第2話 もう一つの声

 グチャッ


 「は?」


 部下の一人が突然不可思議な現象に見舞われ、死んだことを理解するのが難しいのか、集団の頭役の男が間抜けな声を上げる。


 「おいおいおいおい。どうなってんだよ!?なんでいきなり壁が迫ってくるんだよ!」


 状況の把握が出来たのか、男は声を発するが、混乱は拭えないようだ。


 「早く来いよ。俺は今すぐに明日香と一緒に帰りたいんだ。」


 ドクン


 「『溺れろ』」


 「何を訳のわから……ゴボボボ……」


 俺に噛みついてきたやつの言葉が止まり、突然倒れる。


 頭役の男は何が起きたのかさっぱりでただ茫然としている。


 「「「うわあああああああ!」」」


 しかし、他の奴らは危険だという事に気付いたのだろう。各々が奇声を上げながら逃げようとする。


 誰が逃がすかよ。


 俺は、部屋のドア、窓、換気扇に至るまですべての外界につながる要素を埋めてやる。


 「くっそ、逃げれねえ…。」


 「おい、どうなってんだ!窓が開かねえぞ!」


 「助けてくれええ!」


 クハハハハハハ!良い様だ。


 こんなクズみたいな人間達――――


 ドクン


 ―――殺していいんじゃない?


 ドクン


 ―――いいじゃない。あいつらは明日香を傷つけたんだよ。


 でも、殺しは犯罪だろ?


 ドクンドクン


 ―――いいじゃないか。全部明日香のためだ。


 だが、“アレ”を使う事はあの男の口車に乗るってことだろ?信用できるのか?


 ―――じゃあ、一人でこれを始末できるのか?


 それは…。


 ドクンドクンドクン


 ―――殺した後は?お前ひとりじゃ事後処理はできない。仕方ないんだよ。だから……


 ドクンドク……


 『明日香のため』


 ―――――――カチン


 全部、繋がった。結局他人なんてどうでもいい。でも、明日香を傷つけたこいつらがどうしても憎い。そう、明日香のために怒りを…。


 たった一つ、たったそれだけの考えが俺を動かした。


 いいぜ…。


 「殺ってやる!」


 『アビリティオン』


 俺の周りの空気が一段と変わる。と、同時に俺の服装が袴に変わり、腰には刀が帯刀される。袴の下には、俺の肌が直であるのではなく、腕から足にかけて包帯がグルグル巻きにされている。


 これが、俺の能力の本質。これが異能所持者、『デスペタル』の本質だ。


 全て、破壊してやる。その理念も、理想も、思想も、すべて無駄だと否定してやる。


 お前の口車に乗ってやるよ、アルク。


 「おい、なんだよ。次は何だってんだよ!」


 「リク、お前は…。」


 今の状況に、クズ男たちだけじゃなく、明日香も怯え始める。


 「大丈夫だ、明日香。俺は変わらない。次は俺がお前の傷を癒してやる。だから、泣くときは俺の胸の中で泣け。」


 「リク…。」


 俺の言葉にトロンとした表情になる明日香。この状況でずいぶん余裕だと感じるが、それを、美人系の明日香がやると、ギャップが…。などと考えている俺も大概だろう。


 「全員、まとめてかかってこい!」


 「「「うわあああああああ!」」」


 逃げるすべがないと直感した奴らは、半狂乱で発狂しながら群がってくる。


 「『舞え、刀剣』」


 俺は、俺自身を作り替え剣を振るのに、一番適した体に変化させる。見た目ではほぼ変わりがないが、さっきの俺とは、アリと人間くらいの差がある。


 「一斉にかかれ!こいつとてそんなに大量の相手を殺るなんて無理だろ!」


 「クソッ、死ねっ!」


 「やあああああああ!」


 何をそんな雑魚フラグをたてているんだ?


 まあ、雑魚なんだけど。


 俺は突っ込んできたやつら全員を斬り捨てる。おそらく奴らは死んだことすらも認識できていないだろうな。


 「な、な…。」


 「あとはてめえだけだ。仲間が死んでいくのを見てるだけの頭。本当に最低だなお前。」


 「お、お、お前……俺の友達の父親は政治家だからな。こんなことしてただで済むと思うなよ!」


 政治家が実質的にバックにいる。


 しかし、政治家が首謀している。それは考えずらいな。特に理由はないけど。こんなしょうもないことできるほど、暇じゃないだろうしな。


 それに、全員が悪人というわけでもないし、名前だけ使われている可能性もある。


 「なあ、お前たちはなんで明日香を襲ったんだ?」


 「知るかよっ!俺たちは紹介されただけだ。生きのいい処女がいるって。そうだ、お前達と同じ学校の奴だ!」


 「そうか…。じゃあな。」


 「ま、まって、死にたく――――」


 男を斬り伏せると、そりゃあ人間だから死んで倒れた。


 ふう…。終わった。


 「リク…。」


 「明日香…。」


 明日香、君がどんなに間違えても、君がどんなに汚されたと言っても俺は明日香の味方だ。


 大丈夫。君は俺が守る。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「リク、すまない…。」


 部屋の中にある死体は、『アルク』という男に処理してもらうつもりだ。


 お前の目的に手を貸すと言ったら、電話越しでもわかるほど喜ばれた。


 そんな俺は今、明日香に謝られていた。


 「謝る必要はない。俺がやりたくてやったんだから。」


 「でも、私のためにとはいえ、私はリクに人を殺させてしまった…。しかも、私はそれをカッコいいとも思ってしまった。」


 「俺が人を殺すのは、俺が殺したいと思ったからだぞ。たとえ、明日香のために、という口実があったとしても、だ。」


 「しかし…。」


 明日香は、自分が悪いと思うととことん自分を責めるからなあ。そこも良いところなんだけど。


 「この話は無し。俺は、明日香のことは許した。これでいいだろ。罪悪感を憶える必要はない。どうせ、遅かれ早かれだ。」


 俺の言葉に、明日香がきょとんとする。


 「何が遅かれ早かれなんだ?そういえば、何故リクはあんな力を?」


 お、いきなり触れますか。


 「話すと、少しだけ長くなるぞ。」


 「頼む。」


 明日香なら、受け入れてくれるか?


 半分、人間じゃないような俺を。


 「あれは去年の、高校一年の夏休みの何気ない一日だったはずだった。――――――」

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