第3話

「これをやる」


男はかんざしを差し出す。

小さな丸い猫目石。銀の鎖でぷらぷらと、緑の石が揺れている。

ポロンの顔は赤く染まるが、次の瞬間、青くなる。


「あ、あの」


髪がまとめられない。来年までには結べるように。そんな言葉が続いていく。


男はもう来年は無いと思っていた。


「結おうか?」

「できる?」

「ああ」


男は一年待つ間、身支度上手の相棒に教わった。

てっぺんに止まった、緑のぼんぼりが好きだった。

でもきっと、大人になったら髪を結う。


「結ってくれるの、嬉しい……。でも、ぼんぼりには触れないで」

「なぜ?」

「夢が壊れるから」


男はぷぷっと吹き出した。


「ナリ、笑った」

「いや、なんかな」


笑いをこらえきれずにいると、ポロンは幸せそうな笑顔になった。




男が結い終えると、祭りはしまいになっていた。的当ても、綿あめも、ずんずん片付けられ消えていく。


白い湯気が辺りに立ち込める。そば屋だけは大賑わい。仕事を終えた夜店の人が、遅い晩飯をとっていた。


「ナリ。何か食べよう。私払う」

「金はあるのか」

「母さまがくれた。ナリと食べておいでって」


男がためらいながら頷くと、ポロンは威勢よく屋台に飛び込む。そしてすぐに、肩を落として戻ってきた。


「きつねうどんしかないって……」

「好物だ」

「本当?!」


ポロンの大きな目が輝き出す。

もとより男は嘘が言えない。

繕えない言葉は、何度も何度もポロンを泣かした。でも今日のポロンは、嬉しそう。


煮立ったつゆが、うどんにたっぷりかけられる。重たい碗を二つとも、自分が運ぶとポロンはいう。


「やめておけ」

「……遅れたお詫びと、結ってもらったお礼だから」


お前が火傷やけどしそうで嫌なんだ。そう伝えたらやっぱり泣くか。どう言おう。考えた挙句。


「詫びと礼なら、お揚げ一枚の方がいい」


強欲な本音がぽろりと。男は言ってしまった言葉に後悔した。

ポロンは目も口もまんまるに開いた。そして、ころころと笑い転げる。


「ナリ。そんなにお揚げが好きだったの?」

「ああ……すまぬ」


ポロンは嬉々として箸をとる。自分の揚げを男の揚げの上に、そおっとのせた。

ふわふわお揚げが重なった、至福のきつねうどん。


二つの熱々の碗を、男はささっと確保する。

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