腹の中には何かがある
思ったより切れ味が良かったのかすんなりと刃が皮膚へと沈み込んでいく。
それを望んで動かしていけばカッターナイフを握り締めた手に、人の温かな肉を切り裂く感触が伝わってきた。
自分は今、正しいことをしているのだろうか。
そんな疑問が頭をよぎる。
息が乱れた。
視界の不調だろうか、緊張のせいだろうか、チカチカと光が飛ぶ。
カッターナイフを離そうとするが、柄に接着剤がついているかのように指がほどけない。
カッターナイフにも手にも、人間の身体を刺した感触がはっきり残っている。
床にどろりと血が流れ出していた。
痛みを耐えるためだろうか、彼が必死に歯を喰いしばっているのが分かった。
それでも耐えられなかったのか、歯の間から呻き声が漏れているのが聞こえる。
「……ねえさん……」
一度聞いたら心に縫い込まれでもするように、決して忘れることの出来ない、救いを求める声をはっきり聞いた。
彼は大人だと分かっているのに、幼い子どもを傷つけている錯覚を覚える。
ひゅっと音がなった。
息を吐いたのか、吸ったのかも分からない。
吐き気が込み上げてくる。
頭を掴んで振り回しているみたいに、ぐわんぐわんと揺れている。
ああ、それでもしなくちゃいけない。
手が震えて何度も傷ができてしまうのが分かった。
ダラダラと血が流れ出るにも関わらず、上手く奥まで差し込めていない。
この傷口の中から取り出すことは不可能だ。
ああ、だけど後何回、これを続ければいいのだろうか。
イタズラに浅くもなく深くもない傷を増やし続けるだけ。
彼は恨むように此方を睨み付けるわけでもなく、先程会ったばかりの自分をただ信じながら待っている。
どうして、自分はできないのだろうか。
カッターナイフを持った手に力を込める。
涙で視界が歪んだ。
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