第157話 シュテリオンベルグ市庁舎

 領都シュテリオンベルグの複合商業施設併設型市庁舎『エルドラード』が完成した。

 港湾地区のど真ん中に長辺54m、短辺38m、高さ54mの巨大な建物が出現し、領民たちは驚愕した。

 しかも施工開始から、僅か1ヶ月半で完成したのだから、その速さも驚異的だ。


 前領主時代には市民サービスなど無いに等しく、そもそも『市庁舎』が何であるか知らない領民が殆どで、多くは領主のために建てられた施設だと思っていた。


 数日前にオープン記念イベントの告知が有り、入場無料と知らされると周辺に娯楽が少ないこともあり、領民達は一目見たいと興味を示した。


 『エルドラード』のオープン当日となった。

 1階のゲート前には先頭が見えないほど大勢の人が並んだ。

 朝9時に港で花火が上がり、それを合図として入場が開始された。


 ゲートを入ると、まず最初に住民登録の特設ブースが並んでいた。

 市庁舎に入場するには登録が必要と説明され、手続きも簡単だったので、住民たちは係員の指示に従い、住民登録を行った。

 住民登録は個別に写真を撮り、名前、住所、性別、生年月日、家族構成を登録するだけの簡単なものだ。

 今後は顔認証で市民サービスを受けられると説明されたが、領民たちはそれが何のことか、良く理解できなかった。


 元々この街には租税徴収を目的とした戸籍台帳はあったが、領民個人の情報を登録する仕組みは無かったのだ。

 そこでオレは領民の情報を把握する手段として、領民登録すれば医療など各種市民サービスが受けられるようにしたのだ。


 市庁舎の1階には医務室がある。

 ここは医療サービスを提供する施設なのだが、医者が居るわけでは無く、係員が領民の症状を聞き取り、その症状に応じたポーションを格安で提供し、病気や怪我を治してもらうのだ。

 ポーションを造っているのは、もちろんトリンである。

 忙し過ぎて手が回らないとボヤいていたが、助手を付けるから頼むと言うと渋々応じてくれたのだ。

 医務室で提供しているポーションは下記の3種類だ。

 ◎ヒールポーション(怪我治癒薬)

 ◎キュアポーション(病気治癒薬)

 ◎スタミナポーション(体力回復薬)

 症状が重篤な場合を除き、基本的に3級ポーションが提供される。

 

 一般的に3級ポーションは銀貨2枚(1万円)で取引されているが、ここの医務室では5分の1の小銀貨2枚(2千円)で手に入るのだ。

 健康保険制度が無いこの世界では、怪我や病気にかかることイコール出費なので、生活困窮者は黙って耐えるしか無かったのだ。

 治療薬ポーションが格安で手に入るのは、画期的なことなのである。


 中にはポーションを他領で販売して稼ごうと思うやからも居るかも知れないが、それは無駄である。

 ポーションの効果は2日間限定であるし、他領へ持ち出した時点で効果が消えるように設定しているのだ。


 市庁舎に入ると動く階段エスカレーターがあり、上階へゆっくりと人々を運んでいる。

 領民にとって動く階段エスカレーターに乗るのは、初めての体験であり、恐る恐る乗ってみると、その快適さに驚きの表情を浮かべていた。


 動く階段エスカレーターを上ると空中庭園があり、その先にも動く階段エスカレーターがあり、3階へ繋がっていた。

 多くの領民は、何故こんな所に庭を作ったのか、最初は理解できなかったが、上から見た庭園の美しさに、ようやくその意味を理解した。

 ちなみに、この空中庭園は『エルドラード・エア・ガーデン』と名付けた。


 建物の中に入るとショッピングモールやレストラン、お洒落なカフェなどがあり、上の階には、コンサートホールもあると言う。

 ショッピングモールには地元の商店の他に、セントレーニアの商店も出店していたが、一番大きな店は『バレンシア・ストア』と言う店であった。

 言うまでもなく王都のバレンシア商会が経営する店だ。

 バレンシア商会当主のリカール・バレンシアからの強い要請を受け入れ、出店したのだが、王都の珍しい商品が所狭しと並べられており、多くの領民で賑わっていた。


 レストランやカフェは地元の店の他、イシュトリア・シーフード、サエマレスタリゾート系列の店、セントレーニアからはアルカディアグループの『シーフード&ワイン白ひげ亭』と『ステーキ&ワイン黒ひげ亭』も出店している。

 出資して貰った見返りとして優先的に出店してもらったのだ。


 ここで、改めて市庁舎の概要を見ておこう。


 【シュテリオンベルグ市庁舎『エルドラード』】

 B2F 動力室、倉庫、書庫、給水槽、浄化槽

 B1F 領軍駐在所、警備員駐在所、簡易駐車場

 1F  受付、市民ホール、ギャラリー、フードコート、医務室、銀行

 2F  空中庭園、レストラン、カフェ、ショッピングモール

 3F  空中庭園、レストラン、カフェ、ショッピンクモール

 4F  空中庭園、レストラン、カフェ、ショッピンクモール

 5F  コンサートホール(1層)

 6F  コンサートホール(2層)

 7F  市役所事務室(農畜産課、水産課、商業課)

 8F  市役所事務室(市民課、医療課、福祉課)

 9F  市役所事務室(税務課、会計課、総務課、生活課)

 10F 市役所事務室(観光リゾート課、イベント課)

 11F 市長執務室、副市長執務室、大会議室、中会議室、小会議室✕3

 12F 領主執務室、領主代行執務室、応接室

 RF  飛行船ポート、飛行船待合室、展望室


 12階にはオレの執務室があり、飛行船で屋上の飛行船ポートに着陸すれば、専用エレベーターでそのまま、執務室に直行できるのだ。

 領主邸ができるまでは、執務室の奥にある居住スペースに滞在して政務を行うことになる。


 午後1時からコンサートホールで無料イベントがあると聞き、多くの領民が集まった。

 10時から先着順で整理券が配布され、アッという間に満席となったのだ。

 ちなみにコンサートホールの収容人数は1800名である。


 そしてその時間となり、幕が上がった。

 スポットライトを浴び、ステージの左右から登場したのは15名の少女たちだ。

 今までに見たこともない鮮やかな衣装を着てステージの中央まで来ると、驚くほど大きな声でこう言った。

「皆さ~ん、こんにちは~」

 声が大きく聞こえるのは、もちろんマイクとスピーカーを使っているからである。


「私たち、ASR39のデビューコンサートへようこそ!」

 そう言って15名の美少女たちの真ん中でマイクで握り、魅力的な笑顔を振りまいているのは、リオナであった。

 そう、この日のイベントとは、リオナがリーダーを務めるアイドルグループASR39のデビューコンサートなのだ。

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