🚱4 水郷景勝地だった名残の



 この道は、本当は通りたくない。


 私のマンションまであと少し。あの角を曲がればすぐだ。


 でも、その前に、昔の運河があって──この辺りが水郷だったことを窺わせる。


 いつもここを通る時は、まるで夜中の肝試しのような息苦しさがある。


 昔は運河として活用されていた広い水辺は、蘆やオオカナダ、クロモなどが密生して、メダカや小鮒などが泳いでいるのも見える、透明度の高い綺麗な浅瀬の小川となっている。


 普通の人なら、心和む風景なのだろう。


 でも、私には、呼吸が乱れる不安しかない、恐ろしい場所だ。


 水濠からなるべく離れて、民家の壁際を歩く。


萌々香ももか


 あと少しで小川から離れられる位置まで来た時、くだん愛唯あおいが角から顔を出す。


「どこ行ってたの? 家まで行ったけど、留守だった」

「買い物して帰るって言ったやん」

「ああ、そうだっけ? 結構時間かかったのね」


 そう言えば、愛唯あおいはあまり言葉になまりりがない。

 この辺の出身じゃないんかな?


萌々香ももかに訊きたい事があってさ」

「うん、何? せっかく買ったアイスクリンが溶ける前にお願いね。なんなら、うちに来る?」

「⋯⋯そうね、そうしようかな」


 二人並んで歩き出す。


「その服、格好いいよね、どこで買ったの?」

「これ? 駅向こうのミタムラだよ」


 今日の私は、日除け代わりにフード付きのポリエステル繊維混紡のテンセルのパーカーを羽織っている。光触媒加工で、UVカット、花粉・抗菌抗ウイルス対策、消臭・静電気防止といった優れ物。ジッパー前開きで、袖口が指先まであって、親指が抜ける穴が開いている。

 生地もスルッとしてて、日陰に入るとひんやりと、とても涼しくなる。

 中には、吸水速乾のポリウレタン混ポリエステル繊維の七分袖シャツとレーヨンのワイドパンツ。ぱっと見ゆるゆるキュロットみたいな感じである。

 見せられないけど、下着の上下も吸汗速乾性のランニング用で、流れるほど汗をかいても身体にひっつかなくて、いつまでもサラッとしている。

 あんまり着心地よかったので、いつも行く食品スーパーの二階にあるファッションセンターミタムラに先に寄って、洗い替えを数枚色違いで買って、パステルカラー藤色のエコバッグの下の方に入ってる。


「これ、濡れてもすぐ乾くしひっつかないから、夏にいいよね。夕立に降られても気持ち悪くなかったし。生乾き臭しなかったの」


「そう、じゃ、水着の代わりにもなりそうね?」


 いや、私は行かないってなったよね?


 そう言おうとして愛唯あおいの方を振り返ったその時──






 まわりの景色がひっくり返った。






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