第137話 イシュトリア・シーフードで慰労会(前編)

 鮮やかなオレンジ色の太陽が水平線の向こうに隠れ、夜のとばりが下りる頃、イシュトリア・シーフードにオレのスタッフたちが集まった。


 領都での懸案事項に一応の目途が付き、明日アクアスター・リゾートに戻ることにしたのだ。

 そこで今夜は、これまでの労に報いるため、イシュトリア・シーフードの2階を貸し切って、テラス席で内輪の慰労会を行うことにしたのだ。


 定刻少し前、シュテリオンベルグ伯爵領を支える中心メンバーが三々五々集まってきた。

 セントレーニア総督としての長い経験を活かし、領都の復興のため知恵を絞り、誠心誠意オレに力を貸してくれた領主代行のブリストール子爵。


 ブリストールの元副官としての経験を活かし領政を補助し、今後は橋渡し役としてオレに伯爵領の情報を逐次報告する役目のヴァレンス連絡担当官。

 王国の中枢で対外折衝を担当してきたエリート官僚のアーロン・リセット補佐官はブリストール領主代行の片腕として意見を具申する立場だ。


 レガート司令官はブリストール領主代行を補佐し、領都軍と警察組織のトップとして領都の治安維持を統括する立場である。


 内政担当補佐官、秘書、護衛の3つの業務を兼務するセレスティーナ・レイシスは領都の中核人材の採用が終了し、領政が落ち着くまで、こちらに残りブリストール領主代行のブレーンを務めるのである。

 以上の5名は領都シュテリオンベルグに残るので、暫しお別れなのだ。


 オレとジェスティーナのスタッフとして同行した秘書のサクラ、護衛のステラ、リリアーナ、フェリンの3名も出席した。


 セントレーニアと領都シュテリオンベルグには、約2週間滞在したが、毎日目が回るほどの忙しさだった。

 本来であれば、あと2週間ほど滞在し、領政の行末を見極めたかったのだが、そうも行かないのだ。

 オープンして2週間が経ったアクアスター・リゾートが、今どんな状態か気になっていたし、注文した大型飛行船と飛行船ステーションが明後日に届く予定だし、女神が手配してくれたMOGも到着する予定なので受け入れ準備が必要だ。

 それに今回の王女襲撃事件と事件の黒幕であるルハーゲ子爵の悪行について国王に報告する義務があるからだ。


 長円形ラウンドフォルムの大きなテーブルにメンバーが腰を下ろすと、アルカディア・ワイナリーの高級ブドウを使ったスパークリングワインが5本運ばれてきた。


 全員席に着いたところでアーロン・リセットが立ち上がりこう言った。

「それでは、全員揃いましたので、最初にシュテリオンベルグ伯爵に開会のご挨拶をお願いしたいと存じます。

 恐れ入りますが、伯爵閣下宜しくお願い致します」


 アーロン・リセットから、そんな話は聞いてなかったが、一応『慰労会』と言う名目なのだから、オレがみんなを労らうのが筋なのだろう。

「皆さん、本日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。

 挨拶とか、堅苦しいのは苦手ですが、アーロンが気を利かせてくれたので、少しお話させていただきます」


「ご存知のようにシュテリオンベルグ伯爵領のスタートは厳しいものとなりました。

 領都シュテリオンベルグとして定めた旧サンドベリア地区の現況が思った以上に悪く、それを立て直すためには、予想以上の時間と労力が必要です。

 幸い、私には今日ここに集まってくれた優秀なスタッフがいます。

 恐らく、この先も険しい道が続くと思いますが、皆さんの力を貸していただき、知恵を絞ってこの難局を乗り切りましょう。

 今日は、皆さんの真摯な働きに報いるため、この宴を設けましたので、大いに飲んで大いに食べて明日からの英気を養って下さい」

 オレがそう言うと全員が盛大な拍手を送ってくれた。


 そして、またアーロン・リセットが立ち上がって言った。

「伯爵閣下、ありがとうございました。

 それでは、乾杯のご発声をジェスティーナ王女殿下にお願いしたいと思いますが、殿下お願いできますでしょうか?」


 突然の指名に隣りにいたジェスティーナは、一瞬困惑の表情を浮かべたが、諦めてオレをチラッと見てから立ち上がった。

「それでは、ご指名ですので乾杯の音頭を取らせていただきます。

 私も、こういう場で話すのは、慣れていないので短めにお話します。

 まずは皆さん、この2週間、シュテリオンベルグ伯爵領の中心メンバーとして、ご尽力下さったこと、王室の一員としてお礼申し上げます」


 そこでジェスティーナはオレの左肩に手を置いてこう言った。

「ここにいるカイトは陛下から突然伯爵領の主に指名され、十分な準備も出来ずに着任しましたが、皆さんのような優秀な部下に恵まれ、どうにか最初の難関を乗り切れました。

 これからもカイトの力となり、支えてやって下さい。

 どうか宜しくお願いします」と頭を下げた。

 おいおい、それじゃなんか妻が夫を宜しくと言ってるみたいじゃないか、と思いながらオレは聞いていた。


 ジェスティーナの言葉は更に続いた。

「皆さん、ご存知のように、私は今朝暴漢に襲われました。

 自分の我儘わがままを優先して単独行動を取り、結果的に襲撃を許してしまったのは、王族として恥ずべき事であると反省しています。

 そして身を挺して、私をかばい、4倍もの人数の屈強な暴漢と対峙してくれたステラ、リリアーナ、フェリンに、この場を借りて改めてお礼を言いたいと思います。

 みんな、私を護ってくれてありがとう」

 ジェスティーナは3人に頭を下げた。


 それを見たリリアーナは慌てて『王女殿下、どうぞ頭をお上げ下さい』と言った。

 片やステラとフェリンは王女の言葉に『なんと勿体なきお言葉…』と涙を流した。

 その涙を見たジェスティーナの目もウルウルしていたが、そこで何とか持ちこたえ、涙を拭ってグラスを取った。

「それでは、美味しそうなお料理もたくさん控えていますので、乾杯したいと思います。

 皆さんグラスをお持ちになり、ご起立下さい」

 ジェスティーナがそう言うと、お互いのフルートグラスにスパークリングワインを注ぎ合って、全員立ち上がった。


「それではシュテリオンベルグ伯爵領の明るい未来に、カンパーイ!」

 ジェスティーナがそう言うと、みんな「カンパーイ」と唱和した。

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