第12話 海辺でトリンを拾う

「おい、水だぞ」

 そう言って、男の上半身を片手で抱え起こし、少しずつ水を飲ませる。

 褐色のトーガのようなダボダボの服を来て、頭もすっぽりとフードで覆っている。

 見た目は痩せてガラガラで、男にしては随分軽いし、まだ子供なのか。


 そいつはゴクゴクと喉を鳴らしながら美味そうに水を飲んだ。

 やはり漂着した遭難者なのか?


 暫くして水を飲み干すと、肩で息をしながらも今度は食料を要求した。

「た、たべもの…、ほしい…、おねがい」


「そう言われてもなぁ、オレたちも食料持ってないし」


 しわがれた声を絞り出すように懇願は続く。

「おれいする、なんでもきく…

 たべもの、ください…、たすけて…」


「何でもするって言っても、ホントに何も持ってないんだよ」

 ちょっと海辺にドライブに来ただけなのに、なんか変なの拾ってしまったなぁ。


 そう思いながらも、オレの『正義感』は、この状況を放っておけないと言っていた。

 うん、このまま放置できないし、助けるのが『人情』というものだ。

 オレは遭難者を抱きかかえ、アウリープ号に運んでトランクルームに寝かせた。

 館までは車で20分くらいだし、ゆっくり走れば問題ないか。


 本当は、もう少し海でゆっくりして夕陽を見たかったんだが、そうも行かなくなった。

 オレはゆっくり走って館へ戻り、ソニアが持ってきたストレッチャーに遭難者を乗せ、救急搬送さながらにダイニングへ運んだ。


 ダイニングに到着するとソニアが厨房から賄い飯の残りを持ってきてくれた。

「今はこんなものしか無いけど、召し上がれ」

 そう言って遭難者を椅子に座らせ、賄い飯をテーブルに置く。


「た、たべものだぁ!」

 そう言うと出された賄い飯を、腹ペコの犬のようにガツガツと食べ始めた。


「おい、そんなに詰め込んだら喉を詰まらすぞ、ゆっくり食え」

 そう言っても聞かず、出された飯をあっという間に平らげ、お代わりを要求した。


 そして、それも食べ終えると今度は。

「み、水がほしい…」

 そう言ってソニアが持ってきたピッチャーの水を腹がタプタプ音がするほど飲んだ。


「ふ~っ、まんぷくだ~!」

 男はようやく落ち着きを取り戻したようだ。


 そしてオレと目が合うと、床にひざまずいて、しゃがれ声でこう言った。

「わたしは、東の大陸から来たトリンといいます。

 旅の途中、嵐で船が転覆し、この海岸に流れ着きました。

 私を助けていただき、ありがとうございます」

 そう言って男は頭を下げた。


「オレはこの館の主、ハヤミ・カイト。

 困っている時はお互い様だ。

 少しは落ち着いただろうから、風呂でも入って汚れを落として、今夜は客間でゆっくり休むといいよ」

 オレは専属メイドたちに客間の準備を指示し、ソニアに客人を大浴場へ案内させた。


 今日オレたちが、あの海岸に行ったのは全くの偶然だ。

 もし別の場所に行ってたら、彼は一体どうなっていたのだろう。

 恐らく力尽きて、海鳥や小動物の餌食になっていたのでは無いか。

 そう考えると何か運命的なものを感じる。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日の朝食後、オレが自室のリビングでコーヒーを飲んでいるとソニアが入ってきた。

「ご主人さま、失礼致します」


 専属メイドの他に、見慣れないメイドが一人いた。

 真っ白な肌で、目の色は黒、かなりの細身だが、他のメイドたちにも負けないくらいの美少女だ。


「誰?、新しいメイド?」


「いいえ、この方はトリン様でございます」


「えっ?、トリン様って誰だっけ?」


「昨日、ご主人さまが私たちと一緒に砂浜で救助した方でございます」


 「えぇ~!」

 オレは飛び上がるほど驚いた。

 なんだ、そうか女性だったのか。

 かなり細くて軽くて痩せているとは思ったが、まさか女だったとは!


「トリン様に合う服を見つけられませんでしたので、とりあえずメイド服を着ていただきました」

 ソニアは、そう言うとトリンに合図した。


 その合図の意味を理解し、トリンは一歩前に出てこう言った。

「カイト様、私のような者の命をお救い下さいまして、誠にありがとうございます」

 トリンはオレの前にひれ伏し謝意を示した。


「君が昨日の遭難者だったとは思いもしなかったよ。まあ、そこに座って話そうか…」

 オレはそう言ってトリンに対面のソファを勧めた。


「本当に大変な目にあったね。

 体調はどうなの?」


「はい、一晩ぐっすり寝たら、だいぶ回復しました」


「そうか、それは良かった。

 体調が戻るまで、暫くはこの館に滞在するといいよ。

 それにしても、あんな格好してるから男だと思っていたが、こんなにキレイな女性だとは思わなかったなぁ」

 海岸で助けた時、彼女は確かに男装だった。


 トリンは『キレイな女性』という言葉に反応し、照れながらこう言った。

「あれは、女が一人で旅をしていると良からぬ輩に目をつけられてしまいトラブルの元ですから、敢えて男装をしていたのです」


「なるほど、そう言うことだったのか。

 しかし、若い女性が一人旅とは…

 いったい、どこへ行くつもりだったの?」


「はい、仕官先を探していたのです」


「仕官先?」


「私は、リルトランデ王国の筆頭宮廷錬金術師メルキューラ様の弟子として6歳から仕えておりました。

 しかし、兄弟子の卑劣な罠に嵌められて、メルキューラ様のお怒りを買ってしまい、破門となりました。

 破門された私には最早もはやリルトランデ王国に居場所はなく、新たな仕官先を探すため逃げるようにして旅に出たのです」


「そうか、まだ若いのに大変な目にあったね。

 宮廷錬金術師に破門されて、それで仕官先を探して一人旅か…

 それなのに嵐にあって遭難するなんて、つくづく不運だねぇ、同情するよ」

 そこまで言ってオレは思った。

 あれ『錬金術師』って言うキーワード、最近どこかで聞いたぞ!

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