第4話 永遠

 注射器の中の薬品を投与したことによって、すぐに俺の体に変化が現れる。


 主に、全身の肉という肉が剥がれ落ちていく、そんな感覚だ。


 「ぐ……ぐあああ!」


 「アハハハハハ!カッコつけてそんなもん使うからそうなんだよ。そいつはなア、この世でたった一人しか扱えないらしいんだよ。お前みたいな一般人が使える物じゃねえんだよ!」


 「う……るさい。出来るかそうじゃないかは、お前の決める事じゃない。それに、俺がただの一般人だって誰が決めた…。」


 俺は、全身に激痛が走るのを必死に我慢して、男を見据える。


 痛い…。それ以外考えが回らない。カッコつけといてなんだけど倒れたいくらい痛い。


 何とかして、この力の波を呑み込まないと―――――


 「違うぞ!」


 「おっさん…?」


 何が違うのかは分からない。違うのは俺の判断か?


 「君は力を抑え込もうとしてるだろ。それじゃあ力は使えない。力に力で押し返すのは愚行でしかない。己を信じろ!君は強いんだ!」


 「俺は……強い?」


 強くないよ。俺は、明日香がいないと何もできなくて小さいんだ。俺は期待されるほど強くない。


 「何をゴチャゴチャ言ってやがる!」


 「グフッ…。」


 俺は防御一つ取れずに吹っ飛ばされる。


 「確かに今の君は弱い。だが、人は変われる。」


 「変わっても、結果は何も…。」


 「弱気になるな。先ほど見せた君の雄姿は強者になる資格を持った者のだった。」


 「このクソガキ、まだ死なねえのか。さっさとあの世に行きやがれ!」


 男が刃物を持って迫ってくる。終わりだ…。


 俺は、目を瞑ってその時を待つも、その終わりはやってこない。


 目を開けるとそこには――――


 「ぐぐ…。」


 精一杯、歯を食いしばって刃物を受け止めているおっさんの姿だった。


 「この、クソジジイ。さっさとどけ!」


 「力に呑まれろ。その力は君自身だ。」


 俺自身…。創造物の中なら大きな力に魅入られて呑み込まれた奴が大抵、悪になる。でも、この力が俺自身なら、力が俺の意志通りに動かない通りはない。


 異能よ、俺の手足となって敵を殺すんだ。


 「死ねやあああ!クソジジイいいいい!」


 グサッ


 刃物がおっさんを貫く前に、大岩が男の体を貫く。


 「がはっ……何が…?」


 何が起こったのか分からず、戸惑う男。それでいい。そこから、お前を―――


 ―――殺すんだ。


 「…!?」


 「どうしたんだ?」


 何か声が聞こえたような気がする。


 ―――どうしたんだい?さあ、一つになろうよ。俺達の力を合わせれば…。


 「このクソガキいいいいい!」


 『アビリティオン』


 「どっちがクソか目にもの見せてくれるわ!」


 俺は突っ込んでくる男に向かって右ストレートを放つ。


 これだけでは死なない。どうすれば…。


 ―――こうすればいい。


 俺にイメージが流れ込んでくる。能力の使い方だ。


 そうか、そんな使い方が出来るのか。


 「お、おい!何してるんだ!」


 「なにって、武器作ってんだよ。」


 ま、俺の体から。だけどな。


 俺はおっさんに返答すると同時に、人差し指を“引き抜いた”。


 当然の様に血が流れることなく、新しい指が生えてくる。そう、これが能力だ。自分の体ならいくらでも治せる。


 引き抜いた指を能力で変形させて刀剣を生み出す。


 「てめえ、死にてえようだな。俺はどれだけ長期戦になろうが構わねえ。俺は死なねえからな!」


 「まさか、不死の能力!?」


 まずい、それだと流石に勝ち目が…。


 「理来、違うぞ。その男の能力は『不完全死』だ。その男は殺せば死ぬ。ただ、完全に死なずに、意識を取り戻す。等級で言えば、身体能力を引き上げる事しかできない2級にも満たないゴミだ。」


 「誰がゴミだと!?俺は、こんなパンピーより強えんだよ!」


 「それはどうかな。その男の手にしている能力は等級未定の強力な異能だ。君のような雑魚の能力じゃ敵わないさ。」


 おっさん、なんであんたが余裕そうなんだよ。


 「クソ、なら俺が殺せば―――」


 「つまんないよ、お前。」


 男が言い終わるより前に、俺は男の首を斬り落とした。


 首だけなら、能力は発動しないんじゃないか?


 しかし、俺の読みは甘かった。


 首の切れ目が発光し、体が復元したのだ。


 これが『不完全死』。厄介だが、それそのものが大きな弱点だ。2級、それがどの程度のものかは知らないが、弱いとされるのは嫌でもわかってしまうな。


 俺は男の足元からセメントで埋め始める。


 「てめえ、なにしやがる!」


 「お前は死なないんだろう。けどな、言い換えればお前は死ねないんだよ。生き物にとって死ぬという事の意味、そのありがたみ、身をもって知り、全てを後悔するがいいさ。」


 「やめろ!俺は埋めても死なねえんだぞ!」


 そんなことは分かってるよ。でもな―――


 お前が生き返っても、セメントは固まったままだ。


 「息が出来ない苦しみを永遠に味わえ。」


 こうして、俺の能力者としての初戦は完全勝利で幕を閉じたのだった。


 戦いが終わってすぐにおっさんが話しかけてくる。


 「り…君に、私を手伝ってほしいんだ。協力してくれるよね?」


 「手伝う?」


 「君も、レポートを見たならわかるだろう。この研究をしている施設は何なのかを。」


 「財団零。」


 「そうだ。私はそれを滅ぼしたい。滅ぼさなければ、日本は、世界は滅亡する。」


 「だから、手伝えと?俺が、逃げなかったことを最初は怒っていたくせに?」


 「都合が良いのは分かってる。しかし、必要なんだ。現状等級未定の能力五つの内の一つ。君の『錬金』の能力が。」


 世界のために力を貸してくれか。答えはもちろん―――


 「断る。」


 「…!?どうしてだ!」


 「俺には、守らなきゃいけない、誰よりも大切な人がいる。その人をないがしろにしてまで、俺は世界を救おうとは思わない。」


 「そう……だったね。君はそういう子だったね。」


 最後の方は声が小さくて聞こえなかったが、まあ、納得してくれたみたいだ。


 「そうだ。あんたの名前は?もう、おっさんとかも呼びなれてないからさ。」


 「名前か…。そうだな。アルク。取り敢えず、アルクとでもしておこう。」


 アルク、か。


 もう、こいつには関わらない。明日香の傍にいるために。


 そう思っていると、アルクは一枚の紙を渡してくる。


 「なにこれ?」


 「名刺だよ。気が変わったらここにある電話番号に連絡してくれ。いつでも歓迎するよ。」


 「だから、断るって言ったじゃんか。」


 俺は悪態を吐きつつも取り敢えず、名刺はもらっておいた。


 「じゃあ、私にはやることがあるからな。また、会おう。」


 「じゃあな。二度と現れんな。」


 こうして、俺たちは、いつもの日常に戻って行ったのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「ってことがあって、今に至るわけ。」


 「そうか、お前も色々あったんだな。」


 明日香は俺の話を静かに聞いてくれた。


 話している間、明日香は俺のことをずっと抱きしめていてくれて、とても暖かかった。


 さて、外も暗い。そろそろ―――


 「帰るか、明日香?おばさんとおじさんが待ってるぞ。」


 「そうだな。帰るか、今日あったこと、全部話そう。リク、一緒にいてくれるか?」


 「当たり前だろ。今まで、断ったことがあったか?」


 「ふふ、そういえばなかったな。リク、私のこと好きすぎないか?」


 「ああ、俺は明日香を愛してるよ。」


 「ふぇ!?」


 明日香は、俺への不意打ちを狙ったみたいだが、俺のカウンターに動揺してしまった。可愛いなあ。


 「ほら行くよ、明日香。」


 「あ、ああ…。どうしていつも…。」

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