第191話 ワークライフ・バランス

 ドアを開けると、その場にいた全員にゲートが見えるようになった。

 ゲートがひらけば、誰でも固定ゲートとそこに繋がる部屋が見えるのだ。


「さて、早速ゲートを試してみよう」

 オレはゲートの中に入り、他のメンバーを呼んだ。

「さあ、中に入って」


 10人全員が中に入ると、4畳半ほどの部屋は窮屈に感じた。

 正面の壁には『エルドラード市庁舎領主執務室』、右の壁には『王都フローリア公邸執務室』、左の壁には『秋桜の館リビング』と書かれたドアプレートが付いていた。


「まずは、エルドラードに行ってみよう」

 オレは『エルドラード市庁舎領主執務室』と書かれたドアを開けた。

 すると、その向こうは本当に領都エルドラード市庁舎の領主執務室であった。

 今朝、ここに立ち寄り、その後4時間半掛けてアクアスター・リゾートに戻ったのだが、ゲートを使ってここに来るのに何秒掛かったであろう。

 時間にして、ほんの10数秒で来れてしまったのだ。


「信じられないわ…」

 ジェスティーナが素直な感想を述べた。


「これって、凄すぎじゃない?」とアスナも言う。


 確かにその通りだ。

 もし、使い方を間違えれば、敵を手引することも出来てしまう訳だから、使い方には細心の注意が必要だ。


 その時ソフィアが言った。

「カイトさま、打ち合わせの時間です、そろそろ戻りませんと」


 そうだった、ローレンたちと30分後に打ち合わせすると言っていたのだ。

「実験は成功と言うことで、急いで戻ろうか」


 オレたちは『エルドラード市庁舎領主執務室』のドアを開け、『アクアスター・リゾート自宅』と書かれたドアから専用居住スペースへ戻った。


 既に約束した時間は過ぎており、急いで11階のダイニング・ラウンジへ移動した。

 ここはスタッフ専用のラウンジであり、カフェメニューも有り、キッチンもあるので、オレたちは遅い昼食をとりながら、ローレンたち留守番スタッフから報告を受けた。


 報告の内容を要約すると、このような内容であった。


 ◎ローレンからは、エナジウム鉱石の採掘工事の途中経過が報告された。

  立坑の掘削と反重力エレベーターの設置が完了し、後はエナジウム鉱石のカートリッジ加工施設を建設中で来週中には完成するそうだ。


 ◎トリンからは錬金工房の状況が説明された。

  4名採用した弟子候補のうち女性3名は勘も良く、錬金術の才能もあり、仕事もキビキビこなすが、ただ1人の男子が錬金術師に向いていないと言うのである。

 トリンの言葉を借りると知識はあるが、錬金術師としての才能が皆無であるとの厳しい言葉であった。

 採用したばかりなのに先が思いやられると嘆いていた。


 ◎リオナからは、候補生の中に凄い歌唱力を持った少女がいて、将来有望だと言う話があった。


 ◎ソニアからは中島に建設したヴィラが使われずに放置されているが、メンテナンスを含めて今後どうするのか検討して欲しいと要望があった。

 確かに、放置したままだったので、何とかせねばなるまい。


 その他、細かい話が色々と報告されたが、それはこの場では割愛しておこう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 最近は、忙しくて休暇が取れていなかった。

 自分のワークライフ・バランスも取れていないのに、人に講釈を垂れている場合ではない。

 と言うことで、オレは3日間の休暇を取ることにした。


 次の朝、久しぶりに湖に釣りに出た。

 朝靄あさもやの中、カヌーを出し、1人釣り糸を垂らすと、面白いように釣れた。

 相変わらず、この湖の魚は警戒心が乏しいようだ。

 リゾートの客とおぼしき人が、カヌーを数艇出して釣りを楽しんでいた。

 釣り好きは、どこの世界にもいるようだ。

 1時間ほど釣るとクーラーボックス一杯となった。

 湖岸まで戻るとジェスティーナとアリエスがオレを待っていた。


「カイトぉ~、釣れた~?」と2人で声を揃えて言った。

 流石は姉妹である。


「ああ、大漁だよ、見るかい?」

 そう言って、カヌーを岸に上げてからクーラーボックスの中身を見せた。

 中はニジマスとヒメマスで一杯だった。


「これ、食べてみるかい?」

 そう言うとオレは、湖畔に常設されているバーベキューコーナーで炭をおこし、ヒメマスを鉄串に刺し、塩を振ってあぶり焼きにした。


 そして、焼きたてを鉄串のままジェスティーナとアリエスに渡した。

「えっ、もしかして、このまま食べるの?」と2人は困惑していた。


「うん、熱いけど、美味しいから食べてみて」

 そう言ってオレは鉄串から直接食べて見せた。


 お姫様は、こんな粗野な食べ方をしたことは、間違いなくないだろう。

 2人は半信半疑ながら、見よう見まねでヒメマスを食べた。


「美味しぃ~っ!」

「ちょうどい塩加減だし、皮もパリパリで美味しいわねぇ」と2人に大好評だった。


「そうだろ、美味しくないわけがない」

 実は、今焼いたヒメマスは、内蔵を取り一夜干しにしたものであった。

 炭を起こす前にメイド長のソニアに連絡して、用意してもらったのだが、ついでにバーベキューの食材を持ってきてもらった。

 ロブスター、車海老、帆立、牛タン、牛肉、鳥串、豚串、焼き野菜まであった。

 それらを網焼きして2人に振る舞った。


「あ~、なんか良い匂いがすると思ったら、バーベキューやってたんだ」

 そう言って来たのはアスナであった。


 いい匂いを嗅ぎつけてやって来たのは、アスナだけではなかった。

 サクラとソフィア、護衛の4人もやって来てバーベキュー大会となった。

 朝っぱらから、湖畔でバーベキューとは、何とも贅沢なことだ。


「何か、飲み物が欲しくなったな」


「カイト様、ビールをご用意しましたが、如何ですか?」とソニアが言った。


「お、気が利くね、流石はソニアだ」

 今日は完全休養日なのだから、朝からビールを飲むくらい許されるだろう。


 オレはジョッキに入った、冷え冷えのビールを受け取り、一気に喉に流し込んだ。

「く~っ、堪らん」


 こんないい景色を眺めながら、美女に囲まれ、朝からバーベキューして、ビールを飲めるとは、なんて贅沢なことだ。


 その後、匂いに釣られたリゾートの宿泊客も十数人参加し、大バーベキュー大会となった。


 2時間ほど、食べて飲んで腹一杯になったところで、部屋に戻って一眠りした。

 午後からは屋上のプライベートプールで泳ぎ、サマーベッドの上で寝転がり日向ぼっこしたりして、日がな一日ダラダラと過ごした。


 夜は、ペントハウスのジャグジーに温泉を入れて、1人で入っていると誰かの気配がした。

「あ~、カイトったら、1人で温泉入ってずる~い」とジェスティーナが覗きに来た。

「わたしも入っていい?」


「ああ、もちろんだよ」

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