第四話
借りた本は外れではなかったけれど、大当たりというわけでもなかった。小当たりくらい? まぁ、普通に楽しく読めたが、作家読みするほどではないかな、といったところ。
ちなみに作家読みというのは私の作った造語だ。同じ作家さんの本を横断するように読んでいくことを指す。安直なので、どこかで他の誰かも使ってそうだけど、調べたことはない。
今日も新しい出会いを探しますかー、と図書室へと向かう。が、途中でイレギュラー発生。なんと、長瀬くんに話しかけられた。
「なぁ、綾瀬」
「な、何?」
何の用だろう。
片や教室でみんなの中心にいる陽キャのお手本のような長瀬くん。
片や教室で本ばかり読んでいる陰キャのお手本のような私。
用事なんてあまり思いつかないけれど……。
彼は暫くの間、何か言い辛そうにしていた。それはクラスでの彼の振る舞いと違っていて、違和感を覚える。本当になんだろう。
やがて彼は何か決心したかのように、表情を引き締めた。
「これ俺も読んだんだけど、こういうの結構読むのか?」
そう言って差し出されたのは……例の大人の小説だ。
顔にカッと血がのぼるのを感じる。今の私はりんごみたいに真っ赤だろう。
今「俺も」って言った?! つまり「私も」これを読んだって思われてるってこと?! あのときやっぱり見られてたんだ! それをわざわざこうして持ち出してくるっていうのは、一体何の嫌がらせなの?!
「私は! これ! 読んでない! 適当に手に取ったらこの本だっただけ! ぜんっぜん! 全く! こういうのは! 読まないから! わかった?!」
思わず怒りと羞恥が相まって大きな声が出てしまった。普段大人しい私がいきなりこんな態度とったら、と背筋に寒いものが走るが、ここはちゃんと否定しておかないといけない場面だ。そうしないと今後の生活に支障が出る。
長瀬くんは驚いた様子で……若干、引いていた。うん、まぁそうなるよね。
「お、おう。なんかごめんな?」
「わ、わかってくれたならいい」
とはいえ、態度を見る限りどうやら大丈夫っぽい。長瀬くんが話のわかる側の人間でよかった。
ほっとしたのも束の間、彼が困り顔で眉根を寄せているのに気が付いた。
不思議に思って、聞いてみることにする。
「どうしたの?」
「いや……当てが外れちゃったなって。まぁ、いいや」
彼は後頭部を掻くと、一呼吸おき「じゃあな」と片手を挙げて歩き去って行った。
あとに取り残されたのは私。当てが外れて……ってなんだろう。似たようなテイストの小説を探していたとか? それで私が普段本を読んでいることを知っていて、頼ってきたのだろうか。そんなに面白いのかな、あれ。
……それとももしかして、私と話したかったんだろうか。そんなことある? 私と彼はクラスメートとはいえ、関わりあうことのない人だ。それをわざわざ、私が読んでいたであろう本を読んでまで、話そうとする理由なんて……。
浮かびそうになった都合の良い妄想を、頭を振って追い出す。
そんなこと、あるわけない。だって「あの」長瀬くんだ。明るく、人気者で……女の子にもモテる。それが私と話したかったから共通の話題になりそうな本を読んだ? ないない! あり得るわけない!
もしそうならきっと何か理由があるのだろう。例えば……私と仲良くなって咲良を紹介してもらおうとか? うーん、まだあり得そう。咲良可愛いもんね。でも長瀬くんなら自分で話に行けばいいのに。ああ見えて意外とシャイなのだろうか。
ま、考えても答えなんてわかるわけないし、悩むだけ損だよね。
私は気を取り直し、当初の目的通りに図書室へと向かった。
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