EPEX 過去と暴力と錬金術

第3話 選ぶ道

 俺の名前は逢坂理来。私立双木山ふたぎやま高校の一年生だ。


 ぶっちゃけるなら、俺は普通の高校生ではない。もちろん、才能的な意味ではなく、周りを取り巻く環境がだ。


 俺の母親は、一昨年に病気で亡くなった。そして、父さんは去年に失踪した。


 父さんが失踪した時、行方不明届を警察に提出したが、なぜか次に話を聞きに行ったとき、届は取り下げられていた。


 俺は、絶望した。突然、家族がいなくなって、一人になったからな。


 親戚のことは知らない。生まれてこの方顔も知らない。


 でも、俺が堕ちなかったのは、幼馴染である明日香のおかげだ。


 父さんが失踪してから明日香は何かと俺の世話を焼いてくれる。


 一年近く経った今でも朝食を作りに来てくれている。


 そのおかげで俺は、荒むことなくただの一般人として生活が出来ている。


 そして、今俺は、バイトの帰りだ。


 時間もかなり遅く、今は夜の十一時くらいだ。夜の十時まで働いて、色々な支度をしてバイト先を出るため、多少遅い時間になってしまう。


 仕方ないだろう。失踪した父の保険金は下りない。


 学費はあるものの、生活費を切り詰めなければならなくなる。


 そうならないために金は必要だ。


 「早く帰って寝ないとな。課題もあるし…。」


 そう、独り言を言うと、俺は走って家に帰ろうとするが、なにやら行ったこともない道に行かなければならないような気がするので、足を止める。


 誰かに呼ばれている気がする…。


 視線の先には、小さな道があるが、当然通ったことは無い。家への近道どころか、家に到達しない道だ。


 だが、何だろう。行かなくちゃいけない気がする。


 「少しだけなら…。」


 そう思い立ち、俺はその道を駆けていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「はあはあ……これを奴らに渡しては…。」


 道を抜けた先で俺が見たものは、一人の男に追いかけられる男の姿だった。


 「おっさん、早くそれを渡してくれよ。そうすれば財団を裏切っていたことを許してやるからよお。」


 逃げる男にそう話しかけるのは、軽薄そうな男だ。しかし、その目の奥にどす黒い殺意を感じる。


 おそらく、奴が求めているのは逃走者が持っているアタッシュケースのことだろう。


 逃走者はアタッシュケースを抱え込んで必死に守ろうとする。


 「くっ……これだけは渡さない。どの道、これを使えるのはこの世界で一人しかいないんだ!」


 「じゃあ、その一人って奴を見つけてやるからさあ、渡してくれよ。」


 しかし、その提案に逃走者は頑なに断る。


 「断る!お前たちの手に渡ったらどう使われるのかは目に見えてる!」


 「なら、痛い目に遭ってもらうしかねえなあ!」


 逃走者の反抗に、軽薄殺意男の頭に血が上り、うずくまる逃走者を踏みつけ始める。


 立ち去ろう。俺は瞬間そう考えた。


 こんなのに関わってたら俺が死んじまう。


 「おらあ!」


 「おぇ…。」


 逃走者は、思いっきり腹を蹴られ悶絶する。


 「早く、それを、渡せば、痛い目に、合わないんだろ!さっさと……よこせ!」


 「くそ……かくなるうえは、この資料を私ごと吹き飛ばすしか…。」


 「な!?させるわけねえだろ!クソ、半殺しでも生きてれば報酬は上がるんだが仕方がない。死ねや!」


 逃走車にナイフが振り下ろされる。


 しかし、ナイフが到達することは無かった。


 「り……………く………………?」


 「くそ……どんだけ力強いんだよ…。おっさん、早く逃げろ!」


 逃走者が何か言っていたが関係ない。今は、この男が逃げることが先決だ。


 「駄目だ、君が死んでしまう。」


 「だったら、尚更早くしろ!俺が死ぬのが分かってんなら、無駄死にさせんじゃねえよ!」


 「違う、君だけは死んでほしくないんだ!」


 「なにわけわからねえことばっか言ってやがる!てか、このクソガキ、邪魔すんな!」


 ぐ……こんな余力があったのか…。くそ、力負けだ…。


 男のどこからそんな力が溢れてくるのか、俺は、徐々に刃を体に突き立てられていく。


 刃が俺に刺さる。そう覚悟した時――――


 バン


 何かが破裂した音―――銃声が後ろから鳴ったのだ。


 逃走者が発砲したのだ。


 弾丸は、見事眉間に的中し、男の意識を奪った。


 「逃げるぞ、その男はまだ死んでいない。とにかく今は姿を隠すんだ!」


 「は?今ので死んでないのか?」


 俺は至極当然の質問を投げかける。


 「そいつは普通の人間じゃない。だから、今は早くここを。」


 「分かった。どこに行けばいい?」


 「こっちだ。」


 逃走者はそう言うと、近くの廃ビルに向かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「はあはあ、ここまで来れば、ひとまず何とかなるだろう…。」


 「なあ、おっさん。その仮面は取れないのか?」


 そう、逃走者はずっと、仮面を被っているのだ。取れないのだろうか?


 「取れない。君の前では、尚更取れないよ。」


 「?まあ、いいか。死ななけりゃあ何でもいい。」


 ぶっちゃけ、仮面なんか被っても被ってなくても人の本質は見えないから、何も変わらん。


 「おっさん、聞いてもいいか?」


 「何故追われていたのか、か?」


 「そうだ。聞いてた感じ、普通の生活をしていたら、触れることもないことで追われてるみたいだったからな。」


 「ある組織から逃げているんだ。その組織のせいで私は家族を失ったんだ。」


 「死んだのか?」


 「違う。息子と妻、両方とも生きている。しかし、私は、二人の前に顔を出すことはできないんだ。」


 「ふーん。なら、何とかなるでしょ。生きてるんだったらいつか会えるさ。」


 「ふっ、そうだな。」


 なんだろう。今の笑い方、誰かに似ていたような…。


 「なあ、君は「クソ野郎、どこに行きやがった!」


 くそ、男がやってきた。


 「おっさん、逃げるぞ。」


 「待て、君はこれを持って逃げるんだ。」


 そう言うと、おっさんはアタッシュケースを俺に渡してきた。


 「おっさん、これって…。」


 「ああ、奴らが狙っているものだ。あいつらの手に渡るくらいなら、君に持っていて欲しい。君なら、悪用などしないだろう。」


 確かに俺は、これを悪用することは無いだろう。


 だが、


 「なんで、初対面の俺にそんなこと信じられるんだ。」


 「それは運命が語っているし、私は知っている。君がこの世で私の最も信頼できる人間の一人だと。」


 なんでそんなに俺に期待できるんだよ。意味が分かんねえよ。


 「訳わかんねえよ。俺が囮になるから「駄目だ。」


 俺の言葉は、おっさんに遮られる。


 「君には生きていてもらわないと。早く逃げるんだ。」


 「早く出て来いよ、おっさん!てめえだけは許さねえ。」


 「じゃあ、さようならだ。」


 「あ、おい、待てよ!」


 俺の言葉に一つも反応を見せずに、男は行ってしまう。


 「さっきはよくもやってくれたな、おっさん。覚悟はできてんだろうな?」


 「ただで、死ぬ気はない。」


 おっさんは、男と対峙すると、銃を構える。


 「そんな、おもちゃで何が出来るってんだよ!」


 男の言う通りだ。奴は、さっきまでとは違う。本当に銃が通用しないかもしれない。


 このままでは、おっさんが死んでしまう。


 「何か、出来ることは…。」


 ふと、アタッシュケースが目に入る。


 これは、あの男が欲しがっていたもの。何があるんだ?


 アタッシュケースを開けると、中にはレポートと思われる書類とSFでよく見る銃みたいな形をした針無し注射があった。


 「『異能力所持者』に関するデータ?なんだこれ?」


 中身を軽く見通すと、大体のことは分かった。おっさんがなぜこれを死守しているのかも。


 おっさんの言う組織は、日本人に異能を持たせ兵器として運用することを目的としているらしく、よく見れば、日本政府の数人も関与しているようだった。


 異能は、使用者に適合しないと、使用できないらしく出来てもごく些細な能力しか今まで使えていなかったが、新たに発見された『アンプサイ因子』を同時に使用することによって、ある程度の能力を引き出せるようになったらしい。


 恐ろしいものだ、世の中は非核の世を作ろうとしているのに、こんな核よりも恐ろしいものを作ろうとしている。


 でも、おっさんを救うにはこれしかない。


 「うおおおおおおおお!」


 「うわ!なんだ!?」


 俺は体当たりで、男を吹き飛ばした。


 「なんで戻って来たんだ!」


 おっさんは、俺が逃げなかったことに、大層お怒りのようだ。


 「どんな理由があっても俺は人を弱者を見捨てない。俺の好きなキャラは創造物の中とはいえ、世界を変えた。俺の好きなヒーローは、誰も見捨てない。」


 「何を言っているんだ!早く逃げろ!」


 「俺は俺の出来ることをする。当たり前のことだ。出来ないことをしてどうする?お前が奴に銃を向けて勝てるのか?答えは否だ!」


 そう言うと、俺は先の注射器を出す。


 「それは!?やめろ!君が背負うには荷が重すぎる運命だ!」


 うるせえ、もう決めたんだ。ここからは引き返さずに一方通行だ。


 「俺は弱者に力が振るわれるとき、必ず現れる!それが、俺の、逢坂理来の選ぶ道だ!」


 俺は、注射器を自分に刺した。

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