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     2.


 師走の寒空。腰掛けた賽銭箱。火の無い煙管(きせる)。──鵺(ぬえ)は、片膝に頬杖をつきボンヤリと遠くを眺める。


「ぬ~えさん?」


 顔を覗き込むようにして隣へとやってきた小夜に、鵺は沈黙で返した。

「どうしたんですか? そんな顔して」

「…何がだ?」

「……。何だか、元気ないような…」

「……………」

鵺はそれに鼻で笑う。




「──ねぇ、鵺さん。…母さんの話、また何か聞かせて?」

「……、てめぇの親父にでも聞きゃあいいじゃねぇか」

 小夜は賽銭箱へと背を預け、小さく縮こまり。うーん、と首を僅かに傾けた。

「鵺さんだけが知ってる、母さんの話が聞きたいの。駄目…?」

上目遣う小夜へ渋い顔をし、煙管片手に鵺は胡座(あぐら)を掻き直した。

「───いけ好かねぇ女…。妖である俺に、この里とお前を託した。…俺はあの日から、不自由極まりないよ」

「…?、それって…??」






『──鵺。小夜を、里を頼むよ…』



 あの言葉のせいで、俺は───…。



『はあ? 俺に一体、何を期待してやがる』

『ははは。言ってみたまでだ』

『………』

『不甲斐ない、一人の女の戯言(たわごと)だ。聞き流すがよい』

『お前…。いや、いい……』

 向けられた背中。お前は昔から俺を見ない。お前に取っての俺は───一体、何なんだよ。なあ…??

『──条件が一つ、』

『ん? …何だ。律儀な奴だな』

『律儀かどうかは、最後の最後まで話を聞いてからにした方がいいぞ。俺が“何なのか”、忘れた訳じゃあるまい──…』

『…………………』

風が相手の髪を攫う。飽く迄も、相手は笑みを絶やしはしなかった。






「条件って? 母さんと鵺さんは一体、何の取り引きをしたの?」

 煙管を銜(くわ)えた鵺へ、小夜は相手の言葉を暫し待ったが、鵺はゆっくりと紫煙を吐き出すだけだった。


 最後に見た、薄く笑んだあの女の顔…。



『では。頼んだぞ、鵺───』




 

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