何ようかしら、霊能者さん」

 此処は平静を装いましょう。

焦っては駄目よ。

スキを突いて襲いかかればいいわ。

ついでに恐怖を抜き取ってしまいましょう。

「最近一部生徒が体調不良を訴えていてね。何か知ってないかなって思ってさ」

 「ふぅん、そうなのね。残念だけどわたしは関係ないわ。多分だけど他の怪異じゃないの?この学校、怪異だらけなんだから」

「あっそう、ご協力ありがと。人襲うのもほどほどにね」

 そう言って彼は階段を降りていく。

ふふっ、油断だらけね。

霊能者に成り立てってとこかしら。

どうしてあげようかしら。

 わたしは踊り場付近まで降りた彼に襲い掛かる……そのつもりだった。

しかし、わたしの髪が彼に届くことはなかった。

 「えっ?何が……起こったの?」

「……霊能者への反抗は霊能憲法の規定に反します。この場で拘束させてもらいます」

 突然飛び出してきた影にわたしは切りかかられていた。

わたしの一部は宙を舞い、階段に散らばる。

相手は刀を持った女子生徒。

二人組の霊能者……そっか、わたしは嵌められたのね。

「あ、先に言っておくけど、そっちはただの祓い屋。本来なら霊能者への反抗とは見做されないんだけど、君が霊能者だと勘違いしてたみたいだからね。流石にアウトだよ……で、素直に捕まってくれる?」

 「わたしが素直に捕まると思って?」

「そう、じゃ遠慮なく」

 彼女は刀を構え、わたしに切りかかる。

さっきは不意打ちだったけど、今度は正面勝負。

そう簡単にやられはしないわ。

 それに……この子、刀を鞘から取り出していないみたいね。

ハンデのつもりかしら?

まぁ、何にせよ、わたしに有利なのは間違いないわ。

 わたしは華麗に攻撃を避け、身体を精一杯伸ばす……その予定だった。

「僕の事、忘れて貰っちゃあ困るなぁ。もしかして、対戦慣れしてない?」

 失念していたわ。

相手は一人じゃない、もう一人居たのだった。

わたしは羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなってしまった。

「さて、抵抗出来ないようにさせてもらいますねー」

 わたしの必死の抵抗は意味をなさず、近づいてきた女霊能者の一振りを食らう。

その瞬間、目の前が真っ暗になった。


「わ、わたしの身体がぁぁぁっ!!」

 僕が抑えていた女の怪異……いや、大きな髪の毛珠が悲痛の叫びをあげる。

先程まで人型をしていたそれは、尊命の一振りによって無残にも身体に纏わりついた毛のほとんどを失うこととなったのだ。

威勢よく襲い掛かってきたからてっきり格の高めな怪異だと思い込んでいたのだが……。

散った髪の毛によって階段は黒くまだら模様を描いている。

なお、この状況を元凶本人も驚いたらしく、一言も発していない。

「えっと、その、別に……悪気があったわけではなくてですねぇ、これは、そう、不可抗力と言いますか、ねぇ……」

 暫く悲しげな声が階段に響きわたったのち、間を空けて尊命が話し出す。

言い訳をしたいのだろうが、とてもしどろもどろだ。

うん、まさかたった一振りで毛のほとんど切っちゃうなんて思わないよね。

気まずくなるのも仕方ない、僕だってそうなるだろうし。

 「……そもそもは君が襲い掛からなければこんなことにならなかったんだよ。何で襲い掛かってきたの?」

「あぁ、もう終わりだわ。破滅だわ。髪無いわたしなんてわたしじゃない。わたしは、あぁ……」

「駄目みたいですね、これ」

 僅か一瞬にしてアイデンティティのほとんどを喪失したショックで、毛玉は心が折れてしまったようだ。

これじゃ話通じないか。

「そうだね、取り敢えず話聞きたいんで連行しますねぇ」

「あぁ……この桂ズゥラーの身体がぁ、美しさがぁ……」

 「今の了承ってことにしよか」

「そーねー。校門前でイッキュウさん待ってるし、連れて行こっか」

 尊命は僕から毛玉を受け取り、玄関へ向かう。

……名前、桂ズゥラーなのか。

怪異はその特徴とかから名を取る事が多いけど、そのまますぎる名前だな。

 玄関前には二人の女子生徒が居た……正確には寝ていた。

さっきすれ違った二人だ。

対処は尊命に任せといたんだけど……。

 「みこと、この二人何で寝てるの?」

「怪異と接した可能性があったから【詠唱】しといたんだけど……私の祓詞って眠り効果も付与されちゃうからさ」

 「なるほどね、どうする?」

「すぐ起きるだろうし、此処らへんの怪異とは話つけてるから放置でもいいと思うよ」

 「りょーかい」

 今更だけど詠唱の説明を挟む。

詠唱は一般人から怪異関連の記憶等を取り除く時に使用する簡易的な対処法だ。

一度怪異と遭遇した者は怪異との縁を持ってしまうが、この方法でその縁を断つ事が可能だ。

残念な事にこの詠唱は万能ではない。

霊力が特別優れている人、怪異との縁が強すぎる人には効果がないのだ。

あくまで緊急的な処置でしかないのだ。

 そして、詠唱も人によって大きく異なる。

僕の場合は般若心経の一部分、尊命は祓詞を主にしている。

その上付属効果も存在する為、たかが詠唱と言えど種類が豊富なのである。

「今日はもう終わりなんスか?」

 僕らが玄関から出ると同時にイッキュウさんが話しかけてきた。

……部外者は入っちゃ駄目だろ。

「はい、流石に帰らないとあの子が心配なので。はるまも家族に迷惑かけたくないそうなので、今日の調査は終了します。で、校内への不法侵入は問題ですよ」

「あはは、やっぱ指摘されるッスよね。いやぁ、別に悪気は無いんスよ。次は気をつけるッスから」

「はぁ、ほんと気をつけて下さいよ」

「それで、調査結果はどうだったんスか?」

「誠に残念ながら何の成果も得られませんでしたよ。怪異大発生の源はともかく、体調不良の原因すら見つけられませんでした。本当に怪異事件なんですか?」

「俺に聞かれても困るッス。はるま君、確かに怪異事件何スよね?」

 「……おそらくは。被害者からは微かな霊力を感知したので。ただ……該当する霊力の検出は量が量だけに厳しかったですけども」

「なるほどッス。対処は任せるッスよ。俺はこいつを事務所に持ってくッス」

 尊命から手渡された毛玉をイッキュウさんが抱える。

「で、こいつ何したんスか?」

 「僕に襲い掛かってきたんです。本人が霊能者だと勘違いした上で襲い掛かってきたので連行しました」

「はぇー、大した怪異じゃないのに威勢張っちゃったんスね、この毛玉。にしても何の怪異スかね?見た目的に動物の毛の集合体的な?まぁ、なんであれ、弱いことにゃ変わりないッスね!」

「ど、動物の毛!!?このわたしが!?あぁ、そんな事ってあんまりだわ……絶望だわ……」

 イッキュウさんの悪意無き毒舌発言によって、この怪異の心の傷が相当抉られてしまったようだ。

イッキュウさん、この毛玉、元々髪の毛なんです。

もうちょっと怪異の気持ちも考えてあげて下さい。

「じゃ、お先に失礼するッスよ!!」

「お、お疲れ様です……」

 イッキュウさんは僕らの挨拶も聞かずに走り去ってしまった。

彼の自由人さに圧倒されて、結局あの怪異に対しての認識違いを教えれなかった。

 「……あの怪異、大丈夫かな?」

「無事では無いね、ありゃあ。でも、あまり気にしなくてもいいと思うよ。ほとんどがあの子の自業自得だし、それに……うちの事務所には最高のケアマネージャーが居るから」

 「そんな人いたっけ?」

「あー、正確には居ないんだけども……そのうち分かるよ」

 「ん?まぁ、それならいいや。じゃあ、今日は解散でいいのかな?」

「そうだね。初の仕事お疲れ様!明日は特に調査予定無いからゆっくり休んでね。ではまた明日、お互い良き学校生活を送りましょう!」

 「うん。また明日!!」

 尊命はイッキュウさんと同じように走って校門へ向かう。

その最中、二宮金次郎像の前で立ち止まり、一礼。

そして僕に手を振って来たので、僕も振り返す。

後ろ姿を見送りながら、この新しい生活をしみじみと思い返す。

 こうして改めて考えると世界が変わったように思える。

今まで怪異とほぼ一人で対峙してきたというのに、今は共に協力する人がいる。

霊能世界に振れたことで視野が大きく広がり、今いる日常すら違うものに見えてくる。

けして嫌とかじゃなく、むしろ嬉しい。

仲間が増えたような、そんな感じ。

今までに無い感覚を僕は少し不謹慎ながら楽しませてもらっている。

……いつぶりだろうか、このうずめく気持ちは。

あの日以来だ。

何処か懐かしくもあり、何処か思い出したくない。

そんな複雑な感情を持ちつつも、僕はまた霊能と共に生きていることが嬉しいのだ。

 そんな思いに更けつつも、僕は校門まで辿り着く。

特に意味も無く背後を振り返る。

そこにはただ威厳ある校舎の陰と、背景の雄大な神奈ヶ山があるのみ。

その闇に圧倒されながら、僕は昨日の、本格的に新世界を覗くことになった瞬間を想起していた。

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