第82話 ナンパじゃなくてスカウトです

 最初は思いつきに過ぎなかった美人専属客室係バトラーエミリアのスカウトであったが、よくよく考えるとオレのリゾートには必要不可欠な人材に思えてきた。


 特に今開設準備中の『アクアスター・リゾート』には、超豪華なスイートルームが3室もあるし、専属客室係バトラーのサービスを提供するのは必然であろう。


 いつの間にかオレはオプショナルツアーの観光そっちのけでエミリアのナンパ、じゃなくてスカウトに真剣になっていた。


「エミリアさん、この仕事は長いんですか?」


「はい、ここに勤務して8年目になります」

 エミリアの話によると10歳から下働きとして『旅亭アルカディア』に入り、15歳からは客室係となり、昨年から専属客室係バトラーになったそうだ。


「と、言うことは今は18歳か、オレと同い年だね」


「え、ハヤミ様は落ち着いていらっしゃるので、年上かと思ってました」とエミリアが言う。

 確かにオレの精神年齢は30歳なのだから、エミリアの推測は当たっていなくもない。


「よくそう言われるけど、まだ18歳なんだよ」


「この落ち着きのないクラリスが20歳、護衛のステラは来週で18歳なんだ」


「カイト様、落ち着きがないって、どういうことですか」とクラリスが怒り出すから面白い。


「何度も言うけど、貴女はオレのリゾートに必要な人材なんだ」

 オレが繰り返し勧誘するものだから、エミリアは困っていた。


「折角のお誘い、とてもありがたいですが、契約が残っていますのでお受けできません」


「それじゃ違約金を払えば契約を解除して貰えるのかな?」


「そうかも知れませんが、簡単な話ではないと思います」と奥歯に物の挟まったような言い方で、何故か歯切れが悪い。

 エミリアの表情は曇り、何か事情がありそうな感じだ。


 オレたちは約180種3万株の薔薇が咲き乱れるローズガーデンを見学した後、果樹園の隣りにある、ワイナリーで昼食休憩を取った。


 このワイナリーには試飲コーナーがあり、ワインセラーの見学ができる他、レストランや直売店も併設されており、食事をしたりワインを購入することもできるのだ。

 エミリアの話では、このワイナリーもアルカディアグループの系列だと言う。


「アルカディアグループって随分と多角経営なんだね」とオレが感心する。


「他にも牧場や果樹園なども経営してます」とエミリアが説明してくれた。

 アルカディアグループはホテル、飲食店、馬車会社、ローズガーデン、ワイナリー、果樹園、牧場、土産物店を経営するセントレーニアで最大の企業グループだそうだ。


 オレたちは、アルカディアワイナリーの洒落たレストランで昼食をとった。

 300gのビーフステーキに赤ワインソースを添えたボリューム満点のメインディッシュにパン、サラダ、ポタージュ、コーヒーとグラスワインが1杯付いている。

 飲んべえ揃いのオレたちにワイン1杯ずつでは足りる筈もなく、別に2杯ずつ注文した。


 なるほど、オプショナルコースに含まれないワインや土産物を買わせて儲けているのか。

 良く考えられた上手い商売だとオレは感心した。


 昼食後、王室一家とアスナやサクラにお土産としてワインや薔薇の香水、化粧品などを購入した。

 どうせ異空間収納に入れておけば、荷物にならないし劣化もしないので問題ないだろう。


 午後からは、腹ごなしにワイナリーの葡萄畑ぶどうばたけを見て歩き、その隣にある広大な果樹園を散策した。

 ワイナリーや果樹園は標高500mの高原地帯にあり、街中よりも涼しく快適だった。


 果樹園にはリンゴや梨、桃、オレンジ、食用の葡萄などが栽培されており、試食してみるとどれも甘く美味しかった。

 これらも異空間収納に入れておけば劣化しないので、箱単位で果物を何箱も購入した。


 そして果樹園に隣接する土産物店に寄ってまた散財する。

 この店もアルカディアグループの系列なのは言うまでもない。


「たくさんお買い物していただき、ありがとうございます」とエミリアが礼を言う。


「いや、いい商品がたくさんあるから、つい買ってしまうね」


「カイトさま、いくら使ったんですか~?」とクラリスが聞く。


「え~っと、金貨10枚(約100万円)位かな」


「それ、どう見ても買いすぎですよ~」とクラリスがオレに注意する。


 確かに買い過ぎかも知れないが、お土産を見て喜ぶ人たちの顔を思い浮かべると、ついつい買ってしまうのだ。


 買い物を終えて、馬車は宿へ向かって走り出す。

「ハヤミ様、今日の夕食はどうなさいますか?」とエミリアが聞いてくる。


「そうだな~、昨夜も今日の昼もステーキだったから、今日は別のものが食べたいな。

 エミリアさんオススメの店はありますか?」


「それではシーフード料理は如何でしょう?

 その店は、サンドベリアの漁港から魚介類を毎日直送していて、お値段は少し高いですが、ご満足いただけるお料理をご提供していると思います」

 エミリアによるとサンドベリアはここから約80kmの距離にあるのだが、魔導製氷技術の発展により、新鮮な魚介類の輸送が可能だと言う。


「へ~、エミリアさんお勧めの店なら間違いないね。

 それじゃ、その店を4人で予約してもらってもいいかな?」


「4人ですか?、あと1人どなたか行かれるのですか?」


「そのもう1人はエミリアさんだよ。

 専属客室係バトラーとして最高のもてなしをしてくれるし、今日一日オレたちを案内してくれたから、そのお礼に招待したいと思ってね。

 それに、お客様の要望を聞くのが専属客室係バトラーの仕事なのでは?」


「確かにその通りなのですが、上司に許可を得なければなりません」


「それじゃあ、戻ってから聞いてみてよ」


「分かりました、戻ってから確認致します」


 オレたちを乗せた馬車が、人気の無い丘に差し掛かると、突然十数人ほどの男たちが草叢から現れて馬車を取り囲んだ。

 どう見ても盗賊だと言う風体で、頭目と思しき男が近づいて来てこう言った。

「命が惜しければ、女と金目の物を置いて立ち去れ!」


 御者は、慌てて馬車を停め、盗賊たちに立ち向かおうと武器を取りだした。

 隣りにいたエミリアは、怯えた様子で無意識にオレの腕を掴んだ。


「へ~、こんな所にも盗賊って居るんだ…

 ステラ…、出番だよ、やり過ぎないようにね」

 オレが言い終わる間もなく疾風怒濤の如く、ステラが馬車から飛び出し、盗賊共を切り捨てていった。


 盗賊の頭目は、首と胴体が離れたことに気付かないうちに絶命していた。

 それをたりにした盗賊共は、悲鳴を上げて逃げ出したが、百戦錬磨のステラに叶うはずもない。

 僅か1分ほどで盗賊たちを切り捨て、辺りは血の海となった。


「あ~あ、今回は私の出番は無しか…」

 クラリスは取り出した携帯用の弓を構えたが、既に動く標的は見当たらなかった。


 それを見た御者とエミリアは驚き、目を見開いていたが、やがて正気に戻り、ステラに礼を言った。

 正にSクラス冒険者の面目躍如めんもくやくじょと言ったところだ。


「ステラありがとう、いつもながら見事だね」とオレが褒める。


「いえ、大したことありません」とステラは頬を赤くして照れている。

「それより、これどうしますか?」とステラが聞いた。


「後で街の衛兵が確認に来ると思いますので、頭目の首級くびだけ証拠として持っていけば問題ないと思います」と御者が教えてくれた。


 御者はステラが差し出した首領の首級くびを受け取り、街に戻ったら衛兵詰所に行き報告しますと言った。


 そんな騒ぎがあって到着が少し遅れたが、オレたちは旅亭アルカディアに戻った。

 エミリアが上司に確認して、オレたちと一緒に食事に行く許可が貰えたのでレストランは4人で予約しましたと教えてくれた。


 予約した時刻に間に合うようオレたちはエミリアを含めた4人で、シーフードレストランに向かった。

 到着して店の名前を見てみると、『シーフード&ワイン白ひげ亭』と書いてあった。


 どこか見覚えのある店名だと思いエミリアに聞いてみると、『ステーキ&ワイン黒ひげ亭』の姉妹店で、ここもアルカディアグループの店だと言う。


 入口に掛かっている海老とひげをデフォルメした看板も確かに似ている。

 なるほど、やることが徹底してるなぁ、とオレは感心した。

 旅亭アルカディアに泊まる客は、当然金持ちが多いのだから、グループの店舗へ誘導して金を使わせると言う一種のビジネスモデルが出来上がっているのだ。

 これはオレのリゾートでも応用出来るぞ、と密かに思った。

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