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     * * *


『お前が鵺(ぬえ)か───』



 そいつは突如として現れた。



『この所、この一帯でよくない噂を幾つか聞く』

『──よくない噂…? 妖違いじゃないのか。俺は何もしていない』

『夜な夜な、妙な声がすると。──気味が悪い、と』

『……………』


 迷い込んだ村外れ。しかし。ここら一帯は昔、俺達、鵺の一族の棲家(すみか)だった。──後からきて我らを追いやり、我が物顔で住み着いたのが人間共だ。


『お前、一人か? 親や兄弟は…』

『───死んだ…、』


 親は歳だっただろうし、兄弟らは人間の盛った毒にて死に絶えた。他の妖達からの圧力にもより、俺には居場所が無かった。


『…そうか──、』

『……?』

『──同じだな…。』

『…………、』


 小娘は何とも言えない悲しげな顔をして俺へと笑う。


『…貴様も孤児か。寺に和尚が身寄りのないガキ共を集めていたのを知っている。だが──』


 どっかりと腰を下ろして、小娘は俺へと向いた。


『私も昔はそこに居た。…私はな、他とは少し……違うのだ』

『…?』

『私は、“魔”を寄せる体質らしい。──だから、他の者達と違って法師である師と今までずっと旅をしていた…。しかし、師匠もそろそろ歳でな?』


 小さく弱い人間の娘が…、自分を恐れず何故、我と言葉を交わす───そうは思ったが、何故か俺もその時は小娘を喰う気にはなれなかった……。




『───お前、泣いていたんじゃないのか? 本当は』

『─!、弱き人間などと一緒にするな…!!』


 喰われたいのか、と続けようとしたがしかし。小娘は──…


『──そうか。お前は強いのだな………』

『……!』


くしゃりと気丈に笑んでみせるその顔に。あの時、何の言葉も出てはこなかった。


 今、思えば。あの時、既に俺はあの女に───…。






「鵺さんにとって、千代さんって…?」

「──憐れな女、」

「それだけ? …本当に?」

「それだけだよ………」

 紫煙を吐き出す鵺へ、優人はうっすらと微笑み「そう」とだけ呟いた。








 

『万鬼夜行帖、参の巻』へと続く

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万鬼夜行帖 弐の巻 くろぽん @kurogoromo

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