第22話 近頃のゾンビは進化する件について


「ちっ、不味いっ!」


 鉄槌に異様な雰囲気で対峙する謎のゾンビ。ゾンビの癖に人語を操るという謎ムーブをかましているが、どう考えてもアレは味方ではない。

 ともかく不味い。鉄槌は呆けて微動だにしない。本当に不味い。


「間に合えっ!」


 レベルアップにより遥かに向上した身体能力を限界まで駆使して、無理矢理彼女らに割り込む。


「ムンクっ!?」


 鉄槌が悲痛な悲鳴を上げる。

 体に衝撃が走り、視界が飛んだ。吹き飛ばされたと気づいたのはすぐだった。


「っつぅ! 大丈夫だよ。大して効いてないっ!」


 ステータスのお陰か痛みはない。

 そんなことよりも油断していとはいえ驚いた。ゾンビの癖に


「っても僕に比べたら全然遅いけどね」


 すぐさま距離を詰める。時間にして一秒もからない。

「そいやっ!」


 そして、そのままいつもゾンビを相手する要領で蹴りを一閃。

 もろに直撃を受けたゾンビは、慣性の法則よろしく吹き飛ばされた。


「む、ムンク!?」

「大丈夫。手加減したし……ていうか、そもそも全然効いてないっぽい」


 ゾンビは派手に吹き飛んだが、如何せん手応えが無さすぎる。

「イタイ……イタイヨチトゲ……」


 やはり言葉とは裏腹にゾンビは大したダメージを受けているようには見えない。ゾンビは特にダメージを受けた素振りすら見せず、立ち上がる。

 ゾンビは再び此方に視線を定めた。


「鉄槌、これどうするよ?」

「……」


 強敵相手にどう戦うかという意図の問いかけではない。

 どうやらあのゾンビは鉄槌にとって、因縁のある相手のようだ。肌が再生したことや言葉を話せることから、一見生き返ったように見えるが、僕にはそう思えない。異様な雰囲気もそうだが襲ってくる辺り、やはりゾンビでしかないのだろう。

 鉄槌もそれを分かっているからこそ、結論が出せず苦悶している。


「……ムンク、我が儘言ってゴメンだけど、アタシにやらせてくれ」


 鉄槌は僕に懇願するように言葉を紡ぐ。彼女の声は震えていた。

 正直な事を言えば反対だ。僕がやれば何の苦労もなく数秒で済むのだ。無駄なリスクを負うべきではない。

 そう思う。そう思うが……これ後で絶対に禍根を残しそうなんだよなぁ。


「やめておいた方がいいと思うけど。まぁ、しょうがないか。でも怪我だけは気をつけてね?」

「ありがとうムンク」


 なので仕方なく了承した。しょうがない、鉄槌が噛まれないように上手くサポートしていくしかないか。



 ◆


「つーわけで、もうちょっとアタシに付き合ってもらうかんな先輩」


 鉄槌はトントンとバールで肩を軽く叩きながら前へ一歩出た。彼女は瞳を見開き、相対するゾンビに挑発的な笑みを贈る。


「チトゲ……オレ、オマエクウ」


 鉄槌の先輩とやらはとてもではないが友好的に見えない。むしろ逆。鉄槌はゾンビの言葉に表情を歪ませた。

 しかし、相手は所詮ゾンビ。此方の思惑や感傷なんてお構いなしだ。ほんの少しの逡巡もなく鉄槌に向けて駆け出す。

 鉄槌は鈍器バールでゾンビの歯牙を受け止めた。


「ぐぅぅっ!! 何で、どうしてだよ先輩!! アタシ達がこんな事する必要ないだろ!?」

「オレ、モットニンゲンクウ。ソシテシンカスル」

「な、何言ってるんだよ先輩……?」


 人間を喰う? 進化する? どいうことだ?

 このゾンビの変化は進化した姿と言うことなのだろうか。ゾンビが進化ってどういうことだよ。ポ○モンかな?


「ダカラオマエモクワセロ」

「ぐ、ぐうぅぅぅぅぅ!?」


 次第に鉄槌はゾンビに押されていく。あの速さを持つ相手だ。力で敵うわけがない。そろそろ頃合いかな。


「はいはい失礼しますよっと。だから、やめておいた方がいいって言ったのに」


 再び無理矢理、鉄槌とゾンビの間に割り込む。そして強引にゾンビを地面に組み伏せた。


「ギィィ……ハナセ……!」

「どうどう落ち着け落ち着け。で、どうする鉄槌」


 さて、とりあえず押さえつけたがどうしたものか。この状況を鑑みると拘束して何処かに監禁するのがベターだろうか。どうにも鉄槌の大事な人物みたいだし。

 鉄槌は僕の問いかけに応えるわけでもなく無言で近づく。


「先輩……先輩はゾンビなのか? 生き返ったわけじゃないのか?」

「ニンゲンナンテ、カトウナモノトイッショニスルナ。オレハモットシンカスル」

「そっか」


 一縷の希望を賭けた問いかけだったのだろう。しかし、希望は潰えた。生き返ったと思った人はただのゾンビでしかなかったのだ。彼女は極めて冷静につとめるように、ゆっくりと何度も呼吸を繰り返す。

 そして十数回の呼吸を終えた後、彼女は無言のまま鈍器バールをゾンビの頭に叩きつけた。


 は?


 呆然としている暇もなく、彼女は更に何度も何度も鈍器バールを叩きつける。結局、理解が追いつかないままゾンビは動かなくなってしまった。


「……まじか」


 あまりの出来事に言葉が出ない。

 カランと金属が地面に衝突する音が虚しく反響した。


「ふぐぅ……ぐうぅ……」


 そして鉄槌は力なく膝を崩した。よくよく見ると彼女の瞳には涙が溢れ出そうなほど溜まっている。そしてそれはすぐに決壊した。


「ひっぐ……えっぐ……うわあああん」


 鉄槌は人目も憚らず号泣を始めた。文字の全てに濁点がつくレベルの大号泣。人目といっても僕しかいないが、それでもお構いなしだ。

 どうしようもない現実に打ちひしがれて号泣し続ける。


 え、いや。うん。隠キャの僕にどうしろと……?

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