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     5.


 火を切らし、鵺は手持ち無沙汰に箱から抜いたばかりの煙草を仕方なしに指先にて弄(もてあそ)ぶ。その足下には潰した吸い殻が既に幾つも転がっていた。

「───あの女が、手に入らなかったから……次はアイツの娘である小娘に目を付けたんだ」

「……、小夜さん?」

「ああ。アイツは里を捨てた。あれっきり、戻ってくる事はなかったよ」

「……………」

「何だよ…」

「いえ…。千代さんに何があったのかなって……」

「知るかよ。んな事──…」

 煙草の吸えない苛立ちから頭を掻いて頬杖をついた鵺に苦笑して、優人はそっと自身のライターを差し出した。

「誰も探そうとはしなかったんですか?」

「したさ」

「…見つからなかったんですか?」

「……。探しようがなかったのさ───」

鵺は小さく紫煙を吐き出し、「どうして?」「何で?」の言葉を待った。しかし……

「──そうだったんですね、」

只の一言、それっきり。

「納得いかないだろ、本心じゃ…」

「いえ。時代も時代だし、千代さんの身の上も身の上なので。きっと、何かあったんだとしか───誰を責めはしませんよ。音信を急に断った千代さんも、それを探せなかった鵺さん達も」

「─────、」

「仕方のない事だってあります。どうにもならない事だって。…だから──、」


『そんな顔をするな、鵺──「』…鵺さんも、そんな顔しないでください」




 アイツの姿が重なる…。ギリッとフィルターを噛み締めれば、ボロリと灰が零れ落ちた。

 傍に居ながら、いつも只、見ているだけだった。“妖”と“人”との距離が絶対的な一線を隔てて───アイツは、何も気付いてはいなかっただろう。

「──鵺さん?」

 こちらを覗き込む大きな瞳。

「煙草、危ないです。火、ほら………」

煙草を取り上げられた際に何気なく触れた冷たい手。衝動的にその手を掴んで引けば、その衝撃で煙草が相手の手から落ちてコンクリートの床の上を弾んだ。


「…あれもこれも。未だ、食いそびれてる───何でなんだろうな?」


 瞳の赤が強くなる。空腹を不意に思い出す。相手の手首を掴む右手に力が僅かに篭もる。




「ホントは。答えはもう、出てらっしゃるんじゃないですか?」

「あ?」

「千代さんの代わりは他には居なかった。でしょ?」

「──腹の足しにするなら、代わりなんて幾らだって………」

「お腹が空いてらっしゃるんでしたら。駅前にお蕎麦でも食べに行きませんか? 奢りますよ、お蕎麦くらい」

「…………………行く、」


 目を閉じ、相手の肩へと凭れた。


「狸蕎麦がいい…」

「いいですよ。特別に、ね──」





 

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万鬼夜行帖 参の巻 くろぽん @kurogoromo

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