第二十八話

「――なーるほどなぁ」


 お昼ご飯に肉じゃがを食べた後、志保の淹れた紅茶を飲んで一息つこうとしたのだが、どうやらここからが本題のようだった。

 それにしても志保は紅茶を淹れるのが上手……だと思う、多分。詳しくはわからないけれど、私が適当に淹れるのとは比べものにならないくらい、とても良い香りがする。

 

 それはさておき冒頭の言葉は沙苗の台詞だ。

 今は志保の家にいるため、この四人以外誰にも聞き耳を立てられることはない。

 どうやら私と佑太くんのことがずっと気になっていたらしく、お昼ご飯を食べ終わるなりにものすごい勢いで問い詰められた。


「――なんか思ってたより進んでるなぁ。長瀬のやつ……うちらにはなーんにも言わんのやから……」

「それは多分私のことを気遣ってくれて……」

「わかってる、わかってる。文栞、注目集めるの苦手そうやもんなぁ。今までそういう浮いた話、全くなかった長瀬にいきなりそんな話題が出てきたらきっと大騒ぎになるから黙ってたのは正解やわ。でもなんか悔しいやん? うちらのことくらいもう少し信用してくれてもなーって」


 不服そうな様子の沙苗を宥めるように、志保が声を掛ける。


「まぁまぁ。長瀬くんもどうしたらいいかわからなかっただけだよ、きっと。結果的にいい方に進んでるんだからいいじゃない。それで、これからどうするかだけど……」


 志保が私の方を見る。大人しい印象の志保にしては珍しく、瞳が爛々と輝いていた。

 私は思わず、「な、なに?」とたじろいでしまう。


「一応確認だけど、文栞は長瀬くんと付き合いたいってことでいいんだよね?」

「し、志保?」


 戸惑っていると、唯可が「あーあ」といった目でこちらを見た。


「志保、そういう話大好きだからね。今まで大人しくしてたの却って不思議だったわ」


 呆れたように言う唯可に、志保が突っ込む。


「唯可ちゃんだって好きな癖にー。文栞ちゃんがいないときに一番聞きたがってたの唯可ちゃんでしょ」

「あ、それは秘密だってば!」


 どうやら沙苗や志保だけでなく唯可も同じだったらしい。


「えっと……そんなに気になる?」

「あったり前じゃん! だって佑太だよ? 今まで誰に告白されても袖にし続けてきたのに、ここにきてまさかの伏兵! 完っ全にノーマークだったよ! いやぁ、私の鋭い勘にみんな感謝してよね」

「単なる偶然やろ。しかもそのきっかけになった髪型変えたのだって長瀬とのデートのためみたいやし」

「そうそう。唯可ちゃん、勝手に自分の手柄にしないの」

「まあまあ。いいじゃん。――あとの問題は佑太の方だよねー。話を聞く限り、多分気があるとは思うんだけど、今までそんな話がなさすぎてちょーっとまだ断言できないって言うか……」


 私を置いてきぼりにして話はどんどん進んでいく。


「これはうちらが一肌脱ぐべきじゃない?」

「賛成! さーて、何しようか?」

「うーん……やっぱりくっつけるにはイベントが有効じゃないかなぁ? 近いイベントだと……文化祭とか?」

「あ、いいね。じゃあうまいこと二人きりになれるように誘導して――」

「ちょ、ちょっと待って!」


 いきなり大声をだした私に注目が集まる。

 みんなの「なに?」という視線に、思わず「なんでもない」と返したくなる。

 だけど、ぐっと堪えてから一息吸い込んで気合を入れ、私は口を開いた。


「――気持ちは嬉しいけど、ここからは自分でなんとかしたいの。このままみんなに任せっぱなしだったら、付き合うどころか対等に関わることすらできないから。もしかしたら協力してほしいときもあるかもしれないけど、そのときは私がみんなにお願いしたい。自分でなんとかしたいって言っておいて、虫のいい話だと思うけど……ダメかな?」


 なんて言われるだろう。


 手伝ってくれようと色々考えてくれていたのに水を差して、空気の読めないやつだって思われるかもしれない。

 せっかく仲良くなれてきたのに自分から突き放すようなことを言ってしまっているのは自覚している。


 でも頑張りたいんだ。

 このままだと自分でもいけないと思ってるから。

 仮に付き合うことが出来たとしても、その先に続いていかないような気がするから。


 ようやく自分の力で歩けそうなんだ。

 だからこのチャンスは絶対に逃したくない。

 

 言い切った後、私はみんなの反応を見るのが怖くて、目を固く閉じてしまっている。

 ほんの数秒の沈黙がまるで永遠の長さのように感じられて――


「――思ったより根性あるなぁ。うち、そういう子好きやわ」


 暖かな声を貰って顔を上げた。


「うん! そういうことなら私も応援する!」

「そうだね。文栞ちゃんのことなのに私たちだけで盛り上がりすぎちゃったね。そういうことなら何もしないけど……もし私たちに何か頼みたくなったらいつでも言ってね? 協力は惜しまないから」

「あ、それ私が言おうとしたこと! 志保、ずるい!」

「みんな気持ちは一緒なんやから誰が言ってもいいやん」


 みんなが受け入れてくれた。

 顔から緊張が抜け、自然と頬が緩むのがわかる。

 私の口から自然と「ありがとう」が零れると、「どーいたしまして!」と明るい唯可の返事が返ってきて、残る二人も笑ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る