第70話 いいのかな
賑やかな環境から急に一人になると、随分と寂しい気持ちになってしまう。しかも今は夜で、暗いし風も冷たい。寂しさに余計拍車がかかる。
アパートの周辺を適当にぶらついて、俺は先ほどの出来事について思い返す。
俺の態度は、希星の母親からすると不満だったらしい。
でも、あの場で即答できるわけもないとも思う。
女子高生相手に、今すぐでも結婚するだけの意志を持つなんて、その方がよほどどうかしている。
大人なら、この考えも理解できるはず。
「……こんな風に考えるのは、根本的に何か違うのかね?」
だったらどうすれば良かったのか? 考えても答えは見えてこない。
もっと飄々として、結婚しますけど何か? なんて態度でいれば良かっただろうか? そうすれば、あの母親ともう少し話し合う余地があったのだろうか?
「……俺はそんなガラじゃねぇよ」
空気を読み、気軽に嘘吐いて何となくいい感じの立ち振る舞いをする? そんな器用な真似はできない。
希星に対して真剣に考えるからこそ、そんなことはできない。
しばらく歩き、だんだん頭が空っぽになって来た頃に、スマホがメッセージを受信。希星か赤嶺かと思ったら、相手は金城だった。そう言えば、もうすぐ結婚するという話を聞いてから、まだ連絡が来ていなかったな。
『来年の五月十四日に結婚式しようと思うんだけど、予定は合うか?』
招待状より先に予定を確認してくれたらしい。とはいえ、俺がダメでも予定は変わらないだろうな。
『大丈夫だ。特に予定はない』
『了解。招待状送る。またな』
そこで終わりそうになったが、俺はふと、金城ともう少し話してみたくなった。
電話をかけると、すぐに応答してくれた。
「よ、金城。突然電話して悪いな。少し話せるか?」
『少しなら構わんけど、急にどうしたよ?』
「まぁ、ちょっとな。んーと……急な話なんだけどさぁ、金城って、どうしてあの藤原さんと結婚するって決めたんだ?」
希星の母親のことは一旦忘れて。
希星と赤嶺、どちらかを選ぶときの参考にでもと思ったのだが。
『……ははぁん。お前、赤嶺との関係で色々悩んでるんだな? この人と結婚するのはどうだろう……的な?』
そう言えば、金城は俺と赤嶺のことしか知らないな。シリアスな場面でもないし、そういうことにしておこう。
「まぁ、そんなとこだ。先輩に是非アドバイスをと思ってさ」
『なるほどなるほど。頼れる先輩として、後輩の悩みには答えてやらないとなぁ』
金城が得意げにニヤついている姿が目に浮かぶ。ちょっと憎らしい。
「それで、金城はどうして藤原さんとの結婚を決めたんだ?」
『そりゃお前、俺の生涯の伴侶はこの人しかいねぇと直感したからさ』
「……その瞬間は、どんなタイミングで訪れたんだ?」
『付き合い始めて一年ちょっとしたときなんだけど、優華の誕生日に俺が風邪引いちゃってさ。そのせいで、まともに誕生日祝いもしてやれなかったんだ。準備してた諸々も全部台無しになって、申し訳ねぇって思ってた。
だけど、優華は俺を責めることもしないで、ただただ俺の身を案じてくれたんだ。そんとき、ああこの人しかいねぇ、って直感した』
「……なるほど。いい人じゃないか」
『あったりまえだろ! 俺の未来の嫁だぞ! 世界最高の女だわ!』
「……だな。ちなみに、この人しかいねぇ、って思ってから、何か意識は変わったか?」
『まぁ、変わったな。それまでは何となく優華を大事にしてて、一緒に過ごしてて楽しければいいかなって思ってたけど、そのときからは、俺が必ず優華を守り抜いて見せる、ってなった。
正直に言えば、結構な重圧も感じたよ。自分のことだけ考えてれば良かったのに、これからは優華の人生も背負って、未来に生まれてくるはずの子供の人生も背負うんだ。
ぶっちゃけビビったところもある。もう二十七のいい大人だけど、他人の人生を背負うってめちゃくちゃプレッシャーある。結婚を意識してようやく、俺ってまだまだ子供だったんだなぁ、とか思ったよ』
「そっかぁ……。怖いよなぁ、他人の人生を背負うって」
『怖い怖い。今でも怖い。たぶん、一生怖いままなんだと思う。他人の人生を背負って、平気な顔できる自分はとても想像できねぇ』
「それでも、結婚するんだな?」
『ああ、する。怖いけど、もう優華がいない人生なんて考えられねぇ。怖くて苦しくても、俺は優華と一緒に生きていきたい』
「そっか。すごい決意だな」
『まぁ、決意ってもんでもないさ。考えて決めたんじゃなくて、ごく自然にそうしようってなった』
「なるほどなぁ……。今はどんな気持ちでも、この先どうなるかわからない。それでも、迷いはないか?」
『先のことなんて知るか。そんなのは未来の自分に考えさせる』
「おいおい。急に無責任か」
『無責任じゃねぇよ。未来のことなんてわかりゃしない。わからない未来について不安を募らせて、結局何もできない奴の方がよほど無責任だろ。俺は今を精一杯頑張るし、未来の自分にも精一杯頑張らせる。それが一人の人間の限界で、責任を持つって、そういうことなんじゃねぇの?』
「……確かにな」
『つーことで、お前もさっさと赤嶺と結婚しちまえ! 無駄に考え過ぎなお前のことだから、先のことに不安ばっかり抱えちまってるんだろ?
本当に彼女を幸せにできるだろうか? 俺でいいんだろうか? 自分のせいで将来何か悪いことが起きたらどうしよう? とかな。
アホか。考えすぎだ。人生なんてな、全人類にとってギャンブルなんだよ。成功の未来が確定してることなんてありえねぇ。グダグダ考えてねぇで動け』
「……そうだな。そういう勢いは大事だよな」
『おう。そういうことだ。じゃ、式の日取りが決まったら教えてくれ。そろそろ優華も風呂から上がってくるから切るぞ』
「ああ、わかった。時間取らせて悪かった」
『いいってことよ、後輩君。ちゃんと五万包めよ?』
「五万は高いっての。三万だ」
『ちっ。ケチくせぇ』
「俺はケチなんだ」
聞きたい話とはだいぶ逸れてしまった気がするが、とりあえず話を聞けて良かったように思う。参考にはなったかな。
「あ、そうだ。ちなみにもう一つだけ。もし、話のわからない相手とどうしても和解したいときは、どうすればいいと思う?」
『はぁ? なんだよ。赤嶺の親ってかなりの曲者なのか? そういうことなら、話をするんじゃなくて、相手が喜ぶ贈り物でもしてみたらどうだ? 言葉でわかんねぇやつでも、酒とか美味いもん贈っただけで案外コロっといくもんだぜ? あ、優華が出てきた。じゃあな!』
俺が返事をする前に通話が終わる。参考になったような、ならなかったような。
「贈り物ね……」
何を贈れば喜ぶのだろう? あの両親の人間性を知る機会すらまともになかったから、全く見当がつかない。
「……まぁ、別にいいのかな」
全ての人類と分かり合うなんて到底無理な話。自分と合わない人間には、見切りをつけるのも肝要だ。
そんなことを考えて、俺はまた少しだけ夜風の中を歩き回る。
何となくもやっとして、すっきりしない散歩になってしまった。
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