第6話 風紀委員
「明日香!」
「お、お前いきなりなんなんだ!?今は、取込み中だと言っているだろう!」
「うるせえ!」
ギャーギャーうるさい生徒を一喝して黙らせる。
「明日香……帰ろう。今日は取り敢えず家でゆっくりしよう。」
「り、リク……わ、私は…。」
「いいんだ。こんな奴らのことなんかほっといて。」
「おい、お前。勝手に入ってきて何を言っているんだ。そのクソビッチは今私たちが話を聞いているんだ!」
「消えろ。これ以上俺の機嫌を損ねるな。」
あんまりうるさいようなら殺すまでだ。それに明日香がビッチだと?明日香がどんな思いで…。
しかし、そんな空気を察した明日香が俺の手を握る。
「リク、駄目だ。私のためなのは嬉しいが無闇に人を殺さないでくれ。」
自分に余裕がないのに他人を気遣う。これがどれだけたいへんなことか。
俺はこれ以上明日香に負担をかけないために怒りを鎮める。
「明日香、今日は帰ろう。」
「ああ、分かった。」
「おい、勝手に話を進めるな!」
風紀委員がうるさい。小物風情が…。明日香が止めてなかったら、お前ら全員血の海だぞ。
「お前ら、明日香が何したってんだよ?」
ひとまず、なぜこうなっているのか聞いてみる。答えはもうわかってるけどな。
「知らないのか?今朝、学校中に、その女が複数の男と性交をする動画が送られてきた。」
「知っている。」
「私たちが動いているのはそれが原因だ。たとえどれだけ学校内で人気の存在であってもこのような風紀を乱す存在は認めない!」
まあ、分かってはいたよ。分かってはいた。風紀委員がこんなにも軽率な集団だという事は。
「それで?」
「それで、というのはどういうことだ?」
「そのまんまの意味だよ。それで何をするために明日香に詰問している?」
「この話が真実がどうかを調べ、適切に処理する。」
いつも思っていたんだ。こいつらはなんなんだ?本当に何の権限もないくせにただの偽善だけで動くゴミのような集団。一歩間違えれば俺が殺してしまう。
俺は殺意を抑えるため、明日香を安心させるため、明日香の手を強く、それでいて傷つけないように優しく握る。
「お前達風紀委員にそんな権限はない。それはこの学校の職員がすることだ。」
「この学校の先生は使えない。協議してそのうえで判断を下す。それじゃあ遅いんだよ!なら、私たちがやらなければ!」
何様のつもりだ。その言葉を呑み込む。こいつらにその言葉は通用しないからな。
「そんな偽善に付き合うつもりは無い。」
なぜこうも、自分中心に世界が回ていると言わんばかりの態度が崩れないのだろうか?
「知るか!お前たちにその気はなくても私たちがあるんだ。偽善だと罵られようと、私たちは去年の様に生徒を正しい道に導かなければならないんだよ。」
先ほどの話は正確には、風紀委員は生徒を独自に裁く権限がないわけじゃなかった。去年まではいじめを注意し奉仕活動を命じるくらいの権限はあった。
しかし、こいつらは去年それを、失った。なぜそうなったのか、いまだに理解していないようだな。
「お前、分かってないのか?なぜ風紀委員の権限を奪われたのか。」
「それは、無能な先生たちが押し付けたものだ。あれも私たちが公平な判断で下したものだ。」
「公平?何を言っている。少なくとも、脅しや誘導尋問といったものを証言とし、ありもしない罪をでっちあげて4人も自殺に追い込んだ奴らはどこのどいつらだよ。」
こいつらは去年、新委員長就任と同時に過激化した。
たった一言の陰口ですら懲罰対象にし、風紀委員に逆らった者たちはありもしない罪をでっちあげられ停学、退学、不登校など、様々な状況に追い込まれている。
しかし、これはまだ教師陣にばれていないだけましなケースだ。先ほど言った通り、この学校は去年一年間で4人も自殺者を出した。
一人目は6月、万引きをして停学になった女子。その女子は反省し学校生活に復帰したが風紀委員が必要以上に追い詰め自殺に追い込んだ。
二人目は9月、いじめの主犯格だった男子。先生にばれたものの、軽度のものだったため厳重注意で済んだが、風紀委員が演説時名指しで批判したり、誰も登校していないような時間に呼び出して奉仕活動をさせたりして、自殺に追い込んだ。
三人目は10月、二人目の男子の幼馴染の女子。問題の男子が自殺した直後、後を追うように自殺した。
四人目は12月、図書委員会の女子。これは一番ひどかった。ただ、風紀委員のメンバーがフラれたというだけで、ボロカスに攻撃し、追い詰めた。
「お前達がやったことは殺人だ。犯罪だよ。」
「君は馬鹿か?私たちは誰も殺していない。私たちはこの学園の風紀を保つために教育をしたんだ。
自殺という事は自分の罪を認めたという事だろう?そんな者達を擁護するとは君も痛い目に遭いたいのかい?」
一瞬で頭に血が上った。人を追い詰めておいて教育だと?確かに万引き、いじめ、その二つが許されないことだ。
だが、追い詰めていい理由にもならない。
「ただの私怨のために懲罰をしたお前達から教育なんて言葉が聞けるなんて…。明日は雪だなこりゃ。」
「話を戻そう。私たちはその女の教育をしなければならない。風紀委員だからね。」
話に脈絡が無い。こういうところも気に入らない。
しかも、明日香の教育?寝言は寝て言え。
「悪いな。明日香の全ての生活に関することはすべて俺が見る。てめえらは消え失せろ。」
「なにを言っている。それは私たちの仕事だ。それに貴様も嫌だろう?ビッチの傍に―――」
風紀委員の言葉は続かなかった。俺が渾身のアッパーを食らわせたからな。
まあ、それなりの勢いを付けたから風紀委員の男は後方に吹っ飛んでいった。
「明日香がビッチだ?もう一度行ってみろ。次は容赦しない。」
「何度でも言ってやるよ。それになあ、俺はこのままいけば紅白帯確約とも言われる、空手の神童なんだぞ。お前みたいな一般人に負ける訳ないだろ。」
いや、いまモロに食らってたよね?
「紅白帯、黒帯の一個上の帯。6段以上の人間が持つやつ。確か、27歳以上の段位だったな。」
「よく知ってるな。なら、勝負を挑む愚かさが―――」
「その程度で粋がるなよ。お前なんか相手にもならない。」
この言葉に嘘偽りはない。デスペタルに昇華している人間は基本、一般人には負けない。いや、言い方が悪いな。能力を持たない人間に負けることはまずない。
「てめえ、バカにしやがって!後悔しても知らないぞ!」
「そうか…。」
俺は拳を振るってくる男に軽い掌底を腹に当てる。
「こんなの痛くもかゆくも―――」
間髪入れずに掌から衝撃を放つ。体が少し浮いたところに追い打ちの爆発。
男は、俺の掌底の打点から二段階吹っ飛んで扉をぶち破って気絶した。
「さあ、明日香、帰ろう。」
「あ、ああ。」
そう言って俺の手を取る明日香の表情はいまだにすぐれなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「明日香、気分はどうだ?」
学校から家に直帰し、すぐに明日香の気分について聞く。
泣きそうなら、優しく抱きしめてあげよう。
「あ、ああ。大丈夫だ。お前が来てくれなかったら、どうなったか…。」
「ごめん。もっと早く気付けば…。」
「いいんだ。風紀委員の奴らのいう事も一理あるしな。」
「どういうことだ?」
こんなに弱気な明日香は珍しい。いつも気丈で美しいという言葉が似あう彼女には少し似つかわしくない姿だ。
「私は、あの男たちに犯された時、確かに気持ちいいと感じてしまった。自分には好きな人がいるのに結局快楽に惑わされて流されてしまうビッチだったんだ…。」
「そんなことは無い。明日香は薬漬けにされたんだ。何も悪くない。」
本当に明日香は悪くない。薬を飲まされて意識が酩酊していたならそうなってもおかしくない。でも、明日香はそう思ってないのか…。
「リクがそう言ってくれるのは嬉しい。でも、私は一番大切なものを失ったんだ。この世でただ一人にあげるはずだったものを快楽に流されて奪わせてしまった。私はもう、汚されたんだ。もう、リクの傍になんて―――っ!?」
俺はキスをして明日香の言葉を止める。
「俺は明日香の初めてを一杯もらってるよ。ファーストキスもとか初めて男と手を繋いだとか、初めての明日香の彼氏とかさ。」
「リク……?」
「一番じゃなくても俺は明日香の初めてを誰よりも奪ってきた。俺は明日香と一緒にいたい。明日香が初めてを奪われたから俺といれないなんて言うな。」
俺の言葉に明日香は涙を流し始める。
「そ……れでもっ!私はリクに初めてを…。」
「なら、俺の初めてをもらってくれ。……あれ?男がこういうこというの気持ち悪いか?」
俺、大分キショイこと言ったんじゃない?
「こんな私でも良いのか?私は可愛げもないぞ?」
俺の好感度が完ストしてるのに、明日香は上目遣いでそんなことを言ってくるなんて反則じゃないか。
「明日香が良いんだよ。恥ずかしがり屋で美人系なのに可愛いも取ってきて俺をある意味で殺しにかかる明日香が好きだから。」
「う……うわあああああああああ!」
俺が明日香が良いと言うと、彼女は俺の胸の中で大泣きし始めた。
「なあ、明日香。」
「なんだ?」
「今日の夜と明日の朝はさご飯作るの大変かもだし、俺って準備良くないからさ……」
「……?」
「コンビニにご飯買いに行かないか?」
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