第二十三話

 休み明けの月曜日。

 下駄箱で靴を履き替えていると、珍しくぱったりと佑太くんに遭遇した。


「おー。おはよ」

「お、おはよう……! ゆ……ゆ……ゆ……」

「ゆ?」

「……なんでもない! 私、先行くね!」


 脱兎の如く駆け出した私は、急いで教室へと向かう。

 昨日は一度頑張った後はわりと平気だったのに、一夜明けるともう名前で呼べなくなっている。学校という空間がそうさせているのだろうか。それとも私が普通じゃないだけ?

 でも名前で呼ぶくらい出来ないと非常にまずい。なぜなら昨日、こう言ってしまったからだ。


 『……ありがとう、佑太くん。それともう一つお願いがあるんだけど――明日から、少しずつ学校でもお話したい。話しかけてもいいかな?』


 いやいやいや。急に覚悟決めすぎでしょう、昨日の私。

 こそこそメッセージでやりとりしてるだけで満足してたのに、いきなり「名前呼び」&「学校でも話す」まで求めるとか、それこそ気が触れていたとしか思えない。


 勢いって怖いなぁ……。


 後悔してるわけじゃない。でもちょっと急ぎすぎた感が否めない。とはいえ、私の性格を考えるとそのくらいしないと永遠に前には進めないかもしれない。

 教室について鞄から教科書や筆記用具などを机に仕舞って、私は机に突っ伏した。


 数分経って、佑太くんが「おはよーっす」と教室前方の引き戸を開けて入ってきた。普段彼とよく話している面々が次々に挨拶を返していき、教室全体が少し活気づいたような気がする。私は突っ伏していた顔を上げ、彼の方をぼんやりと眺めた。

 うーん、昨日の私、この人と遊びに行ったんだよね。なんというか……現実味がないなぁ。


 そんな佑太くんに駆け寄って行き、「おっはよー!」とハイタッチを求めたのが小久保さんだ。佑太くんも軽く手を挙げて応えている。こっちの組み合わせはなんというか、すごくしっくりとくる。生きている世界が近い感じ。


 二人は少しの間、教室の入り口付近で話していたが、やがていつも固まっている窓際の方へと移動しだした。そして私の前を通過しようとしたその時……小久保さんが何かに気が付いたようにこちらを見て、あろうことか近づいてきた。


「あれ?! 綾瀬さん髪型変えた? かっわいー! すっごい似合ってるね!」

「え? あ、ありがとう」

「へー。前とだいぶ印象違うね! 美容院変えたの?」

「えっと、友達に紹介してもらって……」

「へー! 上手なところ紹介してもらったね! いいなー。私も紹介してほしいー。どこどこ? というか、なんでイメチェン? 彼氏出来たとか? あれ? 元々彼氏いたっけ? そういえば聞いたことなかったかも!」

「え、えっと……」


 ぐいぐい来る! こういうときって何から答えばいいの? というか、ほとんど会話したことないはずだよね? 私たち。すっごい親し気なんだけど!

 相手は女の子だから佑太くんのときほどは緊張しないけど、それでも小久保さんだって普段私とは違う世界で生きている人だ。なんというか、リア充筆頭みたいな人に話しかけられるとそれだけでちょっと及び腰になってしまう。


「……こら。困ってんだろ。いい加減にしとけ」

「あいたっ」


 後ろから見ていた佑太くんが小久保さんを止めるべく、軽くチョップを頭に落とした。

 攻撃を受けた小久保さんは私に向かって「ごめーん」と両手を合わせると


「いやー。私、気が付いたらついつい相手のこと考えないで、ばーって話しちゃうんだよね。悪気はなかったんだ! ごめんね!」と言ってから

「でもよく似合ってるのは本当だから! というか、私たちあんまり話したことなかったし、連絡先も知らないよね? 交換しよっ」


 とスマホを取り出した。慣れた手つきでメッセージアプリの二次元バーコードを画面に表示させると、それをこちらに見せてくる。私は流されるままにその二次元バーコードを読み取って連絡先を追加し、『よろしくお願いします』と送信した。

 するとすぐに小久保さんから『よろしく~』と可愛らしいスタンプが届く。


 とりあえず交換出来たことにほっとしていると、そこで始業前の予鈴が鳴った。

 

「ありがと! またゆっくり話そうね!」 


 小久保さんは言い残すと、自分の席の方へと歩いていく。この場に残された佑太くんは「ま、悪いやつじゃないから」と苦笑し、私も「う、うん」と頷いた。

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