万鬼夜行帖 参の巻

くろぽん

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   参の巻




     1.


 小夜(さよ)は、少しずつ変わりつつあった。八代(やしろ)の後ばかりをついて回らなくなったし、己の判断で物事を決め行動に移すようなっていた。元々、仕事はどうやら水が合うようだったし。家では父親や八代の男連中の世話を何かと焼いては、今や愛玩と化した子狸の世話も日夜欠かす事がない。

 仕事の面では、今では八代にも引けを取らない数の妖(あやかし)を札に封じてくるようにまでなったし。その腕前は、日に日に目に見えて成長の一途を今も順調に辿っている。






「──昔は~。こーんな、ちんまくて。やしおさん、やしおさんって。そりゃあ、可愛かったんですよ」

 飲み屋の女亭主をとっ捕まえてクダを巻く八代に対し、彼女は呆れ半分に「分かった、分かった」と頷きながら八代の散らかした卓の上を手際よくテキパキと簡単に片す。

「飲み過ぎだよ、一哉(かずなり)。今だって相変わらずかわいいじゃあないか、小夜ちゃん」

「いい加減に離しとくれ」と着物の袖を八代から振り解いて、軽く乱れた髪へと手を当てた。

「伊雪(いぶき)さんはぁ~、分かってねぇーんれすよ。俺が言いたいのは、要するに───…」


「やーしろさん、居たぁ!! こんな所に!」


「おや、噂をすれば。小夜ちゃんじゃないか」




 勢い勇んでやってきた小夜は、八代に「まーた、こんなに飲んで!」と零(こぼ)し。直ぐ様、伊雪を見やって「すみません。毎度、うちの師匠がご迷惑をお掛けして…!」と申し訳なさそうに頭を下げた。

 卓上に突っ伏し、うつらうつらし始めた八代を揺さぶり。小夜は声を僅かに潜めて八代の顔を覗き込む。

「お勘定は?」

「…まだ」

「だと思いました。お財布も持たないで、全く…」

 懐から八代の忘れていったという財布を引っ張り出しながら、伊雪へと小夜は向く。

「全く。昔はこんなじゃなかったのに……」

「きっと、“兄”としての手が離れつつあって腑抜けてきてるのさ」

「ねぇ、伊雪さん…。男の人って、皆、そうゆうもの?」

「さあねぇ──、」

伊雪はうっすら目を細めた。

「……誰が、腑抜けてきてるって??」

「あはは。いいねぇ、お前さん。かわいい幼妻にお迎えして貰っちゃって」

 勘定を終え、八代の腕を引っ張っていた小夜が伊雪をバツが悪そうに睨(ね)めつけた。

「伊雪さんっ! これが真の夫婦(めおと)に見えますか!? ──本当。昔はあんな頼り甲斐あったのに………ほら! 八代さん、肩。掴まって!」

「小夜ぉ~……」

「もー。八代さん、しっかり───」




 伊雪は、お盆片手に溜め息を一つ。店を出て行く二人を見送った。


「…ありゃあ、そうそう婚姻はできないわ──」



 

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