二頭龍探偵 龍野士竜 ~推し活は推して知るべし~

まっく

二頭龍探偵再び

 ピザ配達員のアルバイトを首になり、一本の刀を失ってしまった俺だったが、その足で入った居酒屋で、幸運にも新しいアルバイトを得た。


 俺の本職は探偵。二頭龍探偵の龍野士竜たつのしりゅうだ。


 事件専門探偵一本で生活していく厳しさを痛切に感じ、やむなく居酒屋店員と探偵の二刀流をやっている。



 俺が拾ってもらったのは、個人経営の居酒屋。

 一階はカウンター、二階はお座敷で小ぢんまりとしている、細長い一軒家を改装したお店で、大将の押川勝之おしかわかつゆき、通称オシカツさんと、看板娘でアルバイトのサキちゃんの二人で切り盛りしていた。


 大将の料理とうまい地酒が評判を呼び、立て続けにお座敷での宴会が入り、急遽人手が欲しい時、偶然にも職にあぶれたての俺が店を訪れた。

 過去一度だけ、しかも、結構前に来店した俺を、大将は覚えていてくれた。


 自分では普通にしているつもりだったのだが、


「そんなに項垂うなだれて、どうしたの」


 と、話を聞いてくれたのだった。


 そこでピザ屋を首になった顛末てんまつを話し、大将と居合わせた常連さんに一頻ひとしきり大爆笑された後、


「じゃあ、次のバイト決まるまで、ウチで働きなよ」


 と、涙の溜まった目を擦りながら言ってもらったのだ。


 やや自尊心を傷付けられた感はあるが、背に腹は代えられない。

 そうして、即日の二刀流復活と相成った訳である。




 今夜も宴会の給仕と後片づけを恙無つつがなく終らせ、店を出た時、珍しくサキちゃんと一緒になった。


 いつもサキちゃんは、閉店後に大将から料理を教わっているのか、帰りが一緒になることはなかったのである。

 明日、大人数の宴会が入っているので、大将はその仕込みで手一杯なのかもしれない。


 そのサキちゃん、店の看板娘と言われるだけあって、とても見目麗みめうるわしい。

 これは龍神さまがくれた、お近づきになれるチャンスかもしれない。


「もう終電ないと思うけど、サキちゃん家近くなの?」


 開店時間は遅めだが、その分閉店時間も遅く、深夜まで気兼ねなく飲めるのが、近所の常連客をたくさん確保出来ている要因なのだろうが、終電に間に合わないので、働き手は選ぶ。

 俺は徒歩でも通えるくらいの距離にアパートがあり、いつも自転車で来ている。


「うーん、ああ、いつも漫喫かファミレスで始発まで時間潰してる」


「そうだったんだ。言ってくれれば、たまには付き合うのに」


「じゃあ、一緒にファミレスでも行く?」


 願ったり叶ったりだ。


「始発までは無理かもだけど」


 と言いつつ、俺の中では『始発まで』確定。


「いいよいいよ。眠くなったら、いつでも帰って」



 駅から一番近く、俺のアパートからも程近い所にある、チェーンでも老舗のファミレス。

 二人してドリンクバーを頼み、俺はコーラを、サキちゃんは温かい紅茶を入れる。


 今のところ共通の話題は一つしか見当たらないので、とりあえず、それで掴みにいく。


「大将のオシカツさんって、結構イケメンだよね」


 大将は四十歳半ばくらいだが、とてもそうは見えない。

 最近、大将目当ての女性常連客も増えている気がする。


「だよねー」


 なかなかの反応の良さだ。


「オシカツ推しの推し活で通う女性のお客さん増えてる気がしない?」


「オシカツ推しの推し活とかウケるー。でも、何かちょっとヤダまる水産」


 やりました。ウケてます。


「カウンター越しなのにグイグイいく感じ? 

 俺もそういう人ちょっと苦手」


御意ぎょいのすけ御意太郎だわ」


 返しが微妙に気にはなるが、会話は弾んでいるっぽい。


「龍野くん、推しとかは?」


 思いきって、サキちゃんと言ってみようかと思うが、ヤダまる水産されては困るので、踏み止まる水産。


「やっぱ、シャーロック・ホームズかな」


 そう言って、俺は名刺を差し出す。


「二頭龍……、探偵?」


「ほら、名前に龍と竜の二つの龍が入ってるでしょ」


「ふーん、意味分かんない」


 意味分かりませんか。


「けど、探偵さんやってるんだ。てか、龍野くんって、下の名前モグラって言うんだー。ウケるー」


 そこはウケなくていい。


「いやいや、シリュウだって。土じゃなくて士。下の方が短いの」


「でも、そんなの長いとか短いとか関係なくない?」


 関係あります。


「カワイイから、これからモグラくんって呼んじゃお」


 こちらこそ「呼んじゃお」の言い方がカワイイので、受け入れます。


「はい」と言って、サキちゃんは名刺をこちらに突き返してくる。


 要らないのに形だけ貰われるのもアレだけど、受け取って貰えないのも何だかなぁ。


「じゃ、探偵さんなら私の推し、当ててもらおうかな。推理とか得意なんでしょ?」


 些か専門外だが、日常の謎系ってのも、今は人気だ。探偵としては、どんな物事も推理によって導き出すのは、いい訓練になるし。



 しっかりと竜眼を磨かせて頂こう。



「まず、私の推しは、人ではありません」


 それならば、おそらく……。


「サキちゃんの推しは料理だね?」


「おー、スゴーい。よく分かったねー」


 さすがに毎晩残って大将に料理を教わってるなら、それしかない。


「でも、それだけじゃダメだよ。料理名も当てないと。私の料理」


 なるほど。

 本人は知ってか知らずか『推し』に少し力が入った言い方。間違いない!


 俺は立ち上がり、ビシッとサキちゃんを指差す。


「この推し料理の謎、二頭龍探偵の龍野士竜が、四つの竜眼で見通しつかまつそうろう!」




 よし、完全に決まった!


 終始ざわついていた店内が、数秒静かになったが。


「サキちゃん、サキちゃん」


 サキちゃんは、こっちを見ていない。


「う、うん」


 立って座っただけの数秒で、すごく距離が遠くなった気がするが、気にしない。


 ここからが腕の見せ所だ。



「もう答えが分かったよ」


「マジ? まだヒント一つも出してないけど?」


「ヒントどころか、サキちゃんは、もう自分で答えを言ったんだよ」


「嘘?」


 やはり、自分でも気づいていなかったんだね。分かりやすく動揺を見せている。


「サキちゃん、昨日のまかない覚えてるかな」


「えっと、うどん?」


「正解」


「大将のうどん、美味だよねー」


 少し表情に明るさが戻った。


 大将は自らうどんを手打ちしている。とてもコシのある麺で、専門店顔負けの美味しさを誇る。

 常連客にも大人気で滅多に余らないが、余れば翌日のまかないにしてくれる。もう本当に美味美味シェイクなのである。


「その麺の強すぎるくらいのコシ。醤油と味噌を合わせたつゆ。それこそ『吉田のうどん』の特徴なんだ」


 俺はコーラで少し口を湿らせる。


「そこから導き出されるのは、大将の出身地。ズバリ、山梨県の富士吉田市だ!」


 サキちゃんは、ゴクリと唾を飲み込む。


「そして先頃、大量に作った料理。ひじきとじゃが芋の煮物。それに大将は干瓢かんぴょう牛蒡ごぼうを使うことが多い。これは富士山の参詣者さんけいしゃの無事を祈願して、宿坊である御師おしの家で提供される代表的な料理と食材。大将の出身地と照らし合わせると『御師料理』というワード以外に導き出すことは出来ないんだ!」


 サキちゃんは、うつろな目をしている。


「毎晩のように大将から料理を教わっていることからも、サキちゃんの推し料理は、その名の通り、御師料理で間違いない!」


「最後の方、落ちかけてよく分かんなかったけど、ぜんぜん間違いですー。ってか、ぜんぜん答えになってないしー。和食系そんな好きじゃないしー」


 まず寝ないでー。

 答えになってないとか、御師料理の存在知らないっぽいし。


 そもそも和食苦手?

 大将って基本、和食しか出してないのに、居残って、何を教えてもらってる?


「大体、大将の出身地は埼玉だよ」


 あっ、そういえば、その前のまかないのうどんは普通の肉うどんだった。



「か、もしくは……、か、もしくは!」


「か、もしくは? そんなのズルくない?」


「お、俺は二頭の龍の四つの竜眼で謎を解く探偵。自ずと導き出される答えは二つ。二答流だ!」


 今日こそ、しっかり立て直せ。前回は勢いでいって失敗した。落ち着け。


 グラスのコーラを一気に飲み干す。



 考えろ、俺!


 そういえば、一度だけスマホで「これカワイイでしょ」と見せられた写真。

 確か、黄色いブランケットにくるまれたサキちゃんの写真だった。

 それにあまり器用じゃないのに、なぜか卵を割るのだけは上手い。


 そこから導き出される答えは、子供ならみんな大好きな……、あ、ヤバいゲップ出そう。


 でも、もう止められない!


「サキちゃんの推し料理は……、」


 ダメかも。


「んぐっ、ガッパァ……オムライス」


 完全に出ちゃった。


 サキちゃんは、吹き出すのを堪えるように言った。


「なにー、その変な言い方。ウケるー、でも正解っ! よくって分かったね。モグラくん、マジ探偵能力ハンパないじゃん」


「……まあね」


 ゲップと上手く合わさって……。でも、まあ勝ちは勝ちでいいよね。


「ごめん、電話」


 サキちゃんが小声で話しているのを聞くと、誰か迎えに来てくれるらしい。


 ひょっとして、彼氏とか。


「ヤバい、パパが迎えに来るって」


 ホッ、彼氏じゃない。


「そう。良かったね」


 って、ヤバいって言った? 何が?


「私的には良かったんだけど、モグラくんヤバいから、すぐに逃げて!」


 何で?


「うちのパパ、私が男と一緒にいると逆上しちゃうの」


 マジか。


「この前、たまたま隣にいただけの関係ない男が、生爪二枚剥がされたとこなのよ」


 犯罪じゃね?


「とにかく早く! 伝票持って! なるべく遠くまでだよ!」


 素早く支払いを済ませ、店を飛び出す。


 いや、なるべく遠くまでって、俺、めっちゃ家近い。



 とにかく、全力で自転車を漕ぎアパートに到着。


 そこで、はたと気付く。

 そんなに厳しい父親が、終電の無いバイトを許すか?


 怪しい。俺は急いでファミレスに戻る。


 サキちゃんが店の外に出てきた。


 そこに見覚えのある車が。


 降りてきたのは、大将。


 うわー、スゴい強いハグ。



 一番オシカツの推し活してたの、サキちゃんやないかーい。



 いつも、料理を教わってたんじゃなくて、一緒に帰る為に待ってたってことね。



 二頭龍探偵の龍野士竜、小さな奇跡を起こすも、いろいろ総合して、デビュー戦に続き、惨敗!

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