身勝手な僕でいい
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身勝手な僕でいい
僕2「そろそろ起きないと、また遅刻するよ。まぁ、いつものことだろうけどさ」
僕「…………。うるさい、もう起きてるっての」
僕2「ならよし、さっさとご飯食べて学校行きなー」
そう言って僕2は僕から布団を引っ剥がし、部屋を出ていった。正直言ってあと半日は寝ていたい。けれどこれ以上遅刻を重ねると色々とまずいのもまた事実なため、僕はしぶしぶベッドからずり落ちるように這い出た。立ち上がったついでに、部屋の窓を覆い隠しているカーテンを思い切り開ける。真正面から朝日を受けて、思わず目を細めた。雲一つなく、空は嫌味なほど青く澄み渡っている。
ちょうど窓から見て真正面の上空に、それは浮かんでいる。例えるなら落下中の隕石をそのまま空中で停止させたような、もしくは飛行船を垂直に立てたような、なんとも言い難い見た目だ。ただ、そこにあるのが当然で自然だと主張するように、空中を漂っている。どうやら今日も僕たちのオリジナルは、普段通りに健在のようだった。
僕「ぶっ壊れちゃえばいいのにな」
いつもの決まり切った言葉を口にして、いつものように部屋を出た。
僕3「おはよう、今日はすんなり起きたな」
僕「おはよ。まぁね、『自分を変えよう』って意識の表れだよ」
僕2「何言ってんだか。だったら頼むからさっさと成績最下位から抜け出して。『自己決定』も近いんだから」
僕が聞こえなかったフリをすると、僕2はため息をつき、僕3は大きな声で笑った。付けっぱなしのテレビが映しているモーニングショーでは、いつにも増して声が大きい司会者が興奮気味に話している。
僕O『いやぁ、これは驚きました! ええ、まぁここに書いてある通りですね。読み上げますよ、「世界に誇るスーパースター、突然の帰島! 今後は島内での活動に専念か⁉」だそうですよ! テレビをご覧の僕らはほぼ確実にご存じでしょう、歌手・役者として世界各国の国際コンクールを独占してきたあの僕、C51が昨日午後十一時頃、なんの通知もなしにプライベートジェットで
僕2「へぇー、なんでだろ」
僕3「さぁね、原点回帰ってやつなのかな」
僕2と僕3はトーストを齧りながら、司会者の言葉にはぁとかへぇとか言っている。僕は僕C51について大した興味もなかったので、適当に朝食を取って学校に向かった。ただ道すがら、こんなところに帰ってきても退屈なだけだろう、とぼんやり思った。
学校途中のコンビニで焼きそばパンを買った。僕2は面倒くさがって昼食を用意してくれないので、いつもは学校内の食堂か購買で済ますことが多い。だが今日の僕は一味違い、なんと登校中に寄り道すらできてしまうのだった。着実に自分が変わっていっているな、これは。
とか適当なことを考えながらコンビニを出ると、不意に出入口付近にたむろしていた僕ら三人組の一人と目が合ってしまった。
僕「げぇッ…………」
思わず声が漏れてしまったことに後悔したが、すでに遅かった。僕らは僕の顔を一瞥する。よく見知った顔と知ると、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらこちらに歩み寄り、無遠慮に肩を組んできた。
僕123「あれぇ? 万年遅刻で万年最下位の僕じゃーん」
僕122「今日は早いんだなぁ、やっと遅刻回避か?」
僕「うるさいな、関係ないだろ」
僕121「あるある! 同じクラスの僕らには、なるべく優等生でいてもらわなきゃなぁ、僕の『自己決定』に悪い影響でも出たら大変だろ?」
物凄くダサいTシャツを着た僕121が両手を広げた大げさな仕草で言った。どのくらいダサいかというと物凄く。僕本人はカッコいいと思って着ているらしいから驚きだ。直接口に出して言うことはできないけど、怖いから。
僕「いや、知らないし」
最悪だ。珍しく早起きしたさっきまでの僕を殴りたい気分だ。まさか朝からこんな僕らと出くわすことになるなんて考えてもみなかった。
僕121「あぁごめんごめん、ドベの僕には『自己決定』なんて縁の薄い話だもんな。自分で決める順番になった時には、もうほとんどの仕事が埋まってるよ」
僕123「なんなら選択する前に統括局に処分されちまうかもな」
僕122「ええ、あの都市伝説信じてんのか? 『成績最下位は殺処分』ってやつ」
僕121「流石にあれは嘘だろ。ま、将来的には殺されといた方が楽かもな」
僕ら三人は耳障りな声を上げてゲラゲラと笑った。馬鹿にされるのはいつものことだ。それを適当に受け流すのもまたいつもと何ら変わらない。
僕「それじゃ、僕は先に行くから。いい加減離せよ」
僕121「つれないなぁ、僕らの仲だろ?」
僕らの仲も何もそんなものは微塵も存在していないと思う。
僕123「行ってもいいけど、ここで買ったやつ置いてけよ。なんか食いモンだろ?」
僕122「お~、いいねぇ。小腹減ったしな」
僕「は? そんな古典的な……」
不良みたいなこと、と言いかけたが、それでこの僕らから解放されるなら安いものなのかもしれない。昼食は食堂に行けばいい。
僕「……わかった。やるよ」
僕121「マジで? やけに素直じゃん、普段もそんくらい従順で頼むわ~」
僕はいっそ清々しい気分で、僕121に焼きそばパンが入ったビニール袋を渡そうとした。さようなら焼きそばパン、こんにちは食堂の醤油ラーメン
「いやぁ、それはダメでしょ」
僕ら四人は一斉に声のした方に振り向いた。そこにはいつの間にか、……僕、だよな? サングラスをかけているからいまいち顔がはっきり分からない。けど何か、僕らとは違ったものを強く感じる僕がいた。僕らが突然のことに反応し損ねている間も、その僕は勝手に一人で喋っている。
「ダメって言うのは不良君たちのことじゃないよ。いや、もちろん君らも良くはないけれど。問題はそこの君だよ」
君、と言いながら僕に向かって綺麗な人差し指を突き立てる。
「なんでバカにされてるのに言い返しもしないで流しちゃうの? なんでコブシの一発すら繰り出さないかなぁ」
僕「な、なんでって言われても……」
それが一番無難だからだ。余計なさざ波を立てて、さらに面倒になるくらいなら適当にやり過ごした方がいいはずだ。というか一体何なんだ、あの僕は。
「もっと身勝手でいようよ。空気なんか読まずにさ」
そのほうが楽しいじゃん? と同意を求めるように肩を竦める。
僕121「お、おい。わけわかんねーことばっか言ってんじゃねぇよ」
「なんなら今から僕がいくつか例を挙げていこうか」
僕121に全く取り合わず、サングラスの僕はあごに手を当てて考えるように唸った。
「んー、まず『お前みたいなダサT野郎に笑われたくねぇよ』でしょ。他には『人のこと笑えるほど成績に自信があるなんて、ずいぶんお花畑な頭なんだね』、『てか、どの不良漫画のモブキャラだよ』とか。あとは……」
指で折り数えながら、その僕は僕らのすぐ目の前まで近づいてくる。僕121の真正面で歩みを止めると、とびきり爽やかに笑った。
「『そのTシャツ本当にダサいね、一周回っても結局面白いくらいダサいや』だね」
ダサい、を連呼されて、僕121の顔がみるみる羞恥に赤く染まっていく。
僕121「このッ……、適当なことばっか言いやがって!」
そういって僕121は笑っている僕の胸倉をつかもうと手を伸ばしたが、ひょいと避けられてむなしく空を切った。
「とまぁこんな風に言いたいこと全部言ってさ」
僕121はその表情をすっかり怒りに変え、本気で殴りにかかる。僕122と僕123もそれに同調するように動き出した。このまま僕もとばっちりでボコボコにされるのか――、と覚悟を決めた。
しかし、僕121の拳が謎の僕に届く寸前で、その僕は僕の手を取って勢いよく走りだした。
「あとは逃げる!」
僕「え、ちょ、ちょっと!」
僕は危うく転びそうになりながら、どうにか前を走る僕についていく。数メートル後ろから僕ら三人がなにか叫びながら追いかけてきた。ふざけんな、とか、おい、とかそんな感じだ。
僕「追いかけてきてるって!」
「なら追いつかれないくらい逃げる!」
何が楽しいのか、前を行く僕は大きな声で愉快そうに笑っている。だんだん僕も可笑しくなってきて、噴き出してしまった。後ろの三人はめげずにまだ走っている。たくさんの僕を追い抜いた。老人になった僕、スーツを着た僕、路上で寝ている僕、幼い僕とその保護者の僕。全部、一人の
かなりの間走った気がする。実際はいいとこ数分だろうけど。とにかく僕と謎の僕は僕ら三人を振り切り、人気の少ない裏路地に入った。確実に学校には遅刻だろうけど、全然気にならない。どうせいつも遅刻してるし。
「あはは、走ったねぇ」
鬱陶しくなったのか、サングラスを外しながら息も絶え絶えに謎の僕が言う。
「いやー、愉快だった。あのダサT君の真っ赤になった顔見た? 傑作だわ、あれは」
僕「正直スッキリした、ありがとう」
僕が額に滲んだ汗をぬぐいながら答えると、その僕は満足そうに頷いた。
「僕の名前はジェーン・テイラー。ジェーンでいいよ」
あまりにも自然と差し出された手をつい反射で握り返してしまっ……。
僕「え? ジェーン……って、僕C51?」
「そう呼ばれるの、本当は大っ嫌いだけどね」
いや確かにいわれてみれば、僕と顔は全く一緒なはずなのにどこかオーラが違う気がする。なんというか、芸能人みたいな……。
僕「っていうか、名前。なんで」
今日一番驚愕しながらも、なんとか喉を振り絞って声を出す。
「なんで僕の一人なのに、名前があるのかって?」
僕は激しく首を縦に振った。
僕らが名前を持つのは重大な違反行為だ。コピー体にすぎない僕ら一人ひとりが名前を持ってしまったら、自我が強まりだんだんと自己中心的になっていって、僕らの間で人間のような争いが生じるようになる、という定説がこの島にはある。
だから僕らは名前を持たないし、他の僕のことは個人で番号を付けて区別し、識別している。
「だって分かりづらいし、面倒だし、あと島の外の人間たちではこれが普通だし」
僕「それは、そうかもしれないけど」
「大丈夫大丈夫、よその人間たちはそれぞれ名前を持ってるけど、即時戦争、とかにはなってないから」
安心していいよ、とジェーンは大人びた笑みを浮かべた。
僕「いや、そういうことじゃなくて。名前持ってるなんて知られたら、統括局の僕らに捕まっちゃうかも」
僕はビルとビルの間の空に浮かんでいるそれを仰ぎ見た。ジェーンもつられてそちらに首を向ける。あの中には僕らのオリジナルが保管されているだけでなく、統括局の本部も存在しているのだ。
「ああ、それなら問題ないさ。もうすぐ、なくなる」
僕「なくなる、って何が?」
ジェーンは僕の質問には答えず、可笑しそうに笑いをこらえた。
「それより君、もうすぐ『自己決定』なんでしょ?」
僕「ま、まぁね、一応」
「わーお、そりゃ大事な時期だね。就きたい仕事とか、あるの?」
僕「特には、ないかな。別になんでもいいや」
僕はなんとなく気まずくなって、頭を掻いた。
僕「それに、さっきの僕らも言ってたけど、僕は同じ世代の中で一番出来が悪いからさ、結局選択肢なんて残されないよ。まぁ、今からでも最下位から抜け出す方法があるなら話は違うけど」
なんて、あるわけないよなー、ははは、と笑ってみたけど、ジェーンはつまらなそうにため息をつくだけだった。
「僕、成績はずっと一位だったからわかんないや。それで『自己決定』で真っ先に歌手を選んだ。この島から一刻も早く出ていきたくて」
そこで言葉を区切ると、ジェーンは僕の顔を問い詰めるような目で見つめた。
「君は、それで満足なの?」
僕がその質問の意図を汲み取れなかったフリをすると、ジェーンは慎重に言葉を選びながら続けた。
「このまま、ただのコピー体として、他人から押し付けられた仕事を、毎日毎日やり続けなきゃいけないんだ。自分ってものがなんなのかもわからないまま、無味で、退屈な日常を消化し続けることになる。それでもいいの?」
ジェーンの真剣な眼差しから逃げたくなって、思わず目を逸らしてしまった。
僕「それは、いいわけない。けど、しょうがないんだよ。だってそう決まってるんだ。この島のシステムそのものが、そうなってる。僕一人が騒いだところで、何も変わらない!」
結局僕は、この島に存在する多数の僕の一人でしかない。常に空気を読んで、周りに同調するしかない僕だ。
「しょうがない、ね。さっきも言ったけど、もっと身勝手に生きようよ。周りのことなんかどうでもいい! って思えるくらいにさ」
僕「だからそれは」
「あ、ちょっと待って。電話だ」
そういうとジェーンは僕の返事を待たずに、ポケットから取り出した携帯を耳にあてた。
「はいはい、こちらジェーン。……うん。……」
短い相槌を何度か打っただけで、すぐに通話は終わったようだった。
「ごめんねー、話の途中で」
僕「いや、別に……」
「それでさ、要するにさっきの君の話って、システム、まぁ具体的に言うと
僕「そういうこと、かも? けどそんなことあり得ないでしょ」
今度こそ本当にその意図が読めず、曖昧に返すしかなかった。ふむ、と一つ頷くと、ジェーンは携帯が入っていた方とは逆のポケットに手を突っ込んで、小さなボタン式のスイッチを取り出した。
「それがあり得なくないってことを、今から証明するよ。そのために僕はこのiMe島に帰ってきたんだから」
あれ見てて、とジェーンは空を指さした。そこにはいつものように、悠然とそれが浮かんでいる。朝起きるたびに目にしていた、僕の退屈な日常を象徴するもの。この島の住人から自分を奪い続けているもの。毎朝起きるたび、壊れるところを想像した。そうすれば、僕はもっと自由なのになぁ、なんて自ら行動しない言い訳の道具にしていたもの。そこにあるのが常識で疑いようのないことだ、と主張するように存在している。
「ばーん」
それが爆発した。粉々になって落下していく。大気を揺るがすような大きな音を立てながら、案外あっけなく崩れ落ちていく。どこからか誰かの叫び声が聞こえた。また別の場所からは、何かのイベントだと思っているのか、歓声も上がった。日常が、いつもが、出来の悪い花火みたいに派手に、散っていく。
「ほらね」
ほんの数秒前まで僕だった彼女は、いたずらが成功した子どものように無邪気に笑った。
「身勝手な君でいい」
身勝手な僕でいい rei @sentatyo-
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