第129話 招かれざる客

「ここまでひどいことになっていたとは…

 直轄領の総督として、この状況を把握していなかった責任は私にあります」

 そう言ってブリストールは肩を落とした。

 情報収集を疎かにし、隣の領地の異変を王都に報告出来なかった責任は確かにあるだろう。


 次に農産組合長のアンドレア・ポドレスの話を聞いた。

 夜逃げによって農民が放棄した農地は至るところで荒れ放題、畑は雑草だらけで、農民が戻っても作物が作れるようになるには暫くかかるだろうとのことだ。


 水産業も悲惨だ、水産組合長のレオナード・イシュトリアの話では、船を出すと魚は獲れるが、魚の仕分けや網の手入れなど人員不足で追いつかず、漁師は睡眠時間を削って働いており、疲労困憊で既に限界に来ているそうだ。


 聞き取った話をサクラが要約して情報共有アプリに入力し、リアルタイムでオレに送信してくれたが、人口が一気に減少した影響が随所に出ており、機能不全に陥ってることが明白になった。


 これは早く手を打たないと手遅れになる。


 その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「会議中失礼します」

 そう言って入ってきたのは護衛のリリアーナだった。

「伯爵様、お客様です」


「ん?、来客の予定は無いはずだが、誰だ?」


「アレツ・ルハーゲ子爵と仰ってますが」


「ルハーゲ?」


 それを聞いて、ブリストールが、小声で教えてくれた。

「それは、この領地に隣接するルハーゲ子爵領の領主ですな。

 子爵領としては他に比べて小さい方です」


 大事な会議中だから断ろうかとも思ったのだが、折角来たのだから会うだけ会うことにした。

 一同に中座の非礼を侘びて、玄関先に出ていくと従者を連れた男が待っていた。

 風体ふうていを一言で表すと「限りなく薄い頭髪、ちょび髭、小柄で肥満の脂ぎった中年」だ。


「お待たせした、私が領主のカイト・シュテリオンベルグです」


「ふむ、貴公がシュテリオンベルグ伯爵であるか」

 その男は上から下までジロジロとオレを見回した。


「儂は隣の領主をしておるアレツ・ルハーゲ子爵である。

 貴公が着任したばかりで忙しかろうと思って、今日はわざわざ出向いてきたのだ」と恩着せがましく言った。


「貴公は国王陛下に気に入られ、エレーゼの奴を排斥はいせきし、まんまと領地を手に入れたと聞いたが、全く運が良いのぉ、わははははっ」と高笑いした。


 初対面の男に何故そのようなことを言われなければならないのか。

 オレはこの慇懃無礼いんぎんぶれいな男が一瞬で嫌いになった。

 そもそも、こういう空気が読めない男は生理的に受け付けないのだ。


 しかし、隣の領主だし、今後の付き合いも有るだろうから無下むげにすることも出来ない。

「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」


「いやいや、礼には及ばぬ。

 ん~、ここで立ち話も何だし、上がっても良いかな?

 手土産に魚の干物ひものを持って来たから、それを肴に一杯やらんか?」と言ってニヤニヤ笑っている。


 まだ昼前なのに、この男は何を言っているのだろう。

「申し訳ないが、今会議中なので、またの機会にしてもらいたいのだが…」


 その言葉にルハーゲ子爵は機嫌を損ねた。

「会議?、どうせろくでもない相談であろう。

 そんなもの後回しで良いではないか」


 ろくでもない相談?

 所領の窮状を救う相談をしているのに、それがろくでもない相談だと…

 オレはその言葉にブチギレた。

 昼間っから酒など飲んどる暇はない!

 みんなを待たせておるから、お引取り願おう」


「な、なんだと

 わ、儂がせっかく馬車で来てやったというに追い返すつもりか?」


 それから暫く押し問答の末、その場に居た衛兵が総掛かりでルハーゲを敷地外へと追い出した。

「儂を邪険に扱いおって…

 もう来てくれと言っても来てやらんからな、覚えとけ!」

 ルハーゲ子爵は捨て台詞を残し、渋々帰って行った。


 子爵位は伯爵位よりも1段下位の爵位であるはずだが、爵位持ちの先輩として新米伯爵のオレに対し、講釈でも垂れたかったに違いない。

 それにしても、立場をわきまえぬ、あまりにも無礼な物言いだ。


 あとでブリストールから聞いたところ、ルハーゲ子爵は『世襲で得た地位に胡座あぐらをかく、KY(空気読めない)で無能な馬鹿領主』と言うのが世間一般の評価だ。

 オレはその評価に納得した。


 その後、会議は昼まで続き、午後からは参加メンバーの案内で、領内の現状をつぶさに視察した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夜はオレの部屋で食事しながら、スタッフと領内の財政について打ち合わせを行った。

 伯爵領全体の財政についてヴァレンス・バンダムが報告した。

 彼は元ブリストールの副官だったので、近隣を含めた領の財政に詳しいのだ。


「センレーニアの税率は15%です。

 これは直轄領としては標準的な税率で、昨年1年間の税収は金貨で90万枚ありました」(※金貨1枚=10万円、円換算で900億円)

 話を要約するとセントレーニアは、ブリストールの堅実な領地経営と聖地巡礼の恩恵による観光産業が好調で、税収が伸びたのだ。

 一方、旧サンドベリアの税収は年間金貨30万枚とセントレーニアの3分の1であった。

 旧サンドベリアは、人口は半分なのに税収は3分の1なのだから、セントレーニアが如何にポテンシャルが高い都市なのかが良く分かった。


 周辺の街や小さな村落を合わせると伯爵領全体の税収は金貨150万枚に達した。(円換算で1500億円)

 使途の内訳は、領地運営費が金貨75万、国庫上納金が金貨45万枚、残りの金貨30万枚(300億円)が領主であるオレ収入となる。


 しかし、旧サンドベリアの住人に1年間租税免除を実施すると、金貨30万枚の税収が消えるので、領地全体の税収は金貨120万枚に減る。

 そこから領地運営費の金貨75万枚と国庫納付金の金貨45万枚を差し引くと領主であるオレの収入はゼロとなる訳だ。


 個人的には1年間くらい収入ゼロでも構わないが、生活困窮者に援助する資金や復興資金として金貨30万枚が最低でも必要だと言う試算結果となった。


 旧サンドベリアの人口減少で、来年は国庫納付金が金貨43万枚程度に減額される見通しだが焼け石に水だ。

 国庫納付金は、領民の人数と領地の広さで決まるとアーロン・リセットが教えてくれた。

 ちなみにシュテリオンベルグ伯爵領の総人口は約68万人で7割が都市に住み、3割が村落に住んでいるとのことだ。


 旧サンドベリア地区の復興資金をどう調達するかが、今後の重要な課題だ。

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