育児代行ポッドサービス

ゴッドさん

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 少し悩んだが、僕たち夫婦は『育児代行ポッドサービス』を使うことにした。赤子をポッドの中へ繋ぎ、ある程度成長するまで機械が面倒を見てくれるサービスだ。


 僕も妻も働いており、お金はあっても時間はない。どちらも今の仕事が好きで、育児による仕事への影響を避けたかった。


 世間には「育児を機械に任せるのはどうなのか」という懐疑的な意見を持つ者がいるのは確かだが、それは昔の考え方だ。自分たちがしてきた苦労を他人にまで押し付けるのはナンセンスというもの。今の人間には、今の生き方があることを分かってほしい。


 育児代行ポッドサービスは、まず受精卵を人工子宮で生育させるところから始まる。

 これなら健康面で心配のある夫婦でも、無事に生育できる。母体から受けるリスクを避けられるという訳だ。それに産休を使わなくて済むから、仕事への影響もない。収入も安定だ。


 そうしてできた赤子はいよいよ育児代行ポッドに入れられる。


 予め、僕ら夫婦と家のデータをコンピュータにカメラで記憶させており、ポッドに繋がれた赤子には本物の家で僕らが育児をしているよう映像を見せるという。母親の心拍や体温なども忠実に再現されていて、赤子はこの上ない安らぎを得られる。


 一方、僕ら夫婦はいつもと変わらない日常を過ごしていた。仕事をこなしてお金を稼ぎ、休日は趣味や買い物に時間を費やす。夜泣きもないから、静かに睡眠もできるし、近所への迷惑も気にする必要がない。


 ただ、たまには赤子の様子も気になる。


 そういうときはネットから育児代行ポッドサービスのサーバにアクセスして、赤子の様子をVRで確認できる。その瞬間、赤子の見ていたNPCの父親と、本物の僕が入れ替わる。仮想空間上に用意された玩具を使って赤子と遊んだり、一緒にお風呂に入ったり、離乳食を与えてみたり、まるで本当に僕らの家に赤ちゃんがいるようだった。


 赤ちゃんと遊ぶのは楽しいけれど、いつも一緒にいたら心身共に疲れ果ててしまうだろう。

 だからこうやって、気が向いたときにだけ子供の様子を見る。赤子の世話は気軽に楽しめるエンターテイメントになったのだ。


 それから月日が経ち、そろそろ本当に子供をポッドから出して自分の手で育てなければならない。子供を引き取る時期は所帯によって異なるが、ほとんどは幼稚園に入れる年齢の前後でポッドから出すという。


 いよいよ、本物の子供と面会する。


 僕ら夫婦はポッドの管理センターに直接出向き、受付を済ませた。


「青木大輝様ですね」

「はい。子供を引き取りに来ました」

「担当者に代わります。少々お待ちください」


 担当者に案内され、僕らはポッドの管理室へ入った。まるで巨大な卵のような機械が並び、広い空間を埋め尽くしている。この卵の一つ一つに、誰かの子供が入っているのだろう。


 やがて担当者はとあるポッドの前で足を止める。ポッドの名札には僕たちの子供の名前が書いてあった。


「こちらに、お子様が入っています」

「この中に……」

「それでは、開けますね」


 担当者が赤いボタンを押し込むと、そのポッドがゆっくりと開き始めた。


     ***


「それにしてもよぉ、このポッドはいつまで使用してるんだ?」


 設備点検のエンジニアが、あるポッドの前で足を止めた。


「それがさぁ、こいつの親が直前になってから引き取りを拒否したんだよ。『このまま息子を処分してほしい』とか」

「ひでえ親がいるもんだな」

「あのときの担当は俺だったからさ、対応に困ったよ。きっと本物の子供が家に来ることに恐怖を覚えたんだろうな」

「で、その親はどうなった?」

「さぁ。電話しても繋がらないし、俺が家に訪ねたら引っ越した後でさ。警察にも相談したら、どうやら海外に逃亡したらしくてな。管理費用だけはその後も振り込まれていたが……今頃南国のビーチで酒でも飲んでるんだろ」


 エンジニアはポッドの端末に表示される数字をチェックし、設備に異常がないことを確認する。


「さっさとポッドから出せばいいのによ」

「出したところで受け入れ先がないんだよ。お前が引き取って育ててくれるのか?」

「いいや。ごめんだね」

「だろ? 引き取る団体が出てくればラッキーだよ。だけど実際は身勝手な人間の遺伝子を残させるのに税金を使いたくない人間が多くてさ、ずっとポッドに繋いで生かす方が安上がりで済むんだよな」

「ま、欲望は全部頭の中で完結するからな」

「中の子供がどうなってるのか、見たことはあるか?」

「いいや」

「ポッドの中は子供の体型に合わせて作ってあるし、何年も入り続けたら体型が変なことになる。おまけに大人みたいな激しい運動はできないのに、ポッドからは栄養が送り込まれ続けるから、人間みたいな体型はしてないぞ」

「そっか……それじゃあ就労も難しいな」


 そう言いながら、エンジニアたちはポッドの前から去っていった。

 そのポッドに貼り付けられた名札には、『青木大輝』と書かれていた。

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育児代行ポッドサービス ゴッドさん @shiratamaisgod

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