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2.
里の外れ。さらさらと芒(すすき)達が乾いた音を響かせ風に揺れている。
((そのままじゃ、いつまで経っても今のままだぞ…?))
「分かってる」と小夜(さよ)は小さく独りごちた。腰や背へと括った小さな荷、手足の甲当て。纏めた髪に挿した簪(かんざし)は母親の物だった。
「変わらなきゃ、私──」
吹き抜ける午下(ごか)の風に小夜は決意の眼差しにて秋晴れの高い空を仰いだ。…己の力量なら分かっている。だからといって、いつまでも師である八代に縋ってもいられない事はずっと察してきていた。
里から、ごく近い野山。そこへと続いた獣道を一人、小夜は行く。小川に架かった小さな橋を渡り山の奥へと向かうに連れ、少しずつ森は深まってきた。小夜はゆっくりと辺りを見渡す。
──ガサッ
微かな音に小夜はそちらを向いた。
「まあ、豆狸(まめだぬき)。それにしても小さい……まだ、子供ね」
草陰で鼻先を頻りに動かし、辺りの様子を窺うそれは狸と穴熊を足して二で割ったような姿をしていた。真ん丸で愛らしいその瞳は赤黒さを孕んだ色を帯びており、小さな足先には鋭い爪と口元には牙。例え小さくともそれが妖に属している証だ。
小夜はスッと右手の指を揃えて二本立て、短い呪(まじな)いの詠唱を唱える。小夜の声に気付いた子狸は軽く身構えたが、小夜が印を組み指先で空を切るとビクリッと一つ、小さな身体を強ばらせた。静かに詠唱を続け、緩やかに唱え終えた。
「──おいで、」
にこりと笑み、軽く身を屈めた小夜の元へと子狸は懐っこく駆け寄ってくる。赤みの引き真っ黒くなった光を宿す目は、もうそこには愛らしさしか感じさせなかった。
「かわいい。…お前、小さいねぇ?」
抱き上げた小夜の頬や指先を頻りに舐めて「ピャンッ」と一吠えすると、子狸は小夜と視線を合わせた。
「……、お腹が空いているんだね。大丈夫だよ? 酷い事は何もしないから。きっと、親とはぐれてしまったんだね」
恐らく、親狸もこの近くに居る筈…。見つけたら札に封じて元締様の所へと壱ノ丞(いちのじょう)達に届けて貰おう──。
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