バラの花:決めた人

 私はあなたに突き立てたい。鋭い爪を、歯を、棘を。かじり、えぐり、熱を出す。そしたら冷やして、やわらかな包帯ガーゼで包んであげる。母親が子供にするように、痛いところに優しくキスしてあげる。

 ええ。私はあなたを憎んだわ。恨めしかった。目の前が真っ暗になって、どうすれば良いか分からなかった。けどね、あなたと過ごしてて私、思ったの。愛しているから憎むのよ。ヴォルフィ、私はあなたを愛してる。だからこそ憎らしい。だからこそ愛おしい。気がついてみれば、そんな当たり前のことなのね。


 本当に不思議なのだけど、あなたが傷つけたはずの私を、慰め得るのもあなただけだった。「男の傷は他の男で癒せ」なんて言うじゃない。ダメね、私は。あなた以外の男では。だから私はあなたが与える傷や涙を、それこそ私の宿命なのだと覚悟した。滴る血は心を壊す砂利じゃりの味。零れる涙は心を溶かす海の味。そりゃあ、苦しいわ。不味いもの。でもね、私は覚悟した。そしたら不図、気が付いた。砂利の中に宝石が、海の中には真珠が眠っていることを。




 あなたはどこかで私を恐れてる。だからもっと、もっと、と、私を強請ねだる。私を知り尽くして安心したいのね。男の子ねぇ。無理よ。あなたにはできないわ。私はあなたになんでもしてあげられるもの。「なんでもあげられる」という事は、例えあなたが私を殺しても、あなたに私を征服することなんて出来やしないという事よ。わかる? 私をもっと知りたいのなら、味わいたいのなら、あなたはそうやって、あなたの愛する音楽を、書き続けなさい。お金なんてものも要らないわ。無い方が、音楽が必要になるじゃない。傷つき嘆き、愛し合った先に生まれる音楽は、きっと大きな喝采を呼ぶでしょう。


 二人、共に歩みましょう。あなたはおバカさんで、時々本当に嫌気がさすけれど、そんなあなたを愛してしまった私こそ、愚かなのかもしれない。そうね、私たち、互いに欲の押し付け合いをしているわ。どこにでもいる、唯一無二の男女だわ。

 

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