弐話:みこと開き 其の壱

あの日、わたしは父からを受け取った。

 《どうして……》

わたしにとっては大事な宝物となった。

 《それは……》

家の中で過ごす時も。

 《違う……》

一人孤独で過ごす時も。

 《知らない……》

そして自由を求めて走り出す時も。

 《貴方は……》

は唯一わたしを縛り付けるものだった。

 《そう、私にとっても……》

わたしをコントロールする錠前だった。

 《いつも……》

そしてこれからも。

 《永遠とわに》

わたしはに妨げられ、導かれるのだろう。

 《一体何を……》

そうして自由に生きる。

 《私は……》

今日もそう決意を表明する。

 《誰?》


ー壱ー


 ブルルル……頭の横で何かが震えている。

あぁそっか、目覚ましだ。

スマホの朝を知らせるバイブだ。

私は体を起こし、そして目を開ける。

机に椅子、本棚に壁掛け時計、うっすら光の差し込むカーテンの隙間。

見えるのは何一つ変わらない、いつもの自室。

 顔を洗うために洗面所に向かう。

隣の部屋の前は忍び足で通り過ぎる。

起こしちゃいけないから。

 鏡の前に立つ時、一瞬の躊躇があったけど、気に留めずに私と見つめ合う。

目の前の私は他の誰でもない、私自身だった。

安心感で思いっきり顔を冷水で洗い、再び私を見る。

濡れていること以外先程と何一つ変わりない私、九院坂くいんざか尊命みことがそこに居た。


 「んぬぬ……一体どこで落としたんだろ?」

 今、私は困り果ててます。

落としたんです、父から頂いたを。

朝飯を作って、神棚に御供えをして、そこで初めて気づいた。

家の中はくまなく探したけど見つからない。

昨日の朝までは確かに持っていたので、昨日落としたのは確定事項。

いつも無くさないように細心の注意をしてきたのに!

 「交番に行こう。落とし物として届いてるかもしれないし」

 はぁ、今日は二日後の入学式の準備を含めて、一日のんびりする予定だったのになぁ。

は大切な思い出だし、失うわけにはいかないからなぁ。

八百万の神よ、ご協力下さい!!

どうか見つかりますように!!

 あの子宛てに外出するというメモと朝飯だけ用意して家を出る。

 「いってきまーす」

 静かな玄関に私の声が響き渡るーーそんな気がした。

ほんとはそんな玄関広くないから響き渡るなんてこと無いんだけど。

外に出て、階段を降りて、習慣でポストを確認。

……新聞以外に何も無いから放置でいいや。

「あらぁ、おはよう、みことちゃん。今日も朝早いのねぇ」

 背後からの声、これは大家の門火かどびさんだ。

 「おはようございます、大家さん」

「いつも挨拶ありがとねぇ。みことちゃんの明るい声が毎日聞けて、おばさんうれしいわぁ。今日は何しに行く予定なの?」

 「あはは、それが昨日落とし物しちゃったみたいで……。とりあえず交番に行こうかなって」

「あらあら、それは大変ねぇ。気をつけていってらっしゃいねぇ。もう少しで高校生になるんだから、怪我とかしないようにねぇ」

 「ご心配ありがとうございます!いってきます!!」

 いつものように大家さんとの朝の掛け合いを済ませて、私は「門火荘かどびそう」を出た。

……交番になかったら霜降しもふりの方に向かおうかな。


「いやぁ、そんなものは届けられてないね。ごめんね、力になれなくて」

 「いえいえ、とんでもない。いつもありがとうございます」

「安全第一で探すんだよ。最近は不審者多いからね」

 「駐在さんこそ無理しないでくださいね。健康第一、ですよ!」

「あはは心配ありがとね。見つかるといいね」

 「はい!駐在さんもお仕事頑張って下さい!」

 交番から出て一度考える。

はぁ、結局交番にも届いていなかった。

やっぱり昨日の道のりを探し直さなきゃだめかも……。

 とりあえず霜降しもふり方面へと歩いていた時、

「グェへへ、うまくいきましたね!アネキィ!!」

そんな声がどこからともなく聞こえてきた。

「うふふ……アタシ達はほんとツイてるわね」

 どうやら公園の方に声の主達はいるみたい。

「グェへッ、一、二、三……こんなにありゃあ、暫くは飯に困りませんね!グェヘヘッ!!」

 あの公園は建物に囲まれていて人気が少ない。

特に朝早いから通りにも人通りがないし……あれがたむろっててもおかしくはないかも。

「うふ……今日からぬペ肉祭りね!」

「さすがアネキィ!ポロの分の餌も買っておきましょうぜ!!」

 「君達、そこで何してるのかな?」

 不審な会話に私が介入しない選択肢など無い。

公園のシーソーの上に彼らは居た。

「グェへェ?お前、何者だぁ?」

 手の異様に長い猿の【怪異】が私に尋ねる。

「うふふ……アナタ、アタシ達が見えるのね」

 三つの目に二つの腕の付いた青白い肉塊の【怪異】が気味悪く笑う。

 「その手に持ってるのってお金だよね?」

 エテ公の手には札束……諭吉十枚程度が握られている。

「グェへへ、これがどうしたんだ?」

「うふふふ……アナタには関係がないことよ。繋がりを持つ前に立ち去った方がいいわよ?」

 「忠告はありがたいけど、私はもう【霊能者」として繋がり持っちゃってるから」

「れ、【霊能者】!!お前がか!!?グェヘッ!!?」

「あらあら、そうだったのね。うふふ……それでこのお金がどうしたの?」

 「それ、盗んだやつだよね?二ヶ月前からこの周辺でスリが横行してるけど、それにも君達は関わってるんじゃないかって私は思うんだけど」

「うふ……アタシ達が関わってたらアナタはどうするのかしら?」

 「【霊能】法違反で貴方達を拘束させてもらいます」

「うふふ……それは困るわ。これ、久々の収入だしね。だ・か・ら……」

 相手の敵意を感じたので、私は戦闘態勢を取る。

左手を左脇腹に、上から右手を重ね、構えの姿勢を保つ。

心の中を探り、虚を掴む如く……。

「アナタには黙ってもらうわ!!うふふふふっ!!」

 肉塊の【怪異】は中央あたりが裂け、大きな赤い口を露わにし、私へ飛びかかってくる。

私は瞬間的に心の中の物体を引き抜く。

空間が歪み、私のが彼女の体を薙ぎ払う。

「がはぁっ!!」

 相手はブランコに激突し、その上で動きを止めた。

「アネキィ!!畜生、このアマがぁ!!」

 エテ公はそう叫んで両手を私に向けて伸ばしてくる。

単純な攻撃なので一振りで簡単に払い退ける。

 「さて、まずはそのお金を預からせてもらおうかな」

「わ、渡すわけねぇだろ!こ、こっち来んじゃねぇ!!グェへへ、キィエエエエ!!」

 突然の奇声に思わず耳を塞ぐ。

近隣の人の迷惑だから控えてほしい、などと考えていると、猿の【怪異】はその腕を伸ばして公園からの離脱を図ろうとしていた。

……アネキ置いてくなって、お猿さん。

通りに出られると私にとって不利でしか無い。

何度か刀を振り回し、そして掛け声(特に意味はない)とともにエテ公の方向に刀を振り下ろす。

 「はあぁぁぁ!!」

「グェヘェッ!!?」

 刀のは空を伝わって猿の体を貫き、彼はその体を力なく地面に落とした。

彼の伸びきった腕を掴んで本体を引き寄せ、三つ目の【怪異】の隣のブランコに乗せる。

 「起きるまでどれくらいかかるかな?早く探しに行きたいから……」

 そう呟いて油断しきっていた時、

「ウゴォォォォォォ!!」

背後からの突然の気配と叫び声。

 思わず振り向くとそこには巨大な壁があった。

三メートルはあるだろうか、不定形のでかぶつ【怪異】がそこに居たのだ。

 「まだ仲間が居たんだ……あ、猿の奇声はこの子を呼ぶ合図か……って、あれ?」

 冷静に判断し構えを取ろうとしたが何故か腕が動かない。

「うふふ……放さないわよ……」

 二本の腕が私の右腕を掴んでいた、どうやら肉塊の【怪異】は気絶したふりをしていたようだ。

 「ちょ、放してってば!!」

 三つ目の【怪異】を振り解こうと試みるが、身動きが効かなくなる。

……あぁ、完全に捕まったな、これ。

こんな状況でも私は何故かのほほんとしていた。

私って危機感無いのかな?

 

「うふふ……さぁ、早く観念してこれにサインしなさいな」

 「いーやーでーすーっ!!意地でも書かないからね!!」

「グェヘェ……いい加減諦めたらいいんじゃねぇか?俺らも此処に長居したくねぇし」

「ウゴゥ!ウゴゥ!ゥゴゴゥゥ!!」

 場所は変わらず人気のない公園。

今、私は拘束されています。

拘束宣言をした私が拘束されました。

ミイラ取りがミイラに成った訳です、はい。

後から来たゲル状の【怪異】によって手足を掴まれて身動きが取れないのです。

「にしてもポチ、よくやったなぁ!今日はキャットフードたらふく食っていいぞ!!グェヘッ!!」

「ウゴォ!!キュゥン♡」

 この気色の悪い感触の【怪異】はポチという名前らしい。

……一体この子のどこからその名前を連想したんだろ?

「うふふふ……アナタもポチの感触嫌でしょう?なら早く契約をしましょう。そしたら開放してあげるわよ?」

 「【霊能者」がその程度の脅しを飲み込むとでも?そもそも怪しげな【忌み付け】は交わしたくないよ!」

 彼女は今、私にこの件を他言しないようにする契約を持ちかけている。

私が口を閉ざす代わりにこの状況から開放してやるというのだ。

当然私が受け入れるはずがない。

「グェへへ、ていうかさ、お前勘違いしてるぞ」

 「え?何が?」

「俺たちはスリなんかやってねぇよ。この金は落ちてたのを拾っただけだ」

 「ほんとぉ?まぁどちらにしても窃盗罪には変わりないけど」

「うふふ……それぐらい許してくれてもいいじゃないの。お互い損は無いんだからねぇ」

「ゥゴォォ!!」

 暫くはこの状態を切り抜けることは出来ないだろう。

そのうち見回りの誰かに来るだろうしそれまで我慢すればいい、そう思っていると公園の上ーー住宅の屋根の当たりから黄色い粉が降ってきた。

 これは……砂かな?

「ウゴゥウゴゥ!!?」

 砂らしき粉はポチの口内にクリティカルヒットし、結果私の拘束が緩んだ。

何が何だか分かんないけど、グットタイミング!!

この瞬間を逃しはしない!!

 「そいやぁぁぁ!!」

 私は拘束を振りほどいてポチに斬りかかる。

一振り、二振り、三振り……対象は大きいので念入りに。

突然の砂の乱入で混乱していたポチは隙だらけだ。

「ウゴゥォ……」

 情けない悲鳴(?)を上げながら呆気なく地面に倒れ込んだ。

「ポ、ポチィ!!?グェへッ!!このアマよくもぉ!!!」

「マシー、二人で襲いかかるわよ!!うふふふふふっ!!」

 残り二人の【怪異】が同時に襲いかかってくる。

けど、残念でした。

君達の攻撃手段はもう割れてるんだよねぇ。

伸びてきたエテ公の手を掴み、思いっきり振り回す。

「グェヘェッ!!?」

 どうやらお猿さんは自分に何が起こっているのか把握できていない模様。

このまま気絶しといてね、二人もろとも!!

エテ公本体を使って肉塊の【怪異】を投げ飛ばす。

「がぁっ!!?……うふ……ふ……」

 ホームラン!!

彼女は今度はシーソーの上に落下した。

よほどバランスが良かったんだろう、シーソーが並行になっている。

さて、最後の仕上げといきますか。

 「これでも喰らえ!!このエテ公がぁ!!!」

「グェヘヘへヘェェェェェッ!!?」

 私の頭上で何度も回した後、突然その手を突き放す。

彼の体はジャングルジムの中に絡まり、身動きを封じることに成功した。

「グェヘェ!!う、動けねぇ!!くそぉ!!!」

 「はっはっはー!さっきの仕返しさ!!応援来るまでそこであがいてな!!」

円盤投げならぬエテ公投げ。

記録、二十五m。

思ったより伸びなかったなぁ。

 そんなくだらないことを考えている時、パチパチ、と上の方から拍手が聞こえてきた。

何事かと思って上を見ると、民家の屋根の上に私と同年代くらいの少年が座っていた。

「流石だね、プロの【霊能者】は」

 この人がさっきの砂を投げたのか。

にしてもなんか見覚えある気が……。

 「そんなことないよ。君が砂投げてくれたからだよ。ありがとう!!で、君はなんでそんなとこにいるの?」

「たまたま君の存在を感じてさ。用事があったから来てみると君が捕まっててね」

 「……なんで屋根の上にいるのかを聞いているんですけど」

「あぁ、特に理由ないよ。なんとなく登れたから登った」

 ……この人おかしいかもしれない。

『君の存在を感じた』って新手のナンパか何かですか?

「でさ、用事ってのがこれのこと何だけど……うわっ!!」

 私に近づくため彼は屋根から降りた。

そして足元に注意を向けていなかった彼は、落下元の砂場で派手に転んだ。

砂投げが砂に足を取られるという醜態を晒していた。

……あれ?

この天然な様子、昨日見た覚えがあるぞ?

 「あ!!君って昨日私と衝突するのを避けようとして思いっきり壁にぶつかった子だよね!!」

 ということはもしかして?

「気付くの今更かよ……はい、これ。昨日落としてたよ」

 体に付いた砂をほろいつつ、彼は私の手にアレを渡してきた。

私の探していた大事な、大事なを。

 「わあ!!ありがとう!!探してたんだよ!!」

 ごめん、ナンパとか思っちゃって。

君が降りてきた時、やや後ろに下がっちゃって。

 「わざわざ返しに来るなんて、優しいんだね!!えっと……」

門廻せと幽真はるま、それが僕の名前」

 「はるま……いい名前だね!!私は九院坂くいんざか尊命みこと!改めてありがとう、はるま!!」

「どういたしまして。こちらこそ昨日はありがとうね、みこと」

 これが私と幽真はるまの二度目の出会いとなった。

私にとっての物語が廻り始めた時となった。

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