🚱5 溺れる者救う者見下ろす者



萌々香ももか!!」


 離れた場所──たぶん、今通って来た駅前通りの方角──から、私を呼ぶ美土里みどりの声がした。



「ちょっと愛唯あおい!? 何してるの!? 冗談で済まないのよ!?」



 確かに、冗談では済まない。


 これはヤバいかも⋯⋯


 浅そうに見えたのは光の屈折のせいで、その実わりと深かったらしい。

 そりゃそうか、昔は運河として荷船が通ってたんだもんね。


 水面が頭上の遥か遠くで、どんどん沈んでいく。息がそろそろ続かなくなってきたのに身体が動かない。


(私、このまま溺れて死んじゃうのかな?)



萌々香ももか!! しっかりして!」


 愛夏音あかねの声も聴こえる。水の中でも、外の音って結構聴こえるんだな⋯⋯

 水の振動って空気のそれと似てるのかしら。


 そうか、不安に思った愛夏音あかねが、美土里に連絡してくれたんだな。


 バシャバシャと、誰かが水を掻きながら走ってくる音がする。


萌々香ももか、捕まって!!」


 私に伸ばされた手が、とても遠い。


 ──ゴメンね、とても届きそうにないの


 頭の中は冷静に周りを見ているようだけど、実際には、溺れる者の多分に漏れず、手足をみっともなく藻搔きバタつかせていた。


 美土里に引き上げられる。


 こんな深い川で意外に力強いな? いったいどうやって? と思ったら、不思議。美土里は川の中に立ってるではないか。


 私は、川に座り込んでいた。


 あれ? あんなにどんどん沈んでったと思ったのに?


 たまたま深い所に嵌まっただけだったんかな。


萌々香ももか、しっかりして。大丈夫? 話せる? 私が判る?」

「ごふっ。うん。美土里、ありが、と」


 鼻に入った水と喉からも川の水が出て来る。藻もあちこちに群生してるし小魚もいるのに、案外生臭くない。綺麗な水だった。


 立ち上がろうとしても腰に力が入らないし、眩暈めまいか貧血か、クラクラするし指先が冷たくなって、全身震えてくる。


萌々香ももか、上がれる? 顔色悪いし、震えて、もしかして発作の前兆じゃない? しっかりして」


 美土里に支えられるけれど、立ち上がれそうもない。

 寒くて、胸が痛くて、吐き気はないけれど、呼吸は浅く、手足は小刻みに震えて、全身に力が入らない。



「あら、案外平気そうなのね。残念」


 道の上から見下ろす愛唯あおい


愛唯あおい!? 正気なの?」

「至って」

「なんでこんな事⁉」


 ふん。鼻で笑い、偉そうな姿勢で見下ろす愛唯あおいは、汚いものを見るような目で、私を見ている。


「因果応報」



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