参話:学園はるま譚 其の弐
ー弐ー
そういえばあの日結局帰るの今日と同じくらいの時間になったんだよなぁ。
そんな風に考え事をしながら玄関の扉を開ける。
「ただいまー」
誰もいない玄関に僕の声だけがこだまする。
大時計はおおよそ8時を指し示している。
とりあえずは祖父母と暗に挨拶を済ませておこう、そう考えて廊下を歩く。
まぁ、誰かしらは居間にいるだろうし、まずはそこから確認しよう。
居間に近づくにつれ、不思議な機械音が耳に入ってくる。
おおよそ検討は付いたけど、一様確認するに越したことは無いだろう。
決心して思い切り扉を開く。
「お、にぃちゃん。案外帰り早かったな」
「何してんだ、馬のたてがみの方」
「見ての通りさ。『大乱闘スパイクヒーローズ』のオンラインマッチをいつも通りプレイしてるだけだぜ」
案の定そこには上の妹優麗が居た。
本人の言う通り、いつもと変わらず腹筋をしながらゲームで遊んでいた。
「……他の皆は何処にいるんだ?」
「珍しいな、にぃちゃんがあたしにツッコミしてこないなんて。何か変な物、食ったか?」
「ただ疲れてるだけだ。強いて言うならショートケーキ食ったよ、至って普通のな。で、質問の答えは?」
「あー、はいはい、答えるってば。じっちゃんとばっちゃんは例の件でご近所会議に呼び出された……にぃちゃんのせいだからな、責任持てよな」
「あ、はい、以後気を付けます」
「めためた雑だなおい。一様真剣な話題なんだからもっと誠意出せよ」
例の件とは僕が街中のありとあらゆる所に盛り砂を置きまくった事である。
これでも怪異対策用として相手の恐怖心を利用した結界になっているのだが、近隣住民から苦情が入ったらしく、今日は朝からしこたま叱られたばかりである。
……金田一さんの方からも御忠告受けたので次からは此処のみにします、はい。
「彩吉は知らん。小銭稼ぎとかで昼頃から見てない。んで、アンちゃんはそこ居るぞ」
「え?」
言われて確認すると、確かに居間に暗が居た。
机の上に置いた何か大きな紙を見て、何か考え事をしている。
くっ、我が妹の存在に気が付かないとは何という不覚っ!
「責任持って謝りにいかんとな」
「その前に御近所への迷惑行動自重しろ」
すかさず優麗はツッコミを入れてくる。
流石だな、僕の背中を見てきた成果が良く出た鋭いツッコミだ。
役割が逆転している事には敢えて触れないでおこう。
「えっと、暗……その、何、見てるんだい?」
いざ謝るとなるとなかなか積極的にするのは難しいものだ。
僕はまずは暗の御機嫌を測る為、軽いお話から始めることにしたのだが……。
「……鬼門の位置に……中央は台地……磐戸の由来……ぶつぶつ……」
あれ、もしかして暗気付いてない?
怒ってるとかすねてるとかじゃなく、純粋に集中しているようだ。
この紙は……磐戸市の地図か?
「えーと、暗さーん?お兄ちゃんだよー。地図なんか見てどうしたのー?」
「……盂蘭盆……魂の流れ……これは……ツキ?」
あー、こりゃあ駄目ですねぇ。
まったく聞こえてないですね、この子。
「にぃちゃん、だっさ。アンちゃんに無視されてやーんの」
さっきから僕の行動を眺めていた優麗が煽ってくる。
腹筋しながらゲームしてる上に僕を観察し、挙句の果てに話しかけてくるとは……。
その器用さをもっと活かして貰いたい所である。
「別に無視されてなんかないさ。地図見て考え事してるみたいだから、邪魔するのも悪いかなぁって」
実際無視されてるのと同義な訳だが、ついムキになりでまかせを言う。
僕はどうしても優麗に対して友人感覚で接してしまう節がある。
これも年子の性だろうか。
「ふぅん……その割には気付いてもらおうと必死だったみたいだけど?」
「ぐっ!」
「もしかして~いつも構ってちゃん気味なアンちゃんに、にぃちゃんも実は依存してたって、そういう事かぁ?」
「うがっ!!」
「くひひ、にぃちゃん恥ずかしぃ~!普段は兄貴ずらしてるのに、相手にされないと見てもらおうと躍起になるなんて……。本当はにぃちゃん、あたし達より子供っぽーー」
「あぁ!!うっせぇー!!」
ドンッ!!
つい苛ついてしまい、目の前の机を思い切り叩く。
暗がビクッと身体を震わせる。
やばい……暗が居るの忘れてた……。
「あ……にぃに帰って来てたんだ……えっと……お、おかえり……」
「あ、あはは……びっくりさせちゃった……よね?えと……何かごめん……」
「いや……暗が気付いていなかったみたいだから……仕方ないよ……その、にぃには悪くない、よ?」
空気が気まずい……。
暫くお互いが紛らしの苦笑いを続けていると、その雰囲気を断ち割るようにして優麗が話しかけてくる。
「あー、なんか苛立たせちゃったみたいでごめんな、にぃちゃん。いやさー、そんな疲れてるとは思ってなかったからさ、つい悪乗りし過ぎたわ。とりま御仕事お疲れ様」
「あ、うん。まぁ、御気遣い感謝させてもらおうかな」
これが優麗なりの気遣いなのだろう。
行動自体がお世辞にも上手いとは言えないが、なんやかんやすべき事をしっかり読むことが出来る、優麗はそんな子である。
……残念な事にその誠意ある行動も、未だ続けている腹筋&ゲームプレイのせいで帳消しになっているのだが。
ちなみに僕は家族(暗以外)に友人からの御願いでアルバイト的な事をしているとでまかせを言っている。
「にぃに、どうだった?初仕事上手く出来た?」
優麗の空気交換により、暗の気まずさも払拭できたみたいだ。
優麗に聞こえないような小声で話しかけてくる。
「ぼちぼちってとこかな。学園の問題の源は全然掴めないし、怪異や【霊体】の数も多すぎて収集が付いていないんだよな。今の調子だと全ての解決には相当時間が掛かりそうかな」
「そっか……ありがとう、にぃに。暗の為にたいへんな仕事までしてくれて。暗は感謝しか言えないよ」
「そりゃあ兄なんだから、妹の為にそれぐらいするのは当り前さ」
「ふふ、そんな気取らなくていいんだよ、にぃに。余裕が無いのはバレバレだから」
「ぐぅ……やっぱバレてるか」
僕は以前から言うように相当特殊な霊感を所持している。
しかしそれは常に
特にこの磐戸では至るところに怪異が存在している。
そんな中で生活しているのだから疲れて当然なのである。
特にこの数日間はよりその影響が強くなっている、そんな気もする。
まぁ、そのうち慣れれば問題ないだろうし、暗から怪異を遠ざけ続けたあの日々よりはよっぽどマシである。
「その金田一さんって人と事務所の人達ってどうなの?」
「優しくて良い人たちだよ。まだ同級生の尊命って子としか活動を共にしてないけど、きっと頼れる人達だと思う……みんな変わった人達だけども」
「尾尻さんとどっちが変わり者だった?」
「断然尾尻一択かな」
「あはっ!にぃにならそういうと思ったよ!!」
「はは、あんなヤツそうそういないからな……底が読めない感覚は似た人が居たけども」
「へぇ、そうなんだ。そういえば結局尾尻さんは探すの?」
「うーん、迷ってるところ。正直のとこでは金田一さんの所のお世話になるから探す必要はないんだけど、此処の何処かに居るのは確からしいし、挨拶ぐらいはしておきたいなぁ、なんて。ま、偶然再開する可能性だってあるから、積極的に尾尻を探さなくてもいいかな」
「もし会えたら、暗の分もよろしくね」
「あのう、お二人さん。盛り上がってるとこ失礼ですが、声だだ漏れですよー。で、その尾尻とやらは誰ぞや?」
しまった、会話が盛り上がりすぎて優麗にも話が聞こえてしまっていたようだ。
あまり知られるわけにはいかないので、どうにか誤魔化さなければ。
「あー、えと……そう!足立に居た時に知り合った知り合いだよ!なんか今この市に居るみたいでさ、その話題で盛り上がってたんだよ」
「うん、そう!暗とにぃにの知り合いでね、占い師的な、便利屋的な、そんな仕事してる人!」
「ふーん、そうなのかー。でその人とにぃちゃん、アンちゃんがどうして知り合ーー」
「そーいえばさー、暗はさっきから何してたんだー?地図見て考え事してたみたいだけど?」
尾尻の件については事実を一部だけ切り抜いて伝える。
うん、嘘は一つもついてない。
どうせ優麗の事だから問い詰めてくるのは分かっていたので、話題を変えて話を遮る。
優麗はやや怪訝そうな顔をしたものの、どうにか諦めてくれてようだ。
「ふふん、磐戸市の地理的な風俗を調べてみてたのです!まだ進行中だけどある程度は掴めてきたよ!!」
「アンちゃんはほんと好きだな、そのオカルトってやつ」
「そりゃあ、勿論好きだよ!大好きだよ!!ゆーねぇもやってみたら分かるよ。代々長い年月を掛けて伝えられてきた不可思議で神秘的な世界の一端、それを調べ理解する行為がどれだけ楽しいことか!」
「あー、あたしは面倒くさいの嫌いだからいいや。第一ゲーム以外で頭使いたくない」
「じゃあ、付き合いの悪い優麗の代わりに僕が話し相手になるよ。地図見てどんな事が分かったの?」
「さり気なくディスるなよ、にぃちゃん」
暗の趣味である伝承調べは僕にとって役立つものである。
オカルト方面の知識に深い暗が地名や地理情報から調べあげた風俗ーー忌み付けは高確率で成り立っている。
今までも多くの事案で助けられてきたので、この場面で聞かないなんて選択肢はない。
……本音はただ暗が楽しそうにしているところを見ていたいからなのだが。
「そうだなぁ……じゃあまずは磐戸の各地区名の由来と関係性の暗なりの考察を教えるね」
「地区名って……霜降とか早苗とかか?」
「そうそう!それで磐戸市には全部で12の地区があるの。そしてこの12という数字が重要なの」
「12といえば十二支か?あ、黄道星座もあるな」
「ぶっぶー、残念でした、どっちも外れっ!そもそも黄道星座は普通は13だよ。蛇使い座を抜いて12にする場合もあるにはあるけど」
「そういえばそうだったな。で、答えは?」
「にぃにはもっと身近なモノを忘れているんだよ。ほら、一年は何ヶ月?」
「……忘れてたな、完全に。月と地名に何の関係があるんだ?」
「実はこの市の地区名はそれぞれが各月と関係の深い名前になってるの!」
「あー、言われてみれば確かにそのとおりだ」
例えば県庁所在地の早苗地区は現代の6月、つまりは陰暦5月の苗植えを表している。
また、盂蘭盆は陰暦7月15日に行われる行事の名前である。
他の地区も考えてみると各月ごとに対応している事が読み取れる。
「にぃちゃんとアンちゃんの会話全く分かんねぇ……」
優麗もまだこちらの話を聞いていたようだが、彼女の脳にはこの会話は到底理解できないだろう。
……せめて何もかも同時にやろうとするのやめればいいんじゃないか?
「で、ここで特に抑えるべきなのが盂蘭盆の地名なの」
「ほう、どういった風に重要なんだ?」
「それがね、なんとーー」
ゴーン、と古時計の大きな音が屋敷に響く。
「ちぇー、もう八時半か。もっと野良を叩き潰したかったのに残念だぜ」
優麗がゲーム機の電源を落とす。
確かあの『大乱闘スパイクヒーローズ』というゲームは数ヶ月前に売り出された新作のはずだが、あの子は既に日本で10番代に余裕で入る実力らしい(本人談)。
ゲームが上手い事は結構だが、あんな暴虐な振る舞いをするのは控えてほしい。
前みたいに大会出て、いろんな意味で燃えてるのを見るのはもううんざりだ。
「あ、そうだ。にぃに風呂入ってきなよ。お祖父様もお祖母様もまだ今日は入ってないから、帰ってくる前に済ましといたほうがいいよ」
「そうだな。砂の件でも迷惑掛けちゃったからな。風呂、入ってくるよ」
愛おしき妹に指摘されたなら仕方がない。
話も聞きたかったが、まずは風呂に入ってこよう。
「んじゃ、あたし先に風呂入るわ」
優麗が身体を軽く伸ばしながら宣言する。
「は?」
「ん?」
お互いがお互いに疑問詞を投げかけるのはほぼ同時だった。
「ゲーム運動バカの妹よ、貴様、今の流れ聞いてたか?」
「おう。だからその前にあたしが入るって言ってんだよ」
「だからそれがおかしいんだろ。お前、僕の後でもいいだろうに」
「嫌だね、汗だらけのにぃちゃんの後に入るのだけはごめんだわ」
「汗だらけってことは否定しないが、別に一番風呂じゃないだろ。暗ももう済ましたんだよな?」
「う、うん。暗は六時半にから七時まで使ったよ」
「ふっ、にぃちゃん甘いなっ!アンちゃんの後に入るのが素晴らしいに決まってるじゃないかっ!こんな御褒美、そうそう無いだろうがっ!!」
「えっと、ゆーねぇ?暗の後が御褒美って一体ーー」
「それには完全同意だが、今の時間を鑑みるにお前は僕が帰ってくる前に入る時間があったよな?だというのに入っていなかったならば、今も僕に譲ってくれたっていいんじゃないか?」
「え!?にぃに、今ーー」
「ゲームやってたから入れなかったんだよ!!」
「ゲームなんていつでも止めれるだろうが!!」
「やり始めたから続けるしかないだろ!!」
「じゃあ、僕が上がるまでゲームやってりゃいいだろ!!」
「飽きちゃったんだよ!それに電源落としたから再起動が面倒いのさ!!」
「おま、めっちゃ我儘だな!!!」
そんな風に終わらない言い争いを繰り広げる僕達だったが、暗の発言が場を鎮めることになった。
「なら、じゃんけんで決めたら?」
……なるほど、これが【鶴の一声】というやつか。
僕らはお互いに納得し、一世一代の大勝負に臨む。
「最初はぐぅ……」
「じゃんけん……」
『ぽんっ!!』
結果は、僕がちょきで優麗がぱぁ。
つまりーー。
「僕の勝ちだ。じゃあ、先に風呂に入るぞ」
「あたしの負けなんで、風呂行ってくるわ!!」
「あ?」
「はにゃ?」
お互いがお互いに疑問詞を投げかけるのはほぼ同時だった。
デジャブかな?
「おい、数学以外赤点の妹よ、貴様何故負けたのに風呂に入ろうとしてる?」
「そりゃあ、負けじゃんだからさ。負けるが勝ちってことだぜ!」
「いやいや、どうして負けじゃんになっているんだ?普通のじゃんけんに決まってるだろう」
「いーや、あの場でどのじゃんけんをするかなんて指定されてなかったからな。あたしの優れた動体視力と瞬発力でにぃちゃんの手札とほぼ同時に負け手を出すのは余裕だったぜ」
「指定してないってことは普通のじゃんけんってことだろ。それとお前の言ってる事が本当なら、負けじゃんどころか後出しじゃねーか。そもそも出来ないだろ、普通の人間には」
「ふっ、甘いな。多くのゲーム経験であたしは人間を超越したのさ。それに後出しではない。なぜなら出したのはほぼ同時、あたし以外の人間が視認することは不可能だからだ!!」
「その理論は反則だろうがっ!!」
「あたしこそがルールだっ!!」
「お前は黄金の鎧を着ていない、よってその名台詞を言う権利は無いっ!!」
「そんな殺生なっ!!」
再び始まった終わらないコントショーは暗の一言で完全な終幕を迎えた。
「ふふ、あはは……二人共、おもしろすぎるよぉ。特にいつまでも……ひひ……二人で風呂に入るって選択がでない事が……くひっ……」
これもこれで【鶴の一声】、なのかもしれない。
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