第三十二話
パンケーキを食べ終わった私たちは三人で調理室を出た。
着替えと荷物を取りに教室へ向かうためだ。
でもやたらと志保が私と佑太くんの後ろを歩きたがる。
なんでかなと思ったけれど、理由はすぐに判明した。
「え、何? コスプレ? 何かのイベント?」「メイドと執事だー。カップルかな?」「あれ、長瀬くんじゃない? え、じゃあ隣のメイドは彼女かな?」「多分違うって。コスプレ喫茶あるからそこの宣伝でしょ」「ちょっと願望入ってない?」「うるさいなぁ」「メイドの子、結構可愛い気がするけどあんな子いたっけ?」「知らん。俯いててあんま顔も見えんし」
私と佑太くんが歩くと人がよけていき、何やらこそこそと話される。
いくら文化祭と言ってもコスプレをしている人なんてそんなにいないし、いたとしても集団か、個人だったら大抵プラカードなどを持っていて、宣伝ということがわかりやすくなっている。
そんなもの何も持っていない上に男女二人が並んでコスプレ。しかもメイドと執事という組み合わせ。
目立たないはずがなかった。
以前よりはマシになってきたとは思うけど、生来、私は人前に出ることは苦手だ。
だからこんなに目立っている状況はとても恥ずかしい。
佑太くんはどうなのかなと思ってちらりと見上げてみたけれど、なんでもないような涼しい顔で歩いている。佑太くんにとってはこの程度の喧騒は日常茶飯事なのかもしれない。
後ろを振り返れば志保はにやにやとしながらこちらを見ている。「せめて隣歩いてよ」と視線に力を込めてみると、どう解釈したのかわからないがニッと笑って親指をぐっと立てられた。――全く期待できそうにない。
どうしたものかと俯きがちで歩いていると、その様子に気づいた佑太くんが話しかけてきた。
「文栞? どうした?」
「えっと、目立ってるなって……」
「あー、まぁ確かにこの恰好じゃあな」
佑太くんは「んー」と何か考えだしたが、やがてぱっと思いついたかのように顔を上げた。
そしてこちらに笑顔を見せて「じゃ、さっさと行くか」と左手で私の右手をとる。
「――え?」
突然のことに状況がつかめず、繋がれた手と佑太くんの顔を、私の視線が行ったり来たりする。
すると直後、佑太くんが駆けだした。手が前にぐいっと引っ張られて私も一緒になって走りだした。
周囲から「きゃあ!」と歓声やら悲鳴やらが入り混じったような声があがり、私の口からも声にならない叫びが飛び出した。
混乱の極致に達しながらも高鳴っていく心臓の鼓動は後ろから聞こえる志保の楽し気な「ばいばーい!」を掻き消して、私は佑太くんの力強い左手の熱を感じながら教室までの短い道のりを駆け抜けた。
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