第4話 真実と事件のゆくえ

「さておき、この事件は実態が見えない不思議なものでした。


何せ動機がわからない。進藤さんに恨みを持つ人間、彼が死んで得をする人間が見当たらないんですよ。


そこでまず疑ったのは金です。財布から金が抜き取られていた。そこで財布についていた指紋を調べると、


失礼ながら金銭的に余裕がない広瀬さんの指紋と一致した。これについてまず広瀬さんのお話を聞いてもよろしいですか?」


小柄な男は、手をグッと握りしめながら一歩前へ出て口を開いた。


「え、ええと、僕は殺してません。拾ったんです。


そこのベンチの下で。財布が落ちてて、万札が見えたから、ずっとほしい登山靴もあったし、魔が差して、つい、、、。すみません!」


広瀬は勢い良く頭を下げた。


「まあそれも窃盗罪に当たるのですがね。しかしそれは犯人が仕組んだものでした。疑う余地はないでしょう。


泥棒がたった数万円を得るために殺人は犯しませんし、得た金銭を直ぐに使えば疑われることは目に見えている。


では他に考えうる動機は何か。恋愛。いわゆる痴情のもつれです。そこで我々が今朝出会った女性に着目することにした。」


そう言って本堂は金田と栗林の方へ向いた。


「金田さんと栗林さんは、浮気、、、。おっと。男女の仲にあった。」

二人はうつむいている。


「僕は今日の午後二時ごろ、栗林さんとお会いしていますね。整った顔、一度見れば忘れる人の方が少ないでしょう。証人はここにいる清見です。間違いないな?」

「はい。」


間違いない。昼に階段ですれ違った女性だ。


「僕たちが金田さんを訪ねたとき、我々が栗林さんと会っていたとは知らずに半同棲の彼女がいると言ってしまった。


それで咄嗟の噓で、僕らが階段ですれ違った女性の方を彼女だと言ってしまったのでしょう。恐らくその時すでに本当の交際相手がこちらに向かっていると連絡が来ていた。


そこで昼に部屋を出てそのまま外出している栗林さんと電話で口裏を合わせて、唯一顔を知らない棚橋刑事だけと面会するように伝えたのでしょう。」


「本堂さんのおっしゃる通りです。花にミルクのトリミングを頼んでいるうちに、気がつけば、こんな関係に。」


「私が悪いんです。浩二君に彼女がいるとわかっていても、好きになってしまって。」


栗林は金田に寄りかかり薄っすらと目に涙を浮かべている。



「僕にはどうでもいいことだけど、男として、女性関係はきっちりケリをつけておくべきだといっておくよ。酷い目に会う前にね。」


本堂はもう一度全員の方へ向き直した。


「さて、大詰めです。動機はやはりわからない。だがあとはもう残りの疑問を解消していくだけだった。


まず何の動物か。泥酔した進藤さんが小鬼だと言い張り、捕まえようとして反撃にあった、茶色い毛を持つ動物は。


実は進藤さんの生前の話と棚橋刑事の話で推測がついていました。噛み傷に付着した唾液の臭いの話で。


動物の名前はスローロリス。猿に似た目玉の大きい動物で、体長およそ二十センチ。その特徴は名前の由来でもあるその動きの遅さ。

そして毒素を持つ唾液は酸性の刺激臭を放ちます。」



その話を聞いた時、清見は棚橋刑事の言葉を思い出した。そういえば、検視のときに酸っぱい刺激臭がすると言っていた。


「この動物を連想するのには結構な時間を必要としましたが、あとはもう一つの疑問と結びつけるだけ。なぜ、です。


なぜ?なぜこのアパートでなければならなかったのか。このアパートの特徴はペット可というところ。


もちろんペットを飼っていない住人もいます。しかしそれには理由があった。


順を追って整理ましょう。金田さんはプードルを飼っている。


木下夫妻は柴犬、そして栗林さんは三毛猫を。


亡くなられた進藤さんは現在飼っていなかったが一年前は犬を飼っていたと木下さんが教えてくれました。


広瀬さんはペットを飼っていない。


しかしこのアパートに住む理由があった。それはペットを飼うことを可能にしている優れた防音性。


テレビの横にある大きなスピーカーから推察するに大音量で映画鑑賞を楽しむのが彼の休日の楽しみだった。


あなただけなんですよ、わざわざペット可のアパートに住む理由が無いのは。101号室の住人の畑中 敬三さん。」


全員の注目が畑中へと集まった。


「まるで迫害だな。ペットを飼っていたのを隠しているだけで犯罪者か。」


「迫害ですか。その言葉をそのままあなたに返しますよ。


剝がされた防音使用の壁紙と、冷蔵庫いっぱいのフルーツは、少しおかしい程度ですが、あなたがスローロリスの密輸に関わっていたと考えれば完璧な解答が得られるんです。」


「密輸?どういうことだ。」


棚橋刑事が問いかける。


「スローロリスのもう一つの特徴は、国内での取引なら何の問題はありませんが、ワシントン条約で国際取引が禁止されている動物なんですよ。


その希少性により一匹で何百万円という値段がつくこともあります。


畑中さんはこのアパートに居住していたのではなく、密輸したスローロリスの保管場所として利用していました。彼の部屋に座布団以外の家具がなかったことが良い証拠です。


彼が密輸に励んでいた時、あるミスが起きた。何かの拍子に一匹のスローロリスが逃げ出してしまった。探しても見つからない。


公園で捜索していた時に、あろうことか進藤さんにスローロリスを見られてしまった。


進藤さんは妖怪の類と勘違いし、テレビのネタにしようとしたが、泥酔していたため捕まえ損ねた。


畑中さんは密輸の事実が暴かれてしまうと思った。


そこで同じアパートの住人として相談があるとでも言い、進藤さんの部屋に入れてもらい彼をロープで絞殺した。


そこから彼の判断は早かった。明日から休日なので進藤さんに特に用事が無ければ死体が見つかるまで時間がある。


死体から鍵を漁り錠を閉めて、足跡などの痕跡を消し、凶器を隠すことに奔走した。その後密輸に必要だった大量のスローロリスの鳴き声をかき消す防音の壁紙を全て剝がして捨てた。


これが全ての真相です。証拠はゴミ置き場に。壁紙を鑑識が見つけていることでしょう。スローロリスの痕跡がたっぷりついたものをね。」


畑中は、暗く、鋭い目をして本堂を正面から視界に捉えた。清見はそれを横から見ていただけだったが、息が詰まりそうな表情だった。獣よりも、妖怪よりも凄まじい。


「いつ気が付いた。」


「あんたが壁紙を剝がした理由で気に入らなかったからと言ったことですよ。


それが何よりも気がかりだった。


座布団しか部屋におかないミニマリストが、壁紙にこだわっているなんて全くどうして不思議じゃあありませんか。」




事件は夜明けを迎えた。


小鬼が出るとかいう噂は、こうして一つの動物の種を脅かす密輸事件の解決につながることとなったのだった。


棚橋刑事の話によると、畑中はすべて自白したそうだ。金田は栗林との関係を終わらせたと風の噂で聞いた。


月曜日の朝に清見が事務所に顔を出すと、珍しく精力的に業務に取り掛かる本堂の姿が見えた。


「お、どうしたんですか、本堂さん。心境の変化でも?」

清見が茶化すと、


「いやあ、浮気調査もペットの捜索も、一概に下らねえ案件とは言えねえだろ?」


<了>


追記


最後まで読んで頂きありがとうございます。構成を考えた後、一気に書き上げたため単調な表現や書き間違いがあれば、指摘していただきたく存じます。

わがままなお願いになりますが、文章と構成を向上させたいため、否定的なコメントを頂きたいので、どうかお時間あればよろしくお願いいたします。最後に、読み合いに応募させて頂きましたが、不定期ログインなので遅れる可能性があります!申し訳ありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小鬼に殺された男 海野わたる @uminowataru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ