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     3.


 子狸を連れて山の中へと入る。子狸は初め小夜の足下を頻りに追ってきていたが突然、ピタリとその足を止めた。

「?、どうしたの? 豆助…」

──パキッ

 小夜はハッとし、木々の茂る森の奥を見た。微かに何かが揺れている。小夜は足音を忍ばせ、親狸を逃がすまいと静かにそれへと近づいた。しかし──…

「………!!」

 代わりに目に飛び込んで来たものは…、屍を食い漁る巨体──。全身から嫌な汗が噴き出してきて、小夜はみるみる強ばってゆく身体でゆっくりと後退った。

(鬼熊(おにぐま)…! しかも、かなり大きい………)

 獲物を食むその巨体の陰から窺えた子狸と同じ、太くて長い尾。力なく投げ出されたそれは時折、化け熊の動きに合わせて揺れる。

(──落ち着け。大丈夫…、落ち着け……)

 腰の包みから札をそっと取り出す。上級紙の札を引き抜こうとした際、手の震えが災いして中級の札まで引き抜いたようで。それがハラハラと足下に舞い、数枚が落ちた。

「…!」

 僅かなそれで感づいたのか、化け熊の大きな鼻先が小夜の方を向く。

「人間……」

 低く吃(ども)り、掠れた声が呟く。巨大な前足が一歩踏み出されれば、ドシャリと如何にも重たそうな音がする。焦燥と純粋な恐怖に駆られ、小夜は詠唱文句も頭から飛んで一歩二歩とまた後退る。目を見張り、小夜が無意識にゴクリと唾を飲んだ次の瞬間。鬼熊は突如として立ち上がると、その鋭利な鉤爪を小夜へと振り上げた───。



 

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