第4話
熱々うどんを前に、男はしばし沈黙。
ポロンと一緒に「いただきます」と呪文は唱えた。でもそれ以上は……。箸が止まる。
「どうしたの?」
「熱いと食べられぬ」
ポロンは、へえっとそのままちょこんと、席に座っている。
「先に食べてよいのだぞ。腹が空いたろう」
「食べるまで、待つのも楽しい。一緒なら」
男はうっと息をのむ。
「……今日はポロンが大人に思える」
「ナリは大人にも子供にも見えない。他の誰とも違う」
まんまる目玉でじっと見る。
もうしまいかな。男はこっそり終わりを悟る。
待っている間、熱いうどんの湯気さえも、覚えておこうと思った。
もちもち麺も、ふっくら煮揚がった揚げを噛んでしみだすお出汁も、全部知らない味だった。
ポロンの襟足に、ぽよんぽよんと後れ毛が飛び出している。もし来年も会えたなら、もっとうまく結ってやれるのに。
うどんを食べ終え、お腹はほかほか。二人は並んで歩いていく。
ポロンは一人で来たという。男はふもとまで送っていこうと、一緒に山を下る。
ところがどんなに歩いても、道はずんずん続いてる。さすがにこれはおかしいと、怯えるポロンが男の腕に身を寄せた。
男は本当は気づいている。これは狐のいたずらだ。解くのは簡単。でも迷う。一つ、失うものがある。
「ごちそうさん。本当に旨かった。お揚げを取って悪かったな」
「ううん。私があげたかったの。また来年も食べよう」
「来年は…………。夢を壊してすまぬ。ポロン」
男は頭の面を外した。赤いきつねの面は立ち消えて、男の姿も消えていく。あとには毛色の赤いきつねが残った。
きつねがトンと前足二つで地面を突いた。景色は変わり、前には町への道が見える。
ポロンは泣きながら、きつねの行く手に両手を広げた。
「行かないで。知ってたよ。知ってて毎年来ていたの。本当のことが怖かった。会えなくなる日が、怖かった………。ぼんぼりに触って! 私のわがままな夢も、もう……壊して」
ポロンの肩が震え、力なくしゃがみこむ。きつねはポロンのそばへ行く。
自慢のふわふわ尻尾で、ポロンの頬を優しく撫でる。きれいな涙も拭いてやる。
壊すことなどできないさ。どうか元気で、いとしい子。
きつねはふいっと顔を反らし、そのまま山に消えていった。
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