第3話 雲をつかむような交際
「あら、探偵さんだったのね。じゃあ改めて木下です。よろしくね。」
木下裕子は気品のある佇まいで歓迎した。
夫婦は長い間住んでいるようで、柴犬を飼っているようだ。やはり進藤を殺す動機のある人物は思いつかないそうだ。
快活で、誰とでもコミュニケーションを積極的に取ろうとする人物だったので、恋愛が事件に関係するのでは、と木下 裕子は言ったが、あまりに根拠が薄すぎる。夫婦は凶器と思われるロープの類は持っていなかった。
「金曜日の夜は、特に用事も無かったので二人で家にいましたよ。でも確か、身内だと証言にはならないんでしたっけ。」
木下 裕子は不安そうに言った。
「裁判の目撃証言としてはそうなりますな。」
「いつ頃から木下 善作さんは進藤さんと釣りに行く中に?」
また本堂はあけすけに話を切り出した。
「確か一年ほど前からだな。俺はいつも大横川の釣り堀に通ってたんだけど、去年の丁度今頃にばったり出会って、それからだな。進藤くんも当時は犬を飼っていてね。話が弾んだもんだよ。」
「なるほど。質問は以上です。ありがとうございました。」
そうして三人は老夫婦の部屋を後にした。
「人のよさそうな夫婦ですね。でも進藤さんと関わりがあるのはあの夫婦だけのようですね。人殺しのようには見えませんし、やはりほかのところを捜査した方が良いんじゃないですか?」
清見がそう言うと、本堂は顔をしかめた。
「勝手な推測で思考をゆがめるな。事実だけをもとにして論理的に考えろ。建築と同じだ。基礎をめちゃくちゃにすると小屋さえまともに建てることはできない。それにまだ二人残ってるだろ。判断するのはそれからだ。」
そう言って本堂は101号室のインターホンを押した。
「畑中 敬三です。運送会社で働いてます。」
住人は無愛想な中年の男だった。刈り上げたショートヘアを茶髪に染め上げている。部屋の中は殺風景で、テレビもなく、あったのは座布団だけ。
「金曜日の夜は何を?」
「金曜日の夜は、仕事が終わって九時ごろに家に着きましたね。特に趣味もないんで、スマホゲームをしてましたよ。」
「ロープの類を持っていませんか?あと、進藤さんに恨みを持つ人間に心当たりは?」
「持ってませんよ、進藤さんとは話したこともありませんし、わかりませんね。」
棚橋刑事の質問ののち、今まで通り本堂が質問を継いだ。
「ペットを飼っていらっしゃいますか?」
「いえ、飼っていませんね。」
頷きながら、本堂はキッチンまで歩いて行って、冷蔵庫を指差した。
「中を見ても構いませんか?」
「冷蔵庫をですか?まあどうぞ。」
許可を取ると冷蔵庫を開いて中身を確認し始めた。清見も気になって、本堂と一緒に拝見すると、中身はフルーツばかりだった。
見かけによらず健康に気を遣っているのだろう。ふと部屋を見渡すと、壁に何か剥がした跡のようなものがあることに気が付いた。
「何か壁に貼ってたんですか?少し剝がした後が。」
清見より先に質問した。本堂もそれに気が付いていたようだ。
「ああ、壁紙だ。気に入らなくなって剝がしたんだが、手先が不器用なんだ。」
「そうですか。あと、金曜日の夜に何か気になったことはありませんでしたか?」
畑中は顎に手を当てて思い出す素振りを見せた後、
「スマホゲームに夢中になってて気が付いたら遅い時間になってて、カーテンを閉め忘れてたからその時に窓をちらっと見たんだけど、外のすぐ下で二人が歩いてたな。暗かったから誰かはわからなかったけど。」
「二人ですか。ありがとうございます。」
これで栗林 花以外の住人への事情聴取は終えたのだが、清見には全く犯人像がつかめなかった。本堂が何か気づいているのかと思ってちらりと顔を覗いたが、何やら考え込んでいるようだ。
「気分転換に煙草を吸いに行くか。すぐそこにコンビニがあったよな。」
本堂がコートのポケットから煙草とライターを取り出すと、棚橋刑事の携帯電話の着信音が鳴った。
「事情聴取をしている間に、栗林さんが帰宅されていたそうだ。」
「煙草はお預けですね。」
インターホンを押すと、ドアが少し開いたが、栗林は顔を出さない。ドアの隙間から、微かに猫の鳴き声が聞こえた。
「ええと、栗林さん、事情はお聞きしていますね?事情聴取に伺いたいのですが。」
「あのお、私、極度の人見知りで、、、。沢山の人を相手にすると、緊張して話せなくなってしまって、、、。」
「なるほど、では私一人なら構いませんか?」
「はい、、、。それならなんとか、、、。」
棚橋刑事はあっちに行け、という風に顎で向こう側を指した。
「どうやら俺たちはお邪魔みたいだな。行くぞ、清見。」
アパートの目の前のコンビニにつくと、本堂は煙草に火をつけて、大きく煙を吐いた。
「やっぱりたまらねえなあ。」
「本堂さん、犯人はもうわかったんですか?俺にはさっぱりですよ。やっぱりアパートにはいないんじゃないですか?」
「ははは、そうか?物事の基礎が分かれば、全体像は一気に浮かび上がる。今回の鍵はやっぱり動物だな。」
本堂はやけに上機嫌だ。本堂が機嫌のいいときは大抵、事件の解決の兆しが見えている時なのだ。清見は気になって仕方ないが、聞いても教えてくれたことはないし、いつも意地悪にからかってくるだけだ。
「そうだ、冷蔵庫の中身を教えてくださいよ。俺は畑中さんのしか見てません。」
「冷蔵庫の中身?大体予想通りだったぜ、広瀬さんとこはもやしとか豆腐とか節約で有名な食材ばっか。大学生の金田のとこは肉と野菜とあとはジュース。健康的だな。」
事件と関係があるようには思えない。そこで清見には閃きがあった。
「茶色い毛は?あれってもしかして、101号室の畑中さんの茶髪じゃあ。」
「違うね。人の髪の毛と動物の毛はまるで違う。あれは間違いなく動物のものだよ。」
本堂はいたずらに笑った。本堂が三本目の煙草に火をつけようとしたとき、一人の女性が二人の方へ歩いてきた。
「あの、そこのアパートで事件があったって本当ですか?私の彼氏があそこに住んでいて、心配になってここに来たんですけど。」
ショートカットの清楚な身だしなみの若い女性が話しかけてきた。
「ああ、金田くんの彼女さん?金田君なら無事だよ。でも警察が捜査してて忙しいからさ、多分今日は会えないと思うから帰った方がいいよ。」
本堂がこともなさげに対応する。
「そうですか、ありがとうございます。あれ、でもどうしてわかったんです?」
「え!?本当に!?」
金田 浩二の彼女は、今朝階段ですれ違った女性ではないのか?今ここにいる彼女の顔はどう見たって似てはいない。清見の発言に、彼女は困惑しながらその場を去った。
「どういうことなんですか、本堂さん。」
その時本堂のもとへ電話がかかってきて、本堂はそれに対応した。
「事情聴取が終わったそうだ。全部まとめて向こうで説明するよ。」
公園に向かうと、棚橋刑事が待っていた。
「栗林さんの情報だが、名前は栗林 花。職業はトリマー。進藤さんを殺す動機を持つ人間に心当たりなし。飼っているペットは白と黒と茶色の三毛猫。冷蔵庫の中身は野菜と麦茶のみ。犯行時刻は一人でヨガをしていたそうだ。」
「はは、冷蔵庫の中身まで調べたんすね。」
本堂が茶化した。
「それはお前が気になると思ってだな、、、。それより、進展があった。進藤さんの財布についていた指紋と広瀬さんの指紋が一致した。」
「ということはつまり、進藤さんが犯人って、、、。」
「まあそれは置いておいて、棚橋刑事、アパートの住人全員をここの公園に呼んで下さい。そこで全てお話ししますよ。」
清見の言葉を遮って棚橋刑事に言った。
「置いといてってお前、、、。それに全員は多分無理だぞ。栗林さんは極度の人見知りだからな。」
「事情は分かっているし然るべき人には情報を伏せておくので大丈夫だと言って下さい。あと、鑑識の人にゴミ置き場からこれを回収して置くように伝えてもらえませんか。」
そう言って本堂はメモを一枚、棚橋刑事に渡した。
「事情?わかったが、来なくても文句を言うなよ。」
五分もたたない内に住人全員が集まった。それは栗林 花も例外ではなかった。住人全員が不安そうな顔をしている。無理もない。こんな集められ方をしたら犯罪者であると疑われているのも同然だからだ。
「まず自己紹介からさせていただきますね。僕は探偵として生計を立てている本堂 新太と言います。偶然事件を目撃し、刑事に協力してあげていました。」
本堂は全員を見渡した。棚橋刑事は不服そうな顔をしている。
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