第128話 旧サンドベリアの現状

 南国特有の強い日射しが、カーテンの隙間から容赦なく差し込む。

 その光をものともせず、ジェスティーナはまだ夢の国の住人であった。

 最近は、その美しく愛らしい寝顔を布団の中で眺めるのが、オレの寝起きのルーティンとなっていた。

 せっかく良い天気なのだから、ジェスティーナとビーチでのんびり過ごしたいところだが、残念ながら今日は夜まで予定がびっしりなのだ。


 異世界でのんびり悠々自適に暮らす筈だったが、どうしてこうなった?

 しかし、今更そんなことを言っても始まらない。


 オレたちは、昨日『唄うクジラ亭』をチェックアウトし、サエマレスタ・リゾートへ移動していた。

 ここは以前サンドベリアに来た時に滞在したホテルだ。

 今回はヴィラ棟ではなく、ホテル棟の高層階に1週間滞在する予定なのだ。

 高層階は全室スイートで部屋割りは次の通りとなった。

 1部屋目 オレとジェスティーナの部屋

 2部屋目 フェリンとリリアーナ、ステラの護衛3名の部屋

 3部屋目 サクラとセレスティーナの女性秘書・補佐官部屋

 4部屋目 ヴァレンスとアーロン・リセットの男性部屋


「私たちまでこんな良い部屋に泊めてもらって申し訳ないです」とアーロン・リセットは言うが、警備や打ち合わせの都合があるから仕方ないのだ。


 ブリストール領主代行とレガート司令官は、当初ホテル住まいの予定だったが、職場と宿を行き来するのが面倒だと言うことで、新市庁舎が出来るまで旧エレーゼ伯爵邸に寝泊まりして執務を行うこととなった。

 オレは、忌まわしい思い出しかないエレーゼ伯爵邸で寝泊まりするのは、虫唾むしずが走るほど抵抗があったが、ブリストールとレガートは全く気にしないのだ。


 旧エレーゼ邸は、修復され、騒乱の痕跡は微塵もなかった。

 オレとソフィアが閉じ込められた地下牢の入口は分厚い板が打ち付けられ、封鎖されていた。

 そのことからもブリストールが余程念入りにチェックしたことが伺える。


 今日は午前10時から地元の知識人に集まってもらい会議を行う事となっていた。

 メンバーは下記の通りだ。

 ◎アラン・コルビュロ(旧サンドベリア賢人会議元議長)

 ◎ナナ・クレスタ(サン・ドベリア学園学園長)

 ◎ヤン・ミーセン(サン・ドベリア教会司教)

 ◎アルバレッド・ピコロア(サンドベリア商店会長)

 ◎エレナ・レンヌ(サンドベリア自治会長)

 ◎アンドレア・ポドレス(サンドベリア農産組合長)

 ◎レオナード・イシュトリア(イシュトリア・シーフード会長、水産組合長)

 ◎アンジェラ・サエマレスタ(サエマレスタ・リゾート社長)


 何れも住民の信頼が厚い市内在住の著名人だ。


 この会議には、領主であるオレと国王の名代であるジェスティーナ王女、ブリストール領主代行の他、オレのスタッフも全員出席した。


 最初に新領主であるオレが挨拶した。

「皆さん、本日はお忙しい中、ご参集いただきありがとうございます」

「国王陛下から、この地の領主を拝命いたしました、カイト・シュテリオンベルグです」

「御存知の通り、前領主の悪政により、旧サンドベリア領の住民は疲弊し、他領への夜逃げも常態化して、生活に困窮している人が多いと聞いております」

「今日は、皆さんから現状を聞き取り、今後の領政を策定する手掛かりとしたいと考えていますので、どうか忌憚きたんの無いご発言をお願いします」


 オレの言葉が終わるのを見計らって、一人の男が手を上げ発言を求めた。

 その男の席札を見ると『アラン・コルビュロ』とあった。

 風体ふうてい白髭しろひげたくわえた好々爺こうこうやという感じの男である。


「本日は新領主様、またジェスティーナ王女殿下のご臨席を賜り、誠に光栄に存じます。

 また、私どもに発言の機会をお与え下さり、庶民の置かれた現状を把握し、領政を立て直したいとの領主様のお言葉、流石は国王陛下がお認めになった慧眼けいがんの持ち主であると感服致しました」

 ちなみに慧眼けいがんとは、物事の本質や裏面を見抜く優れた洞察力を持っていることを言う。


「加えて、前領主の悪政を暴き、これを捕縛し、法の元、適正な処罰を下していただいたこと、サンドベリアの住民一同を代表致しましてお礼申し上げます」

 すると8名全員が床に片膝を付き、臣従の礼を取った。

 臣従の礼とは家臣が君主に対し、服従を示す儀礼であるが、改めて感謝の言葉を言われると照れくさかった。

 後で分かったのだが、アラン・コルビュロは旧サンドベリア賢人会議の元議長だった人物だ。

 賢人会議は前領主に強制的に解散させられ、今は存在しない。

 他の7人のうち5人は元賢人会議のメンバーだった。


 各方面を代表する8人の意見を聞いたが、かなり悲惨な内容だった。

 前領主が父親の急死により領主の座に就いてから2年半が経つが、税金は5倍となった。

 元々13%だった税率が徐々に上がり、最終的に65%になったのだから払える訳がない。

 庶民は困窮し、税金を払えない者は娘を差し出すか、夜逃げするしかなく、働き盛りの年代を中心にサンドベリアを見限り、他領へ逃亡した人は、ここ2年間で2万人を超えるという異常事態となっていた。

 サンドベリアの人口は元々12万人なので人口比で16.7%もの人が他領へ流出したことになる。

 前領主は人口が減ると税収も減ると言うことを考えなかったのだろうか。

 サンドベリア学園のナナ・クレスタ学園長からは、子供が減った影響で学生は以前の半分近くになってしまったと言っていた。

 子供の他領への流出と、生活費を稼ぐために子供にも働かせる家庭が増えて、学園に来れないのだそうだ。


 人口流出で働き手が減っていることもあるが、どの業種も人手不足が深刻だ。

 特に商業地区とホテルでは、人手不足がより深刻で一部のホテルや商店では、営業休止に追い込まれたところもあるそうだ。

 オレたちが宿泊しているホテルのオーナーである、サエマレスタ・リゾート社長のアンジェラ・サエマレスタの話では、ヴィラ棟の7割は人手不足で閉鎖しているとのことだった。

 ちなみに彼女は、20歳になったばかりの清楚な美女なのだが、小さい頃に父親を亡くし、祖父からリゾート経営を徹底的に叩き込まれ、つい最近社長に就任したばかりだと聞いた。

 生活困窮者にリゾートで余った食材を利用し炊き出しを行ったり、生活物資の無償提供を行うなど、若いながらも人望が厚く、このメンバーに選ばれたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る