壱話:廻りはじめ 其の参
ー参ー
ピンポン、明るい金属音が黄昏の街中に響く。
僕は今、祖父母の家の門前にいる。
その歴史的な重圧と久しぶりの祖父母との対面の緊張が門開きを待つ僕に伸し掛かる。
門が開くまで実際は1分程度だっただろうが、僕には異様に長く感じられた。
「あらぁ、はる君。久しぶりぇ。元気にしてたかい?あれまぁ、そんなに服汚してどうしたのよ?」
門から出てきたのは祖母だった。
案の定服の汚れについて尋ねられる。
「久方振りです、お祖母様。それが転んで汚してしまって……」
当然祖母は【怪異】を知らないため、理由は本来のものよりやや省く。
「それは大変だったわねぇ。
「え?それは何の事で……」
「怪我はしてない?お風呂の支度は整ってるから、晩餐前に入ってきてしまいなさいな。まったくあの人ったらまだ子供なのに無理なことさせるんだから……ブツブツ」
マシンガンのような連射速度での一方的な会話をして祖母は内へと戻っていった。
僕はしばらく呆然と立ち尽くすこととなった。
何故
気付くと祖母の姿は見えなくなっており、僕も遅れまいと門をくぐる。
祖父母の家は異常に広く、これまで三人で生活してきたとは到底思えない。
そしてそれは庭も例外ではない。
門から母屋までが30M以上、庭の木々は整えられ、池まで存在している。
まさに昔ながらの庭園といった感じだ。
「お邪魔します、
これまた広い玄関にて挨拶をする。
既に祖母の姿はなく、僕の声のみが木霊する。
まずは祖父への挨拶が必要だと思い、昔の記憶を頼りに家の中を探索する。
居間からテレビの音が聞こえたため入ってみると、
「何してんだよ、大きい方」
「おぅ、にぃちゃん。ようやく来たか。見ての通り『大戦闘スパイクヒーローズ』のいたって普通なソロプレイ中さ。で、にぃちゃんは何してんだ?」
「腕立てしながらゲームするのは果たして普通といえるのか?僕はお祖父様を探してるんだ。まずは挨拶しておかないと」
「じっちゃんならアンちゃんと
「……そんなにひどいかな?」
「うん、めっちゃ汚い。そんな格好で街中歩く奴の気が知れねぇ。常識知らずにも程があるだろ」
常識が無いやつに常識ないと言われてしまった。
「一体何したらそんな汚れるんだよ」
「まぁ……ちょっと転んで……」
「相当派手に転んだんだな。にぃちゃんだっせぇな……転ぶと言えば大外刈の件だけどーー」
てっきり忘れていると思っていたが、この女、大外刈のくだり覚えていやがった。
無駄に絡んで投げられたらたまったものではないので風呂場へと逃げる。
これが【逃げるは恥だが役に立つ】ということ……これ
洗面所で服を脱ぎ、祖母が用意したであろう洗濯機の中に投げ込む。
再会したばかりの孫のために準備をしてくれた祖母に感謝を思いながら風呂場へと入った。
……やはり無駄に大きかった。
体をボディーソープで洗う傍ら、体の痣や傷に目が留まる。
そこまで酷いものは無いものの、擦り傷や切り傷が多く確認できる。
この怪我に見舞われやすい体質を治していかなければ、そう考えつつ髪を洗う。
一通り体を綺麗にした後、僕は風呂としばしの回想に浸る。
僕は幼い頃から【怪異】が見える体質であった。
当時は同じように【怪異】の見える幼馴染とこの
しかしあの日をきっかけに僕は今後【怪異】と関わり合いをもたないことを誓った。
その年に
あの日、僕の下の妹
その際に助けてくれた恩師に当たる【霊能者】によって、僕は妹を守るための【霊能】的知識と技術を学んだ。
一度結んだ【縁】はそう簡単には絶たれる事は無く、僕らは何度も【怪異】と対峙した。
一年程恩師によって家族の保護が行われていたが、ある時彼は東京から離れていった。
それ以降は一人で
その為、恩師がいる可能性の高い故郷の
もちろんこちらの理由は僕と
【霊能】関連についてなどなおさらだ。
結局引っ越し一日目の今日は恩師「
明日も探しに出よう、そう心に決めて僕は風呂から上がった。
話は夕食の時間まで飛ぶ。
僕が風呂を上がった時、既に三人は帰ってきていた。
その際に買い出ししてきたもので早速夕食が始まったのだ。
此処で一度家族構成の説明をしよう。
僕の家族は六人だが、此処にいない両親と姉の説明は尺の都合上省かせてもらう。
まずは僕、
今年高校一年生になった【祓い屋】。
身長162cm、体重は48kg、【霊感】が強い以外に優れたところのない
次に妹二人の内の大きい方、
運動バカでゲーム中毒者の中学三年生。
身長160cm、体重50kg、アクティブで明るい性格、数学と体育以外の評価がオール1or2の問題児。
最後に最愛の妹、
天才気質でオカルティストの小学五年生。
身長143cm、体重は秘密(女の子のプライバシーの都合上)、普段は静かで趣味には熱狂する起伏の激しい性格の女の子。
次に本家在住の人物を紹介する。
祖父母の家には大きさに見合わずたった三人しか住んでいない。
まずは祖父、
寡黙で生真面目な歴史・文化研究家で元教職員。
僕はこの人との距離感がどうしても分からず、再会の挨拶以降未だに会話をしていない。
次に祖母の
お喋りな婆さんで気さくなお方。
時々周りを置いてけぼりにするが、とても話しやすい人物だ。
最後に父の兄に当たる
脱サラをして自営の農家となった52歳、独身(バツ1)。
とても訛りが酷いが、祖父母曰くおじさんの自己流らしい。
以上が現在此処に住んでいる人物だ。
「
これまで黙々と食事をしていた祖父が話しかけてきた。
「えと……なんでしょうか、お祖父様?」
「じっちゃん、どしたん?」
コミュ力の差がはっきりと出た。
やはり僕は祖父との会話に躊躇してしまうようだ。
「帰宅した時、門の上の盛り塩を置く位置に砂が積まれていた。近所の子供の悪戯かも知れない。何か知らないか?」
やってしまった、ついいつもの癖で【盛り砂】をしたことが裏目に出てしまった。
【盛り砂】をしておけば僕に恐れを抱いた【怪異】が近づかないため、引っ越し前は常に置くようにしていた。
そのため、当然のように盛り塩を寄せて【盛り砂】を積んでしまったのだ。
「あらあら、それぐらい気にしなくてもいいんじゃない?盛り塩なんてただの伝承なんだから」
「いんや、お母。盛り塩は重要だべ!なんたって、ご先祖様の加護を高めてくれるやけんな!」
「死んだ人の加護なんてあるわけないわよ。あと
「んなこと言わんでくれい!少しでも訛っとったら田舎もんの良さが出るやろがい!」
「
「せやけどなお父ーー」
祖母とおじさんが加わったことで話題がうまい具合にされた。
このまま盛り砂のことを忘れてくれれば……。
「砂持ったのはにぃちゃんだな。前の家でも持ってたし」
折角逸れた話題を
え?
この野郎、僕を売る気なのか?
少しの沈黙の末、祖父が僕に問いかけた。
「
「は、はい。いやでもそれにはわけが……」
「砂盛るのって江戸の昔ながらの文化なんだってよ。あたしは詳しくは知らんけど、折角そこに住んでるからってことでにぃちゃんが【盛り砂】し始めたんだ。その名残がついつい出ちゃっただけだろうからさ、許してやってよじっちゃん」
僕が言い訳をする前に
「ほう……東京にそんな文化があったのか……」
「あぁ、そうだぜ。なんならじっちゃん、にぃちゃんに教えてもらったらどうだ?」
「は?お前何言って……」
まぁまぁと宥める素振りをしながら、
「にぃちゃん、あたしよりでまかせ言うの得意だろ。別ににぃちゃんを庇ってるんじゃねぇ。アンちゃんのオカルトが由来なのは分かってるぜ。後々厄介なことなるより、さっさと終止つけといたほうがいいだろ?」
なるほど、
……まぁ、あながち間違ってはいないのだが。
兎も角、
僕は適当な伝承を頭の中で作り出し、それを祖父へと伝えることにした。
「えーと、じゃあまずは江戸の盛り砂文化の概要から知ってる限りをーー」
こうして夕食の時間は僕のでまかせ講演会へと変貌したのだった。
「ごめんねにぃに……
夕食もとい講演会の後、自室に荷物を運んでいる際、
「
「だけど、あの砂って
そんなに気にする必要が無いことまで心配してくれていたようだ。
うん、やっぱり僕の妹は可愛い。
今、こうして僕の荷物運びの手伝いをしてくれているところも愛らしいとしか表現しようがない。
「正直に言っても誰も信じちゃくれないさ。それにほら、上手くいっただろ?」
あの後、祖父に伝えたでまかせ伝承が功を奏し、これからは盛り塩と【盛り砂】の両方を門の上に置くことになった。
念の為、庭園の何箇所かに同じように【盛り砂】をしておこうと思っている。
……他の人には内緒で。
「これでもお兄ちゃんはでまかせ言うのは得意なんだぞ!」
「にぃに、それは威張ることじゃないよ。なんなら少しダサいよ」
「うぐぅ!!言葉の棘がぁ!!」
「ぷふっ、ちょ、にぃに……ははは、おーばーりあくしょんし過ぎだって……はぁー、面白い」
どうやら上手く笑いのツボに入ったようだ。
階段の踊り場だというのに、その笑いは留まるところを知らないようだ。
危ない、危ない。
ただでさえ引っ越し荷物で溢れかえっているのだから、危険な行為は慎んでほしい。
「そういえば、今日の探索はどうだったの?
一通り笑い終わった後、
ようやく本題というわけだ。
「残念なことに尾尻とは会えなかったし、まともな情報すら得られなかった。けど面白いオカルト話はたくさん見つけてな……よいしょっと。丁度運ぶのも一段落ついたし、約束の冒険談の時間としますか」
「よ!!待ってました!!」
リアクション芸より楽しんでるようで少し悲しい僕が居る。
そして、僕は
ーーゴォン、ゴォン、と鐘の音がする。
これは一階に置かれた、この家に似合わないぐらいの大きさの洋風時計の9時の合図だろう。
今日の探索結果報告で相当時間を取ってしまっていたようだ。
「あー、もう
「えー、もっとにぃにの話聞きたいなぁ」
そう言っている割には眠たそうに目を擦っている。
やはり疲れが溜まっているのだろう。
「生活リズムはなるべく崩さないほうがいいぞ。だから、ほら、解散!」
「はぁい、分かったからぁ……おやすみ、にぃに」
どこか物足りなげながらも
さて、僕も明日のために寝よう……そう考えて寝支度を始めた時、僕のリュックのポケットからはみ出す何かに気がついた。
手にとってようやく思い出す。
今日十字路で出会った(衝突しかけた)彼女の落とし物である。
赤色の糸を鮮やかに結んだ飾り物、まるで注連縄のような形をしている。
「明日返そっかな」
僕には彼女の居場所が分かる……ある程度近づけば。
彼女は【霊能者】だ、それもまだ成り立ての。
彼女が僕の手を握った時、確かに【霊気】を感じたのだ。
一般の人には感じるはずのない、独特な気配。
彼女はそれを秘めていた。
実のところ、これを返すことより彼女に
そんな風に明日の予定を考えて、そして僕は床につく。
明日は朝から
そして残りの時間で彼女を探そう。
市内のどこかには居るはずだから、きっと。
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