第83話 シーフード&ワイン白ひげ亭

 旅亭アルカディアの専属客室係バトラーエミリアお勧めの店『シーフード&ワイン白ひげ亭』は、早い時間から賑わっていた。


 店内には大きな水槽や生簀いけすが幾つもあり、色々な海老や蟹、魚が泳いでいて確かに鮮度は良さそうだ。


 この店では、客が好みの魚を調理法を指定して厨房で調理してもらえるそうだ。

 見た限りでは、どの魚も美味うまそうに見える。


「どれが宜しいですか?、お選びいただければ調理してもらいますが」とエミリアが聞いた。


貴女あなたは、今夜この店に客として来ているのだから、オレたちに気遣いは不要だよ」とオレが言うとエミリアは恐縮した。

 身に染み付いた旺盛なサービス精神から黙っていられなかったのだろう。


 オレたちは、それぞれ好みの魚介類を選び、店員に料理を注文した。

 暫くするとオレたちのテーブルに料理が運ばれ、女性陣はその見事な料理に歓声を上げた。

「カイトさま、とっても美味しそうですよ」とクラリスの目が輝いている。


 ロブスターのグリル、鯛の岩塩焼き、ワタリガニの姿蒸し、ガーリックシュリンプ、平目のアクアパッツァ、サーモンのカルパッチョ、シーフードパエリアなど豪華な料理が並べられた。


 この料理の数々にシャッターチャンス到来とばかり、オレはスマホを構え、える構図で何枚も写真を撮った。

 こんな美味しそうな写真を送ったら、またジェスティーナの不評を買いそうだが、毎日写真を送ると言った手前送らざるを得ない。


 シーフードと言ったら、もちろん白ワインだろう。

 ソムリエお勧めの白ワインをボトルで注文した。

 シャトー・アルカディアの『シャトー・アルカディア・ブラン』と言うワインだが、当然このワイナリーもアルカディアグループなのだ。


 オレたち4人はワインで乾杯して料理に次々と手を伸ばした。

 美女を3人もはべらせ、豪華な料理に舌鼓したづつみを打つとは、傍目はためから見れば『何と贅沢な男』と映っていることだろう。


「仕事柄、知識としては知っていたのですが、実際にこの店の料理を食べるのは、初めてなんです」とエミリアが目を輝かせている。


「じゃあ、この平目のアクアパッツァも食べてみてよ」とオレが勧める。


「美味しいです、こんなに美味しい料理が世の中にあるなんて…

 ハヤミ様、お食事にお誘いいただきありがとうございます」とエミリアは涙目になりながら、料理を口に運んでいた。


 専属客室係バトラーとして知識だけ与えられ、実際の料理は食べたことがなかったとは……。

 オレはエミリアにあわれみを覚えた。


「オレのリゾートに来てくれれば、毎日とは言わないけど、週に1度はこれに負けないくらいの美味しい料理が食べられるよ、ただし自分で稼いだお金でね」


「え、そうなんですか?」


「そう、労働者と雇用主は対等な関係だから、自分で稼いだ金は自分で使っていいんだ。

 労働者は労働力を提供し、雇用主はその対価として働きに応じた適正な賃金を支払い、働きやすい環境を提供する義務があるんだよ。

 少なくともオレのリゾートは、そう言う環境にしたいと思ってるんだ」


 美味しい料理とワイン、それに同年代の女性が居ることで話も弾み、エミリアは徐々に心を開き始めていた。


 オレはアクアスター・リゾートが如何いかに素晴らしいリゾートであるかエミリアに滔々とうとうと語った。

 大自然の中にあり、星を見ながら入れる露天風呂があること。

 森には森林浴しながら入れる美人の湯があること。

 温泉は時間限定だが従業員も入浴できること。

 湖で釣れるニジマス料理が美味いこと。

 リゾート内は自家発電で夜も灯りが灯ること。

 階段を使わずエレベーターで移動できること。

 従業員には全員個室が与えられることなどを話した。


 それを真剣な表情で聞いていたエミリアは、その話を魅力的だと感じていた。

「ハヤミ様のリゾートは王都から遠いんですよね…

 移動に時間が掛かるのではありませんか?」


「そうだね、片道600kmあるから馬車で片道1週間は掛かるけど、飛行船だと2時間で行けるんだよ」


 それを聞いたエミリアは目を丸くした。

「え…、飛行船?、空を飛ぶ船ですか?……」


「機会があれば見せてあげたいけど、イルカ型の飛行船があるんだ。

 セントレーニアから王都まで飛行船に乗れば5時間で行けるよ」


「凄いです、わたし飛行船なんて見たこともないです」と驚いている。


 オレはエミリアに女神から与えられた加護の話をつまんで説明した。


「ハヤミ様って、只者じゃないと思ってましたが、女神様の御使みつかい様だったのですね」

 なんだか話が変な方に向き始めた。


「うん、まあ御使みつかいではないけど、女神の友達といった方が近いかな~」

 女神フィリアもオレに友達扱いされるとは、思いもしなかっただろう。


「でも、そんなに恵まれた環境で働けるなんて、ホントに羨ましいです」

 エミリアは少し遠い目になった。


「もしかしたら、今の職場を離れられない理由って何かあるの?

 良かったら、オレに話してくれないかな」


 オレがそう言うとエミリアは戸惑っている様子だったが、やがて意を決したように言った。

「ハヤミ様と2人でしたら、お話できると思うのですが」と申し訳無さそうにステラとクラリスを見る。


 その意味を察したステラとクラリスは「私たちお腹いっぱいになったから、先に帰りますね~」と席を立った。


 オレと2人きりになったエミリアは、廻りに人がいないことを確認し、躊躇ためらいながらも自らの身の上を語り始めた。

「私はライナッハ地方の準男爵家の三女として生まれました。

 家は裕福ではありませんでしたが、それなりの礼儀作法や教育を受けて育てられました。

 私が9歳の頃、父が友人の勧めで商売を始めたのですが、所詮は素人、1年も経たずに多額の借金を抱えてしまったのです。

 金策に行き詰まった父は、借金を肩代わりする代わりに私を奉公に出すと言う契約をアルカディアグループ総帥のゼビオス・アルカディア様と結んだのです」


 自分の娘を金と引き換えに見知らぬ土地へ一人で奉公に出すなど、何とも酷い話であるが、さほど珍しい話ではないと言う。

「私は10歳の時、身一つでゼビオス様の元に引き取られ、その日から旅亭アルカディアで皿洗いや洗濯、館内清掃などの下働きとして働き始めました。

 15歳になると客室係を命じられ、これはチャンスだと思い、毎日お客様のことを考えて笑顔で接客するよう心がけたら、それが認められて去年からスイートルームの専属客室係バトラーに抜擢されたのです。

 私は今の専属客室係バトラーの仕事がとても気に入ってます。

 お客様のご要望を伺い、滞在中快適にお過ごしいただけるよう真心を込めてサポートして、お客様から『ありがとう』って感謝された時、生きる喜びを感じるんです。

 私は、この仕事が自分に合ってると思うし、続けていきたいと思ってます。

 ハヤミ様から、私をご自分のリゾートの社員として採用したいと言われた時、自分の仕事が認められて嬉しいと思いました。

 そしてハヤミ様のリゾートで働いてみたいと思いましたが、ゼビオス様は借金を返し終わるまで私を絶対に手放さないと思うのです」

 そう言ってエミリアは寂しそうな顔を見せた。


「なるほど、その借金を何とかすれば光明は見えてくる、と言うわけか…

 それで借金の残高は幾らくらいなの?」


「恐らく金貨80枚ほどだと思います」


「金貨80枚か、それならオレが何とかできると思うよ。

 エミリアさんには無理言って来て貰うから、毎月の給与として金貨5枚を支払つもりなんだ。

 もし、オレに金を出して貰うのが嫌なら、毎月金貨2枚づつ給与から天引きして返してもらってもいいよ、そうすれば3年で全額返済できるから。

 アクアスター・リゾートでは、基本的に住居費と食事は無料だし、廻りに金を使うような店は無いから、金は貯まる一方だと思うよ」


「ありがとうございます。

 そう言っていただけると気が楽です」


「実は、ひとつ気になっていることが有りまして……

 サンドベリアのエレーゼ伯爵様から私をめかけとして身請けしたいと言う話がありまして、ゼビオス様は何度もお断りしているのですが、手を変え品を変えの攻勢に亭主様もお困りの様子なのです」


「もし身請けされてエレーゼ伯爵のめかけになれば、奴隷のように囲われ、歳を取れば捨てられるのが落ちだと思うんです。

 そうなるのは目に見えていますから、エレーゼ伯爵の元には絶対に行きたくないんですが、亭主様がいつまでその話を断り続けられるか心配なんです」


「エレーゼ伯爵って、そんなに評判悪いの?」


「はい、先代領主様は人格者で善政を敷かれておりましたが、2年前に先代が急死して長男が跡を継いでからは、税金は上がる一方で住民には無理難題を押し付けるし、自分は毎日豪華な食事や酒三昧で、女性を囲ってハーレムを作っているとか、もっぱら悪い噂ばかりです」


「それはひどいい領主だ、何で王室直轄領の総督は何も言わないんだろう」


「総督も直言ちょくげんしているそうですが、エレーぜ伯爵は全く意に介さないそうです」


「エミリアさん、今の話でだいたいの事情は分かったよ。

 要するに亭主のゼビオス・アルカディアと話を付けてエミリアさんを借金から開放すれば、全て解決と言うことだね」


「そう言うことになりますね…」


「それじゃ、明日の朝食後、話があるからオレの部屋に来て欲しいと亭主に伝えて貰いたいんだけど、お願いできるかな?」


「分かりました、そのように亭主にお伝えします」

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