第21話 ……おや!? ゾンビのようすが……! な件について


 SIDE:千棘


「や、やめて……やめて下さい……!」


 思い出すのいつも鈍くてこびりつくような光。

 右手で痛くなるほど握りしめた鈍器バールは、鮮血が滴り剥げた塗装の隙間から銀色の輝きを放つ。


「やめて、やめてよ……こっちに来ないで下さい!! それ以上近づかれたらアタシ……!」


 この先の展開はよくあるものだ。ゾンビ映画で何度もみた笑えるぐらいよく知っている展開。ほんと笑えちゃう。


 私はこの日初めて人を殺した。

 仕方ない。正当防衛だ。私は悪くない。そんな毒にも薬にもならない言い訳を言ったところでなんの意味もなかった。

 頭では分かっている。私に落ち度などなく、どうしようないことだった。

 しかし、心はそう思ってはくれない。何度も幾重にも言い訳しても無意味で、目を背けさせてもくれない。ただただ残酷に真実を物語ってくるだけだった。

 どれだけ隠して固めて雁字搦めにして心の奥底に、沈めたとしても。ふとした時に、蟲を裸足で踏み潰したように不快な感覚が深淵から這い上がってくるのだ。


 世界は一瞬で変わった。大事にしていた友情も愛も何もかもゴミ屑同然と化した。

 私、いやアタシはこの日生まれて初めて、自分の恋人である先輩を殺したのだ。




 ◆




 SIDE:ムンク



「先輩って……? あの見た感じゾンビっぽい人お知り合いだったりする?」


 鉄槌の視線の先には一体のゾンビ。顔や肌は通常のゾンビと変わらず、腐り果てて見るに耐えない。腐っていたとしてもスッと通った鼻筋や顔の輪郭から、生前はさぞイケメンだった事が伺える。ぺっ。


「え、う、うん。同じ部活の先輩なんだけど……なんで、でも有り得ないはずなんだ」


 うんって。何その乙女モード全開ムーブ。

 言葉の端々からも鉄槌の動揺がよく分かる。出たーどうせ憧れの先輩とか付き合ってた的なやつー!

 手先は分かりやすいぐらい震えているし、目の焦点はろくに合っていない。何があったかは知らないが、過去に何かあったのは確実だろう。


「アぁaアアア……」


 といっても相手はゾンビ。此方側に何か有ろうが無かろうが、構わず襲ってくるのが奴らだ。倒さないなんめ選択肢はない。


「えっと、どうする? やるのが辛ければ僕がさっさと済ますけど」

「……いや、アタシに。アタシにやらせてくれ」


 僕の問いかけに鉄槌は一人でラストダンジョンに挑む主人公張りの雰囲気で頷いた。何それ、もう絶対に何かあったやつじゃん。


「先輩……もう二度と会いたくなかったよ」


 ギイィィィィ

 鉄槌は身の丈近い鈍器バールを引きずりながら前へ進む。


「アぁaアアア……」


 返事に言葉はない。ただただ、意味のない呻き声でしかない。


「先輩……ごめんなさい。そしてさようならっ!!」


 鉄槌は見るに耐えないと言わんばかりに鈍器を持ち上げ、そして躊躇なく振り下ろした。


「チ……ト……ゲ……」

「えっ!?」


 振り下ろされた鈍器バールは急に方向転換し、ゾンビに当たることなく地面に叩きつけられた。


「ゾンビが喋った……!?」

「先輩、意識が……!?」


 鉄槌は驚愕の表情を浮かべているが、僕だって同じだ。今までゾンビが喋るなんて、聞いたことも見たこともない。

 言葉を喋れるということは意識があるということだ。意識があるということは助かる可能性がないとは言い切れなくなる。


「チトゲ……チトゲ……チトゲ……チトゲ……」

「せ、先輩?」


 しかし、様子がどこかおかしい。

 彼は鉄槌の名前を狂ったように連呼する。その光景はどう見ても異様だ。


『グルルルルルルルル!!!!』

「わ、大剣ちゃん?」


 インベントリに収納されていた大剣がひとりでに飛び出した。唸るのはいつもの通りなのだが、心なしか荒々しい。

 


「チトゲ……チトゲ……チトゲ……チトゲ……チトゲ……チトゲ……チトゲ……チトゲ……チトゲ……チトゲ……チトゲ……チトゲ……!」

「せ、先輩、落ち着いて下さいよ!?」


 少し目を離した隙に、状況は更に混沌さを加速させていた。おかしいのゾンビの言動だけではない。何故か全身から煙のようなものが吹き上がっていた。


 あれは……肌が再生している?


 そうとしか言い様がなかった。腐り、膿だらけの素肌はみるみる白く、そして綺麗に変化していく。


「先輩……もしかして……」


 十秒も立たないうちに彼の肌は全て人と変わらない常態にまで再生しきった。しいて気になることと言えば、不健康に感じてしまう肌の白さぐらいだ。凍っているのかと思うほど白く、本当に血が通っているのか分からない。


「奇跡……奇跡が起こった……先輩、アタシこんな日が来るなんて……!」


 鉄槌は感極まったのか、目尻に大粒の涙を浮かべている。それもそのはず。目の前で起きた現象は奇跡と言っても過言ではなかった。


「先輩……! アタシ、千棘です! 鉄槌千棘、貴方の彼女です!!」


 彼は再生した自分の体をゆっくりと見回す。一通り見ると、目の前に鉄槌がいることに気づき視線をずらした。鉄槌は彼の次の言葉を今か今かと期待している。

 そして、彼はそんな彼女に向けてゆっくりと口を動かした。


「バカナオンナ」

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