バラの花:掃除する人

 あなたがアロイジア姉さんのことを死ぬほど愛していたのは知っていた。姉さんも、あなたとの恋にそれはそれは夢中だった。あなたは姉さんに歌って欲しくて、姉さんの為に7つの曲を書いた。姉さんが歌ってるのを私も聴いて驚いたわ。20歳にも満たない歌手に、あんな音を与えるなんて・・・、あなた、本当に呆れるほどに姉さんのことを愛して、のめり込んでいたのね。そのうち、姉さんだけがどんどん大きくなっていき、あなたと歩幅が合わなくなった。それでも、あなたの姉さんへの想いは、きっと一生、消えなかった。私と結婚してからも。


 『コンスタンツェ』っていう名前のヒロインがいる、オペラを書いたわね。私の名前。そんなのきっと唯の偶然だったのでしょうけれど、私、正直に告白するわ。このオペラの台本を見たとき、もしかしてあなたが私の為を想って音楽を書いてくれたのかもしれないって、嬉しくて嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。どんな音符が散りばめられてるんだろうって、宝石箱を開ける女の子のように、胸が高鳴って仕方なかった。

 でも。出来上がったオペラを観て、すぐに分かった。


『コンスタンツェ』に『アロイジア』を歌わせたんだって。


こんな、こんな、残酷なことって、あるかしら。「私は恋をして、幸せでした」って・・・『コンスタンツェ』が歌うのよ。

 最初からわかっていたはずだった。あなたが私に対して姉さんへ燃やしたほどの恋心を持たないことも。あなたが私に向けたのは、冷静な大人がする慈しみの目。私の中にどこか姉さんの面影を感じて、あなたを愛する私を、愛おしく想ってくれていたのでしょう。そして、あなたはそんな私に慰めも、数え切れないほど求めた。私、どうして良いかわからなかった。怒れば良いのか、悲しめば良いのか、喜べば良いのか・・・わからなかった。ただはっきりしていたのは、私はあなたの事を、あなたの音楽を、汚泥のように深く深く愛してしまっていたという事だけ。目を開けているのか閉じているのかもわからないほどよ。あなたは姉さんを死ぬほど愛していたけれど、私は、あなたに生きていて欲しかった。


 だから、私はあなたをたくさん悦ばせ、傷つけて、私に夢中にさせた。私があなたの最愛の女性ひとであれば、あなたは死んだりしない。そうでしょう? どんな苦難が喜びがあなたを襲おうと、戻ってくる場所は、私のここ。愛の巣はいつも、綺麗にしておくわ。ね、ヴォルフィ。


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