第158話 アイドルグループASR39

 市庁舎のオープン記念イベントとしてASR39のデビュー公演が行われた。


 ASR39は『歌って踊れるメイド』のリオナがメインセンターを務め、『歌って踊れる錬金術師』のトリンと『歌って踊れる客室係』のマリンがサブセンターを務め、そこにメイドロイド36名が加わり結成した、この世界初のアイドルグループだ。

 因みにメイドたちはA、B、Cの3つのチームに分かれており、仕事の都合に合わせ、交代でリオナたち3人をサポートするのだ。


 この日はリオナ、トリン、マリンの3名とメイドチームA12名の合計15名が領都シュテリオンベルグへ遠征し、デビュー公演にのぞんだのだ。


 因みにASRとは、アクアスター・リゾート(Aqua Star Resort)の頭文字を取ったもので、39はメンバー総数を表し、名付け親はサクラである。


 会場には老若男女1800名が集まり、初めて見る『アイドルグループ』の登場に戸惑っていたが、何れ劣らぬ美少女揃いと分かると男性客を中心に熱狂的な歓声が上がった。


 その満員の観客におくすることなく、リオナが爽やかな笑顔で言った。

「みなさ~ん、私たちASR39のデビュー曲『ポニーテール記念日』聞いて下さ~い」 


 するとスピーカーからアップテンポなイントロが流れ、それに合わせてメンバー全員が踊り始めると、会場は異様な熱気に包まれた。

 美少女たちが、歌や踊りで爽やかなお色気を振りまくのを見て、男性客は一瞬にして彼女たちの虜となった。


 因みにデビュー曲の『ポニーテール記念日』はオレが作詞し、作曲と編曲はサクラ、振付はリオナ自身が行った。

 ある日、リオナから『お願いがあります』と、この曲の作詞を依頼され、歌詞など書いたことがないオレは断ったのだが、何度も頭を下げるリオナに根負けして引き受けたのだ。

 ポニーテールと言うモロに自分の趣味に合った題材にきょうが乗り、僅か3時間で歌詞を書き上げた曲だ。

 その歌詞に高校時代、軽音楽部だったと言うサクラが、作曲アプリを駆使してアイドルっぽいメロディーを付け、完成したのがこの曲だ。


 さて、ASR39 誕生までの経緯を簡単に説明しておこう。 

 メイド修行を始めたリオナは裏方の仕事を一通り覚え、次にラウンジやダイニングで接客を行うようになった。

 その頃にはメイドたちとも打ち解け、屈託のない笑顔で一躍人気者となっていた。


 またトリンとマリンとは、リオナの歓迎会以来、意気投合してお互い、気の許せる友達の間柄となっていた。

 ある夜、リオナは自分が元いた世界では、歌手として観客に唄やダンスを披露していたとトリンとマリンに話した。

 2人は、ぜひそれを見たいと言い、リオナはリクエストに答えて自分が好きな曲を流し、唄い踊ってみせたのだ。


 トリンたちは今までに見たこともない華麗で優美な踊りに心を奪われ、自分たちも踊ってみたいと思い、リオナの動きを真似て踊り始めた。

 初めは興味本位だった二人だが、踊る内にダンスの楽しさに目覚め、まって行った。

 そして驚くことにトリンとマリンにはダンスの才能があり、リオナと一緒に練習を始めてから1週間で、その振付をマスターしてしまったのだ。


 リオナたち3人が毎晩ホールでダンスの練習をしていると、メイドたちの間では噂になった。

 練習を見に来るようになったメイドたちは、その内に自分もやってみたいと、次々とダンスの練習に加わるようになり、最終的にはメイド全員が練習に参加するまでになったのだ。


 そして、1ヶ月が経つ頃にはアイドルグループASR39の原形が出来ていた。

 ダンスの練習は、メイドたちの仕事が終わる夜9時頃から毎日1時間半ほど行われていた。

 その様子がサクラの目に止まり、サクラがオレに伝えて、アイドルグループ結成へと発展して行ったのだ。


 ASR39 のデビュー公演に話を戻そう。

 デビュー曲『ポニーテール記念日』の演奏が終わると観客席は拍手喝采の嵐であった。

 続く2曲目は『恋するメイドロイド』と言うメイドロイドの心境を歌った切ないバラードだ。


 3曲目は『錬金術師の恋アルケミストラブ』という曲でトリンが作詞し、メインボーカルを務めると言うポップな曲である。

 トリンに聞くと自分の心情を歌ったと言う事だが、敢えてそれ以上は聞かないことにした。

 4曲目は『憧れのリゾートライフ』、この曲のメインボーカルはマリンが務めた。


 5曲目は『無重力Lover』という曲でリオナがメインボーカルを務めた。


 用意した5曲が終わっても、誰も帰ろうとせず拍手は鳴り止まなかった。


 アンコールは想定していなかったが、リオナは元居た世界で所属していたアイドルグループのヒット曲を急遽5曲ほど披露し、最後にもう一度『ポニーテール記念日』を唄って、その日の公演は終了した。


 前世のヒット曲を披露して、著作権的に問題ないのかって?

 この世界では日本の著作権法の効力は及ばないので、その辺は問題ないだろう。

 ASR39のデビュー公演はオレたちの予想以上の大盛況で終了した。


 後日談となるが、男性客を中心にASR39の曲はどこで聞けるかと言う問い合わせが市庁舎に殺到した。

 そのリクエストに答えるべく、二人の女神に相談し、魔石ラジオを開発してバレンシア・ストアで販売することにした。


 エナジウム鉱石をエネルギー源として半永久的に使えるラジオだ。

 市庁舎の屋上に設置した電波塔から朝8時から夜8時までの時間限定でFM放送を開始し、ASR39の曲を流したのだ。

 魔石ラジオは1台銀貨4枚(2万円)と言う高価な商品にも拘わらず、飛ぶように売れた。


 一方、サクラからは、こんな提案があった。

「カイト様、芸能プロダクションを作りましょう!」

「はっ?、なんで?」

 その言葉を発してから、オレはハタと気が付いた。

 この世界には、まだ『芸能』と言う言葉すら存在しない。


 単独で活動する個人やグループはいるが、それを組織的にプロデュースすると言う考えは全く無いのだ。

 誰もやったことがないのであれば、先にやったもの勝ちだ。

 先行者特権と言うかプライオリティと言うか、最初にやった方が圧倒的に優位なのは間違いない。


 しかもウチにはリーファ率いるSDTと、リオナ率いるASRと言うスター候補生がいるではないか。


「なるほど、それはいい考えだ。

 で、どうすればいい?」


 サクラの答えは淀みないものだった。

「まず最初にSDTとASR39をプロデュースして世に売り出しましょう。

 その次にオーディションを実施して、次世代のスターを発掘しましょう」


 この国の美男美女率は高く、将来のスター候補は数多くいるだろう。

 それにオーディションを行えば話題性もあるし、世間の注目を集めるのは間違いない。

 しかし、オレは芸能関係の仕組みを全く理解していないので、餅は餅屋と言う事でサクラに全て任せることにした。

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