第138話 イシュトリア・シーフードで慰労会(後編)

 フルートグラスの中身を飲み干し、それをテーブルに置くと全員が拍手した。

 それが合図のように、イシュトリア・シーフード自慢の海鮮料理が次から次へと運ばれてきた。


 まず最初に運ばれたのは、豪快な大皿に盛り付けられた刺身である。

 この刺盛りはオレのリクエストに答えて、ここの料理長が特別に作ってくれた一品だ。


 ヒラメ、マグロ、ブリ、タイ、ノドグロ、ホタテ、ヤリイカ、甘エビなど11種類の新鮮な刺し身と、その真ん中の小鉢には生雲丹なまうにが山盛りとなっている。


 イシュトリア・シーフードには醤油もワサビも当然ある訳がなく、刺し身は振り塩とレモンで食べもらった。

 オレとサクラ以外、刺し身は初めての人ばかりで、最初は恐る恐る口に運んでいたが、その旨さに納得すると、先を争うように箸が進んだ。


「生の魚は初めて食べましたが、こんなに美味いとは思いませんでした」

 そう言って、ブリストールが感動している。

 レガート司令官に至っては『目からウロコが落ちました』と言って相当の気に入りようだ。


 次に運ばれてきたのは車海老の塩焼き、ノドグロ一夜干しの塩焼き、シーフードパエリア、海鮮スープ、アサリの白ワイン蒸し、アクアパッツァ、ガーリックシュリンプなど、どれもこれも食欲を唆る美味しそうな料理であった。

 そして最後に茹でたて3大ガニ(タラバガニ、ズワイガニ、毛ガニ)の盛り合わせが出てきた。


 このレストランには生簀いけすがあり、自分で食べたい魚を選んで、好みの調理法を指定できるのだ。

 また港が近いこともあり、魚介類はどれも鮮度抜群で、その種類や量も多く、しかも安いのだ。

 恐らく、セントレーニアの半額以下の値段であろう。


 みんなのお腹が落ち着いた頃、ヴァレンスが立ち上がり、こう言った。

「皆さん、それではお待ちかねのショータイムです」

 いやいや、待ってないし、何も聞いてないからとオレは突っ込みたかった。


 イシュトリア・シーフードの予約はサクラの担当であったが、場を盛り上げようと、ヴァレンスやアーロンと相談して考えてくれたのだろう。


「まず最初は、女性戦士ヴァルキュリーのリリアーナ、フェリン両名による演武です、迫真の演技にご注目下さい」


 そう言うと、女性戦士ヴァルキュリーの純白と群青色に金の縁取りの戦闘服アーマードレスに着替えたリリアーナとフェリンが登場し、オレたちに一礼した。


 そして長剣ロングソードを構え、演武を開始した。

 それは剣技と格闘技をミックスした流れるような動きで、戦闘時の基本と応用の型を再現しているのだと言う。

 真剣な表情で同期シンクロした一糸乱れぬ動きの美しさに観客は全員目を奪われた。

 実力も容姿の美しさも王都でトップクラスである二人の迫真の演武は迫力満点だった。

 約10分ほど続いた二人の演武が終わると拍手が鳴り響いた。


 フェリンとリリアーナが席に戻ってくると、セレスティーナが声を掛けた。

「ふたりとも素晴らしかったわ。

 私も昔よく演武やらされたけど、今はあれほどやれるか自信ないな」


 それを聞いたフェリンが言った。

「何を言ってるんですか先輩。

 私たちはセレスティーナ先輩の演武に憧れて入隊したんですよ」


「えっ、そうなの?、ありがと」

 セレスティーナは少し恥ずかしそうだった。


 みんなが演武の余韻に浸っているとヴァレンスがまた立ち上がった。

「それでは本日のメインエンターテイナーにご登場いただきましょう。

 次はこの方です、どうぞ」

 ヴァレンスがそう言うと、アラブ風のエスニックな音楽が鳴り響き、一人の女性が踊りながら登場した。

 まるでベリーダンスのような妖艶な動きで、踊っているのは、どう見てもリーファである。

 長い髪をハイポジションで結んだポニーテールにして、赤いブラトップとパレオ風の腰布を巻いたセクシーな衣装でオレたちのテーブルの周りを踊り始めた。


 男たちは、リーファの動きを目で追い、誰もが釘付けになっている。

 リーファは腰をクネクネと動かし、肩から掛けた薄い半透明の布を回りながらヒラヒラさせて踊る、この動きはどう見てもベリーダンスだ。

 時折、妖しい視線をオレに投げかけ、挑発しているようにも見える。

 約15分ほどのダンスが終了し、リーファがフィニッシュポーズを決めると、観客は立ち上がり、拍手を送った。


 ヴァレンスが再び立ち上がって言った。

「お楽しみいただけましたでしょうか。

 彼女こそシュテリオンベルグの紅玉ルビー、リーファ嬢です。

 皆さん、もう一度盛大な拍手をお願いします」

 そう言うと一同は割れんばかりの拍手をリーファに送った。


 リーファはそれに答えて、手を振り、一人ひとりと握手して回った。

 最後にオレと握手すると、従業員に椅子を持って来させ、『少し詰めて』とサクラとオレの間に強引に割り込んだ。


 そしてジェスティーナに向かってこう言った。

「王女様、少し領主様をお借りするわね」

 一応最低限の礼儀はわきまえているようだ。


 リーファは隣に座るとオレのグラスを持ち、中身を一気に飲み干した。

「踊ると喉が乾くの、領主様、注いでいただけるかしら」

 そう言ってグラスをオレの前に差し出した。

 やれやれと思いながら、オレは黙ってスパークリングワインを、なみなみと注いでやった。


 リーファは喉を鳴らしながら、それを残らず飲み干した。

「これ、美味しいワインね、幾らでも飲めそうだわ」と言って笑っている。


 横目でそれを見ていたジェスティーナとサクラは呆れた様子で苦笑いしていた。

「ねえ、領主様、お願いがあるの」

 リーファが改まった口調でオレに言った。

「私も貴方たちの仲間になったんだから、皆さんを紹介して欲しいの」


 みんなリーファのことは知っているが、リーファは他のスタッフをよく知らないから紹介して欲しいということか。

「分かった、それじゃ紹介しよう」

 そう言うとオレはリーファにスタッフ一人一人の名前と役職などを紹介した。

 リーファがオレの仲間となり、これから各地で活躍してもらうわけだから、名前と顔くらいは覚えて貰わなければならない。


 全員紹介し終わると、そこからはフリートークの時間となった。

 話題は、今朝ジェスティーナが襲撃された事件のことが大半を締めた。

 まずリリアーナが事件の一部始終をみんなに話して聞かせた。

 続いて暴漢12名を逮捕して黒幕が判明するまでの話をレガート司令官が話した。

 それを聞いたみんなは、ルハーゲ子爵の悪どさを口々に非難した。


 夕方6時に始まり、当初は2時間で終わるはずだった慰労会は予定を大幅に超え、終了したのは夜10時半を過ぎていた。

 『そろそろ閉店のお時間です』と従業員が申し訳無さそうにサクラに伝えてきたのだ。

 その頃には、ほぼ全員が酔っ払っていて、リーファも他のスタッフと旧知の間柄のように酒を酌み交わし、馴染んでいた。

 名残惜しいが、そろそろお開きにしようと、オレたちはイシュトリア・シーフードを後にした。

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