第136話 ジェスティーナ王女襲撃事件

 オレは秘書のサクラと護衛のセレスティーナを伴い、旧領主邸でブリストール、ヴァレンス、アーロン・リセットの3名と、領政の今後のスケジュールについて打ち合わせしていた。

 暫くして激しくドアがノックされ、慌てた様子でフェリンが入ってきた。


「ほ、報告します。

 王女殿下が暴漢に襲われました」


 オレはフェリンの言葉を聞き、背筋が凍りついた。

「王女は、ジェスティーナは無事か」


「はい、暴漢は我々が撃退し、王女殿下はどこもお怪我なく、ご無事です。

 ただ、かなり驚かれて、動揺されてます」


「そうか、それを聞いて安心したよ。

 フェリン、知らせてくれてありがとう」

 オレは安堵し、フェリンに労いの言葉を掛けた。


「王女殿下を襲うとは、なんと不敬な輩だ」

 アーロン・リセットが珍しく怒っている。


「それで、どんな奴が襲ったんだ?」


「はい、私たちがプールサイドで休んでいると、10名くらいの男が突然侵入して襲ってきました。

 我々3名が王女殿下をお守りしながら反撃し、暴漢を撃退しました」


 昨日アンジェラ・サエマレスタから屋外プールにウォータースライダーがあると聞かされ、ジェスティーナは行きたいとオレを誘ったのだ。

 オレは領都の今後の予定を決める重要な打ち合わせが入っていたので、明日は無理だと言うと、ジェスティーナは護衛3名(ステラ、フェリン、リリアーナ)を連れて行くから大丈夫と言って、今朝屋外プールに向かったのだ。


「いや~、とにかくご無事で何よりです」とブリストールがホッとしたと言う表情を見せている。

 彼は王女のことを我が子の事のように心配したのだ。


「それで、ジェスティーナは今何処にいるんだ?」


「はい、リリアーナとステラさんが付き添って、ホテルの部屋で休まれています」


「そうか、それなら安心だ」


「ところで、襲った男たちはどうした?」


「ステラさんが男達をボコボコにしたので、全員気を失い、その間に縄を掛けて、警備員に引き渡しました」


「動機が何なのか、厳しく取り調べないとな」

 オレは男たちが王女を襲った動機が気になった。


「それより伯爵、王女殿下の元に行かれた方が宜しいのでは?」

 ブリストールが気を使ってオレに声を掛けてくれた。


「ありがとう、それじゃ、残りの打ち合わせは明日にしよう」

 そう言って、オレはサエマレスタ・リゾートに、ジェスティーナの様子を見に戻った。


 オレがドアを開けるとジェスティーナは椅子に座り、ハーブティーを飲んでいた。

 後ろにはステラとリリアーナが立ち、向かいの席には、事件を聞いたアンジェラ・サエマレスタが心配そうに見守っていた。


「ジェスティーナ、大丈夫かい?」


「ええ、私は大丈夫よ。

 男たちが襲ってきて、少しビックリしただけ…

 ステラとリリアーナが撃退してくれたから問題ないわ」

 そう言ってジェスティーナは微笑んだが、オレを安心させようと無理をしていると感じた。


「でもカイト、会議中なんでしょ、ここに来て大丈夫なの?」


「うん、残りは明日にしてもらったよ」


「心配して来てくれて、ありがと」

 ジェスティーナは嬉しそうにオレに言った。


「ウォータースライダーのことを殿下にお知らせしていなければ、このようなことにならずに済みましたのに…

 私のせいで王女殿下が危険な目に遭われたこと、心からお詫び申しあげます」

 そう言ってアンジェラ・サエマレスタは、王女とオレに頭を下げた。


「アンジェラさん、気にしないで下さい。

 躾けの悪い犬に突然吠えられてビックリしただけですから」

 そう言ってジェスティーナは健気けなげに笑った。


 オレはリリアーナから襲撃時の一部始終について報告を受けた。

 ジェスティーナを襲った暴漢は全部で12名、プールサイドの草叢から突然現れ襲ってきたそうだ。

 咄嗟に近くに隠していた長剣ソードを取り出し、フェリンが王女の盾となり、ステラとリリアーナが暴漢たちと対峙したそうだ。

 ステラは暴漢たちが、恐れ多くもこの国の王女を襲撃した事に激怒した。

『蒼雷の剣姫』の二つ名を持つステラは、よく訓練された兵士100名と同じ位の戦力に例えられるが、それは決して誇張ではない。


 一度スイッチが入ったステラは、手が付けられないほど凄まじく強かった。

 リリアーナが暴漢2名を相手にしている間にステラは残りの暴漢全員を戦闘不能にしたそうだ。

 もちろん、殺しはしない。

 後で黒幕が誰か吐かせるのに生かしておく必要があるからだ。

 それでも手足を骨折したり、肋骨が折れたり、顎の骨が砕けたりと無傷で済んだ者は1人もいなかった。

 予想もしなかったステラたちの強烈な反撃に遭い、暴漢12名がプールサイドにノビているところを、異変に気づいたホテルの警備員が応援を呼び、全員に縄を掛けて旧領主邸に連行し、領軍に引き渡したそうだ。


 その後のことは、夕方にオレを訪ねてきたレガート・コランダム領都司令官から報告を受けた。

 レガート司令官と幹部将校3名が暴漢たちを個別に厳しく尋問したそうだ。

 暴漢たちが白状した内容をまとめると、ある男に金で雇われ、旧サンドベリア地区で、若い女を拉致してくるように命じられていたそうだ。

 そして、たまたま屋外プールにいた水着美女4人、ジェスティーナとリリアーナたち護衛3人をターゲットと定め、プール脇の草叢から襲撃の機会を伺っていたそうだ。

 周囲に男の影がなく、護衛も付けていないことを確認し、これは格好の鴨に違いないと確信したのだ。

 プールサイドに人影はまばらで、水着姿の女4人を拉致することくらい雑作もないと思ったのだろう。

 まさか、その中の一人がこの国の王女であり、残り3名がこの国でもトップクラスの女性戦士ヴァルキュリーであるとは思いもしなかったことだろう。


 そして襲撃を実行に移すと、予想外の反撃に遭い、あっさりと返り討ちにされたのだ。

 女性の一人がこの国の王女であることを告げると男たちは一様に驚き、激しく動揺していたそうだ。

 そして、誰に命令されたか問いただすと、暴漢たちはすぐに口を割った。

 彼らに女性の拉致を命じたのは、隣の領の領主アレツ・ルハーゲ子爵だった。

 ルハーゲ子爵の命令で、定期的に女性の拉致誘拐を繰り返していたとのことだ。


 ルハーゲの行いは、処刑されたエレーゼと同様の悪行だ。

 旧サンドベリア地区の女性拉致誘拐事件は、エレーゼだけの犯行ではないことが判明したのだ。


 それとは別件で、数日前旧領主邸の門に糞尿が撒かれる事件が発生した。

 その日から領兵が24時間交代で見張りをしたところ、怪しい男が近づき、糞尿をバラ撒こうとした現場を取り押さえ、今朝方逮捕したのだ。

 男に誰の指示か厳しく問いただしたところ、ルハーゲ子爵の差し金だと判明したのだ。

 恐らく、この前オレに門前払いされたことに対する嫌がらせと思われるが、とにかくゲスで領主の風上にも置けない最低最悪な男だ。


 拉致誘拐を繰り返し、しかも結果的に王女誘拐まで企てた極悪人となると極刑は免れないだろう。


 その件を国王に報告し、捕縛の命が下り、処罰が決まるのは、少し先のことである。

 オレはブリストール領主代行とレガート司令官にルハーゲ捕縛の準備をしておくように命じた。

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