ユリの花:ねむるひと
わたしは汗をかきません。うだるように暑いという夏の日にどれだけ歩こうと、熱い湯殿にどれだけ身体をあずけてみても、肌を滲ませることはありません。汗をかきたい、汗をかこう、と目的し努力もしてみるのですが、途中でそのやり方もわからなくなってしまうのです。まあ、だからと言って特段困ることがあるわけでも無く、むしろ夏の日でも洗う衣服が増えないという点では他人と比べて便利な身体なのかもしれません。ただ、思い切り汗をかき、身体を痛めつけ、そうして飲む水の味わいを、そうして得られる湯殿の快感を、わたしは知らないのです。
人々が知っている、一日の終わりに在るソレを知る事が出来ないというのは、実はとても淋しい事でした。ひとりだけ、人々から拒絶され隔離されているようで、一種の恐怖すら覚えていました。その恐ろしさから逃れる為に、わたしは人との交わりを少しずつ断つようになりました。汗をかく必要すらもないように、ずうっと眠る事にしました。
眠ることは最上の慰めでした。眠っている間になにか偶然か奇跡が起きて、このまま目を覚まさなくなっても良いな、なんて思いながら、いつも眠りについていました。不思議です。そんな奇跡が起こることはついぞありませんでしたが、眠っても眠っても、眠り足りないのです。時間だけが過ぎてゆき、身体のみが老いて、朽ちてゆく。そんな感覚でした。
そんなわたしでも、哀しくも見栄というものだけは一丁前に持ち合わせており、世間にしがみつくことを辞められませんでした。最近どうかと聞かれれば、ただ眠っているだけの朽ちる時間を「忙しい」と言ってみたり、「疲れがたまってね」などと言ってみたりして、わたしもあなたと同じ頑張り屋ですよと豪語する、心底呆れた存在でした。まったく、その時のわたしの顔を見て、こう言ってやりたいほどです。
「あなたってとても、色白なんですね」って。
生身そのままに文字をしるすというのは、自らの裸体を晒すようなものなのですね。いえ、もしかするとそれよりももっと
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